[週刊ファイト10月23日]期間 [ファイトクラブ]公開中
▼♪炎のファイター語り継がれる理由 没後3年アントニオ猪木の必要性
編集部編
・A猪木がいなくなった3年、プロレス界は何を失ったのか
・代わりがいないという現実─カリスマ、狂気、時代の媒介者としての猪木
・猪木イズムは受け継がれたのか?それとも、忘れられていくのか?
・「イノキ・ボンバイエ」から始まった音の闘魂─「炎のファイター」の魔力
・入場テーマは魂の名刺─文化としての「炎のファイター」
・猪木がいないからこそ、猪木を語り続けなければならない
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by 井上譲二
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A猪木がいなくなった3、プロレス界は何を失ったのか

2022年10月1日、アントニオ猪木が逝去したというニュースは、あまりに突然だった。そしてそれは、ただ一人のレスラーの死を意味するものではなかった。プロレスという文化の一時代が、静かに幕を閉じた瞬間でもあった。あの日、業界の垣根を越えてすべてのプロレス団体が猪木を追悼し、新日本プロレス、全日本プロレス、NOAH、DDT、GLEAT、さらにはインディー団体までもがリング上で黙祷を捧げた。あの光景は、プロレスファンなら誰もが目頭を熱くしたはずだ。だが、あれから2年。追悼の言葉は落ち着き、喧騒は過ぎ去り、リングにはまた日常が戻ってきた。だが、その日常の中でふと気付く。なにかが足りない。なにかが物足りない。どこかに“魂の叫び”のようなものがない。
そう、猪木がいないのだ。あの理不尽なまでの存在感、テレビに映るだけで場の空気を変えてしまうような異質なオーラ。あれは真似できるものではないし、代替できるものでもない。猪木の死から2年経った今こそ、その不在がじわじわと効いてきている。例えば、時折開催されるレジェンド特集や追悼イベントで流れるVTR。猪木が闘魂注入ビンタを繰り出し、子どもたちに「元気ですかーッ!」と叫ぶその姿を見て、思わず目を潤ませてしまうファンが今でも多い。それは単なるノスタルジーではない。今のプロレス界に欠けている“なにか”を、猪木の姿が象徴しているからだ。
リングの中で技を磨く選手は数多い。プロモーション能力に長けたレスラーもいる。だが、世界情勢すらも巻き込んで“語れるレスラー”はどこにいる?北朝鮮で平和の旗を掲げ、イラクで人質解放に動き、異種格闘技戦でボロボロになりながらもリングに立ち続けた男──そんなスケールのプロレスラーが、今の時代に一人でもいるか?いないのだ。それが、猪木がいなくなって初めて我々が痛感する、“喪失”の正体なのである。
代わりがいないという現実─カリスマ、狂気、時代の媒介者としての猪木
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アントニオ猪木という男を説明するのに、どれほどの肩書きが必要だろうか。プロレスラー、興行主、異種格闘技戦の先駆者、新日本プロレスの創設者、国会議員、外交使節、そして狂気の男──そのどれもが当てはまるし、どれもが不十分だ。猪木という存在は、単なるスポーツ選手やタレントではなかった。時代そのものと殴り合い、常識の壁を突き破って、世の中に“闘魂”という言葉を刻み込んだ生き方の体現者だったのだ。
異種格闘技戦がまだ「やってはいけないもの」とされていた時代、モハメド・アリと命を懸けて戦ったのが猪木である。プロレスという“ショー”の世界に、リアルな格闘の恐怖を持ち込み、観る者に本物の緊張感を叩き込んだ。「やる意味がない」と批判されようが、「こんなことしたら団体が潰れる」と言われようが、猪木は突き進んだ。なぜか?それが“プロレス”だったからである。観る者を裏切り、驚かせ、時には怒らせ、そして最終的に唸らせる。それが猪木にとっての闘いの美学だった。
プロレスの枠を壊したのは猪木だが、同時に「プロレスとは何か」という問いをリング上で続けたのも猪木だった。全盛期の長州力との抗争では、理屈では語れない“間”や“気迫”がリングを支配した。藤波辰爾との名勝負数え唄では、「勝ち負け」よりも「その瞬間に命を懸けているか」が問われた。技術ではない、演出でもない、“闘いの純度”を追求したレスラー。それが猪木だった。
今、プロレス界にはスターがいる。棚橋弘至、内藤哲也、オカダ・カズチカ、清宮海斗、中嶋勝彦……実力も人気も兼ね備えた選手たちだ。だが、彼らが“猪木の代わり”になれるかといえば、それは違う。彼らには彼らの美学があるが、猪木には“破壊”と“創造”の両輪があった。常識を壊し、世間に喧嘩を売り、そしてそれすらもコンテンツにしてしまう。リングの内と外、現実と虚構、政治と格闘、笑いと真剣──そのすべてを操った“狂気のカリスマ”は、他にいない。
誰よりも笑い、誰よりも怒り、誰よりも泣いた男。アントニオ猪木は、プロレスラーの枠には収まりきらなかった。むしろ、彼が存在することで「プロレスラーとは何か?」という問いが社会に投げかけられていたのだ。代わりがいない──その事実こそが、猪木の唯一無二性を雄弁に語っている。だから今も、リングの上には猪木の幻影が立ち続けている。
猪木イズムは受け継がれたのか?それとも、忘れられていくのか?
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アントニオ猪木が掲げた「闘魂」という言葉は、今でもプロレス界で頻繁に使われている。それは彼の精神、信念、生き様すべてを凝縮したような単語であり、ファンの記憶に深く刻まれているものだ。リング上で猪木の名を口にすれば、空気が変わる。それだけの影響力がある言葉である。しかし、果たしてその“本質”は、今のリング上に生きているのだろうか?
猪木イズムとは、ただ勝ち負けにこだわることではない。筋書きを超え、予定調和を破壊し、己の信じたプロレスを全うすること。その姿勢に、観客が息を呑み、時に困惑し、最終的に感動する──そんな“心を揺さぶるプロレス”を猪木は体現していた。リングは舞台でありながら、リアルとフェイクの境界を曖昧にし、観客に「これは本物なのか?」と問いかけ続けた。だからこそ、彼の試合はいつも一瞬たりとも目が離せなかった。