生前のアントニオ猪木とゆかりがある左から北澤幹之、藤波辰爾、木村健悟、舟橋慶一(敬称略)
[週刊ファイト12月7日号]収録 [ファイトクラブ]公開中
◆アントニオ猪木一周忌
アントニオ猪木伝承の会、2023年秋特別講演会『アントニオ猪木を語り継ぐスペシャル・トーク・ヴァリュー』が11月23日(木)、両国国際ファッションセンタービルで開催された。この長編報告だけでなく、その中での北澤幹之さんの発言から翌日に、東京プロレス発足時、選手の合宿場として伊豆は伊東の瓶山という場所にあつた平野旅館を探す旅に出た藤井敏之記者の、涙のクライマックスとは?
▼アントニオ猪木を語り継ぐ意義!SPトーク・ヴァリューと猪木探しの旅へ
photo & text by 藤井敏之
①原 悦生 “アントニオ猪木のいない日々”
②筒井竜平“映画・アントニオ猪木をさがして”制作への思い
③湯川 剛 “猪木との出会い”
・北澤幹之 藤波辰爾 木村健吾 舟橋慶一トーク・ショー
「若き日の群像~アントニオ猪木と歩んだ日々~」
・北澤氏のオフレコ話から思い立ち翌日、東プロ伊豆の平野旅館目指す
・執念で現場に辿り着く奇跡!新団体の青春を賭けていた23歳の猪木
・自分なりのアントニオ猪木を探しての旅は続く…伊豆は伊東の瓶山町
・We Remember 1966年のアントニオ猪木 君は東プロ時代を見たか!!
アントニオ猪木伝承の会、2023年秋特別講演会『アントニオ猪木を語り継ぐスペシャル・トーク・ヴァリュー』が11月23日(木)、両国国際ファッションセンタービルで開催される旨を事務局の金田吉弘さまより連絡を頂き、即行くことを決めた。
▼’22年10月13日号A猪木追悼特集増刊号合冊 スターダム5★ AEW暴力沙汰 地下インパクト
▼’22年12月15日号年間総括鷹の爪大賞米黄金国内沈下ビンス猪木 H花井 ぱんちゃん Jリー
東京へ行くならアントニオ猪木が眠る總持寺のお墓に手を合わせに行こうと計画。
当日は横浜の鶴見駅に降り立ち、總持寺に徒歩で向かう。駅から西方向線路沿いに10分ほど歩くと總持寺の入り口が見える。木々がうっそうと茂る参道を歩くと大きな山門が見えてくる。その山門から猪木家への墓地まではかなり迷うことになるが、地図を頼りに墓地を探した。
迷ったが最終的に山門を通り過ぎてすぐ右の道をまっすぐ歩けば墓地に到着した。スムーズに行けば山門から歩いて約5分程であろう。
墓地を眺めるとすぐ右手にアントニオ猪木の立派なブロンズ像が目に入る。ちょうど大祖堂の裏手にあたる。正式には五院左というところになる。花立には多くの花が手向けられている。猪木家が1944年に建てられ、猪木さんの両親らの遺骨が納められている。聞くところによると最初の妻であったダイアナ・タックさんとの間に生まれた文子さんの遺骨も収められている。闘魂タオルをまとい筋肉隆々の猪木像の目はまるで生きているようにさえ見える。横には引退式に朗読した、“道”の詩と猪木さんの偉大なる足跡が彫られた石碑も立っている。全国の猪木ファンはこれからも絶えることなくこの地を聖地として訪れるであろう。
尚、現在2人目の嫁であった倍賞美津子さんとの間に生まれた寛子さんが、ロスで遺骨を管理され、来年には日本で納骨式が行われる予定だと聞く。
アントニオ猪木ブロンズ像 燃える闘魂の石碑
’23年11月23日号Gleat下剋上 ノア月曜 新潟プロレス 蒲田神拳 武田幸三NJKF 猪木展
▼アントニオ猪木が好きであれば、今一度何を学ばされたのか自問する
11・23「A猪木を語り継ぐスペシァル・トークヴァリュー」@両国告知
by ローランド金田
2023年11月23日、アントニオ猪木伝承の会、会場の様子
①原 悦生 “アントニオ猪木のいない日々”
いよいよ第一部のトーク・ヴァリューの開催となる。
アントニオ猪木ブロンズ像の制作の過程を見に3回も作業場へ足を運ばれ、その2回目の訪問においては猪木さんのいたずらなのか地震にも遭遇されたそうだ。
今回、ブロンズ像を手掛ける事になった黒谷政弘社長と、彫刻家・北井博文さんとは今年の1月に会われ、その像のイメージをいっしょに考えられ最終的に顔は50歳から55歳、肉体は40歳代と決める。春頃から粘土での制作がスタート。サッカー好きの原さんは北井氏がカシマサッカースタジアムのジーコ銅像を手掛けた事を聞き、よりその制作に興味を持たれたとのことである。
最初に作った粘土像は寿命が短いのですぐ乾燥してひび割れを起すので、絶えず水をかけていた。眺めているとまるで生きているように見えたそうだ。
次の段階として石膏師である伊野氏により粘度に石膏を吹きかけられると猪木が白く染まる。そして針金で補強、その後石膏を剥がす作業が行われる。背中から頭部へとの作業途中、アントニオ猪木を内部から見た感動に胸が熱くなったそうだ。
粘土像の顔の部分が次の制作の為バケツに戻る過程においては、長年に渡り猪木を撮り続けてきたファンとして「純粋に欲しいなぁ!」という感情も沸く。すぐ石膏の内部を動画で撮ると、粘土職の顔が動くように見えたとのこと。そして石膏の雌型になった猪木像は完成の為東京のアトリエへと移動した。
その後2ヵ月半かけて鋳造が行われ、筋肉などの修正は原氏もアドバイスしながら最終的に茶黒色に着色され219センチの立派なブロンズ像が完成した。その猪木像の写真を撮っていると“リアルにアントニオ猪木”を撮っている感覚に陥ったとのこと。それほど完成度が高いのである。実際、間近で見ると今にもしゃべりかけてくれそうなリアル感を感じた。