「まだ見たことのない世界を見てみたい」
いよいよ決戦の日が迫ってきた。REBELS TVでは現地でヤスユキのインタビューを試みたが、それを踏まえたうえで決戦5日前にヤスユキの肉声に耳を傾けてみた。いつもと同じ穏やかな口調でヤスユキは言った「パコーン戦を通して、まだ見たことのない世界を見てみたい」(取材・布施鋼治)
8月から1日4食たべています
──『REBELS TV』でのインタビューを拝見させていただきました。
ヤスユキ 僕も、ちょうど見たところです。
──「すでに準備はできている。明日パコーンと闘ってもいい」と発言していましたね。
ヤスユキ そうですね。明日闘っても問題はありません。問題は体重だけです。実はまだ減量に入っていないんですよ(※取材日は10月21日)。減量は2日間でやる方なので。
──それで失敗したことはない?
ヤスユキ 慣れなのか、それともまだ代謝がいいのか、減量で苦しんだことは一回もありません。今回の契約体重は61㎏級なので、ずっと体重を増やしていたんですよ。スーパーフェザー級で闘っていた時も、減量は3~4㎏。今回は8月から2か月間、1日4食食べていました。
──1日4食! それは快楽? それとも苦悩?
ヤスユキ やっぱりしんどいといえば、しんどい。NKBで闘っていた時はライト級だったので、ずっとそうだったんですよ。体重は普段でも62~63㎏なので、いまは64~65㎏まで上げています。
──下げ幅は少ない方が調子がいい?
ヤスユキ そうですね。去年梅原(ユウジ)選手と闘った時はフェザー級だったんですけど、ちょっとしんどかった(4月14日、ヤスユキの5R判定勝ち)。あれは失敗したと思いました。体重はスンナリと落ちたけど、意外と動けなかった。
──REBELS TVでは「防御と距離を積み重ねたうえに、ようやく勝ちが見えてくる」とも発言しています。胸に響きました。
ヤスユキ 僕はそんなパワーファイターではないし、これという特徴もない。なのに、どうやってパコーンに勝つのか。たどり着いた答えが防御と距離だったんですよ。
──今までもずっと防御と距離を重要視しながら闘っていた?
ヤスユキ 基本はそうですね。まず第一にポイントをとられないということ。それは対戦相手がパコーンでなくても変わりはない。
──いま、日本のキックボクサーの大半は攻撃を主体に試合を組み立てていると思います。そうした中で、ヤスユキ選手の発想はひじょうに新鮮に映りました。
ヤスユキ 確かに倒した方がお客さんは喜ぶ。打撃戦の方が盛り上がるというのもわかります。でも、僕はキックボクシングを競技として考えている。そのためには、まずは勝たないといけない。ハッキリいって防御と距離だけの展開だとつまらないかもしれないけど、それを我慢して積み重ねたら見えてくるものがあると信じているんですよ。
──ぜひその領域を一緒に見させてください。その部分でキックボクシングとムエタイに差異は感じているのですか?
ヤスユキ う~ん、最近はもうなくなってきましたね。僕の中では同化している。というか、未だにキックとムエタイのどこが違うのか? と訊かれても、うまく説明できない。
──意外ですね。
ヤスユキ 前足をトントンしながら、アップライトに構えたらムエタイなのか? ムエタイのインターバルは2分という部分を除いたら、ルールは一緒ですよ。ルール以外の部分で何が違うのかといえば、それはレベルの違いなのかな、と。
──一流のナックモエは全てのテクニックを習得したうえで何かに秀でている。パコーンの場合だと、こかしがひじょうにうまいですよね。
ヤスユキ なので、レベルが高いだけなんじゃないかと思います。
──過去日本人キックボクサーが打倒ムエタイを目指す時にはふたつのタイプに分かれました。ひとつは現地での練習も経験するなど、ムエタイの中にドップリと漬かりながらムエタイをやるタイプ。もうひとつは藤原敏男さん(外国人選手として初めてのムエタイ王者)のように、ムエタイとは全く違うリズムで闘って打ち崩すタイプです。ヤスユキ選手の場合はどっち?
ヤスユキ 僕は向こう(タイ)で技術を身につけたので、基本はムエタイですね。最初は「やろうと思ったら、自分でもできるんじゃないか」と思っていたけど、途中で限界を感じました。「これは、とてもじゃないけど勝てない」と悟ったんですよ。それで、いまのスタイルに落ち着いたわけです。Dropoutで練習していると、自然とそうなってくるんですけどね。試合をしていく中で、勝手に自分の動きができてきた。繰り返しになりますけど、僕のベースはムエタイで、そこにボクシングとか他の格闘技を見ていろいろ取り入れたスタイルなんだと思います。
──ヤスユキ選手の練習で一番驚いたのはサンドバックを相手にした練習を一切しないことです。
ヤスユキ あ~、試合につながらないと思ったら、その練習は一切しない。僕の体にとってという注釈がつきますけどね。
強い弱いは勝ち負けとは別
──先日アップされた映像インタビューでは「パコーン対策はとくにない。パコーンをイメージしながら練習するだけ」という発言もしています。目を引きました。
ヤスユキ 基本的に何かをひたすら練習するというのはやったことがない。僕の場合、あくまでイメージですね。
──では、ジムで誰かと対人練習をしている時には必ずパコーンが目の前に現れたりする?
ヤスユキ 見えてきますねぇ。スパーリングではHIRΦKIや女性が相手だったりするんですけど、それでもパコーンは(イメージとして)見えてきますね。
──動いているパコーンが?
ヤスユキ そうです。昔からパコーンの試合動画は見ているので、例えばワキの空き方、アゴの上がり方はわかる。スパーリングパートーナーに「パコーンっぽくやってよ」と頼むことはそんなにないですね。それができるのはベム(REBELSでも活躍した同門。引退)くらいですかね。ナーカーの時もそうだったけど、今回もベムはパコーンっぽく動いてくれていると思います。まあ、僕はザックリとしたイメージを持つだけなんですけどね。
──でも、それでも試合でイメージと対戦相手がアジャストしているわけですよね。
ヤスユキ そこの部分は大事にしたいですね。会長さんやトレーナーさんも試合映像をチェックして意見を出し合って対策を決める選手もいるけど、対照的に僕は自分の感性を大事にします。ウチは放任主義とまではいかないけど、会長と一緒にパコーン対策を練ったことはありません。
──あくまで自分でやる、と。
ヤスユキ 間宮会長には環境を整えてもらいます。環境があるからこそ練習できるわけですからね。
──そもそも、パコーンを意識したのはいつ頃?
ヤスユキ まあヨードムエ(毎年選出されるムエタイのMVP)の試合はだいたい見ますからね。その中でもパコーンは際立っていた。意識し始めたのは、(2010年3月に)ポンサネーとやった頃からですかね。激しい試合をしていたので、「こんなにすごい選手がいるんだ」ということで見始めたわけです。でも、まさか自分がやるとは思っていなかった。試合が決まった時? 感慨に耽っていましたよ(微笑)。でも、それも決まってから1週間くらいまで。いまは、もう冷めてほかの試合と一緒ですよ。
──REBELS TVのインタビューでは「戦力に差があるのか明らか」と分析していました。ただ、その一方でどれだけ差があるかが問題で、さほど差が大きくなければ、「それを引っくり返せるだけの力が自分にはある」と勝っている部分が気になりました。
ヤスユキ それはリングで思うことなんですけどね。20歳の時だったので、9年前ですか。タイで強い選手と闘った時、「あっ、これは無理」と思ったことがあったんですよ。どうあがいても引っくり返せるレベルではなかった。最初から技量の差をハッキリ感じたので、心が折れるとかそういうレベルではなかったですね。あまりにも違いすぎて、闘志すら沸いてこなかった。
──そういう挫折も味わっているわけですね。
ヤスユキ 強い弱いって、また勝ち負けとは別だと思うんですよ。強いから必ずしも勝つわけではない。弱くても、強い者に勝つケースだってあるでしょう。
──世界選手権では優勝できるけど、4年に一度のオリンピックでは優勝できないトップアスリートもいますからね。
ヤスユキ それが人間の面白いところ。人間ですから、その時の気持ちの変化や体調などいろいろなものが重なり合う。それこそパコーンなんて、初めて日本でやるからわからない部分もありますよね。でも、パコーンが体調を崩してヤスユキが勝ったみたいなのはイヤなんですよ。
──その気持ちはわかります。でも、歴史に名前は残りますよ。
ヤスユキ やっぱりこれだけ注目していただいているわけですから、メインイベントに相応しい試合をしたい。ただ、玉砕覚悟なんて、そんな安っぽいことは思っていない。
──その気持ちはよくわかります。
ヤスユキ 第二次世界大戦の時にアメリカ兵に竹槍でというレベルのことは思っていない。しっかり自分で相手を殺せる武器を打ち込んでやろうと思っています。
──イメージの中では明らかにパコーンを上回っている部分がある?
ヤスユキ ありますね。
パコーンのパンチは当たらない
──明かせる範囲で構わないので、その一端を教えていただけますか。
ヤスユキ 相手に捕まらないといったらいいんですかね。自分の中では、そういう動きがだいぶできてきたかなと思います。
──確かに7月のナーカー戦も8月のコンゲンチャイ戦も相手には捕獲されていない。
ヤスユキ それがパコーンに通用するかどうかは別問題なんですけど、僕のイメージではまず捕まらない。
──いま、日本人キックボクサーが向こうの一流ランカーと対戦する時、何が問題になるかといえば捕まるか否かですからね。
ヤスユキ ナーカー戦にしろ、コンゲンチャイ戦にしろ、試合のペースはずっとこっちにあったと思っているんですけどね。
──それは、度重なるイメージ練習で習得することができたもの?
ヤスユキ う~ん、そうですかねぇ。さっきもちょっといったけど、僕のスタイルにはいろいろな要素が入っていますからね。ボクシングのパンチの打ち方を参考にする時もあります。
──それは打つ角度やタイミングも含めて?
ヤスユキ そうですね。パコーンのパンチは切れるパンチではないので、自分の形にはめてしまえばもらわないはずです。ウン、しっかりとかわせると思う。パコーンはパンチを振り回す時もありますからね。対照的にジョムトーンなんかストレート系が多いので避けづらい。
──だからこそボクシングとの二刀流で活躍できるんでしょうね。
ヤスユキ たぶんパコーンはボクシングに転向しても勝てないでしょう。僕も避けやすい脇の空いたフックが主体ですからね。それを当てさせない自信はある。ナーカーもフック系でワキの空いたパンチが多かったので、見切ることができました。
──なるほど。
ヤスユキ そういう選手が相手だと、スッと懐に入ったらパンチは当たらない。
──そうすることで距離を殺す、と。
ヤスユキ そうですね。だからもうテンプルやアゴには絶対もらわない。その代わり僕のパンチはストレート系なので当たる。中に入ってコンパクトにポンポン当てていく。
──懐に入ってショートを狙っていく、と。
ヤスユキ イメージとしてはそうですね。もちろん、攻撃の中では蹴りも混ざるんですけど、基本的にはパンチを当てたい。そのためにもうひとつすることは、パコーンに組ませない、こかさせないということです。彼が組みに来る状況というのは打撃で勝てないと思った時なんですよ。その打開策として組みに来る。
──ナックモエの常套手段ですよね。離れた状況で不利と判断したら、すぐ組みに来る。
ヤスユキ そうなんですよね。パコーンVSジョムトーンでは2Rくらいまでジョムトーンがパンチでバンバン押している。でも、そこからパコーンは組みに切り換えて、ジョムトーンをボンボンこかしてスタミナを奪って勝利を奪った。ああいう形にはしたくない。
──REBELS TVでは「針が通るくらいのスキを逃したくない」とも発言していました。
ヤスユキ パコーンくらいの選手になると、5ラウンド中にミスを犯すのは1回か2回。そのくらいしかスキはない。
──だったら、例えミスを犯すにしても瞬時に反応しないとチャンスを掴めない。
ヤスユキ ハイ、耐えに耐えて、しっかりとそのスキを定めていきたい。そのためには、すっごい集中しないとダメなんですよ。最近だったら、町田(光)戦がそうですかね(4R1分36秒、ヤスユキのKO勝ち)。途中まで押されていたけど、一瞬のスキも見逃さずにパンチ(右フック)を入れた結果、勝利に結びついた。まあ、町田選手以上に追い込まれたら、そういうことができるかどうかも問題になってくるんですけどね。
──これまでの経験を踏まえたうえでパコーン戦に臨む?
ヤスユキ 自分がどこまで強くなったのか試してみたい。個人的には今年7月にナーカーみたいなランカーと闘って勝てたことは、すごくいい感触を得たんですよ。見ていた人は面白くなかったかもしれないけど、未だに自分の部屋にその時のフライヤーを貼っているくらいですから(照れ笑い)。
──戦術がうまくハマるという点で選手としてのピークを迎えているとは思いませんか?
ヤスユキ 自分がイメージしたことがかなり試合に出せるという感覚はありますね。
──どのスポーツでも、イメージしたことをそのまま実行に移すというパフォーマンスはなかなかできることではないといわれています。
ヤスユキ ようやくですかね。いままで「こういう試合がしたい」「ああいう試合がしたい」と願っても、いざリングに立つとなかなか思い通りにはいかなかった。まあ、だいぶ出せるようにはなってきたかなと思います。
──イメージしたことの半分も実行できたらすごいという話を聞いたことがあります。
ヤスユキ よく引退したトレーナーやコーチが「いまの頭と昔の体があったら勝てるんじゃないか」と言うじゃないですか。僕は、なんとか間に合ったかなという気持ちはある。体力があるうちに、なんとか頭の方も追いついた。そういう実感はありますね。
──そういえば、REBELS TVでは「パコーン戦が最後になってもいい」という発言をしていましたよね。気になりました。
ヤスユキ(進退は)内容次第ですよね。桃源郷ではないけど、この試合を通して僕はまだ見たことのない世界を見てみたい。町田戦で、一瞬その入り口みたいなものは見えたんですけどね。それで満足したら、そこで辞めています。でも、「もう少し中に入ってみたい」という思いがあるから続けている。
──入り口から、さらに一歩足を踏み込めればいいですね。
ヤスユキ 見れたらいいですね。僕は「試合で見えるものがまだ足りない」と思いながら、ずっと続けているんですよ。
──最後の質問です。前日計量の会場で初めてパコーンと遭遇すると思います。その時、タイ語で何か話しかけますか?
ヤスユキ それはちょっと考えていました。やっぱり尊敬しているし、すごい選手なので、ちゃんとしたタイ語で話しかけたい。敬意を持って接したい。
○プロフィール
ヤスユキ
1985年3月22日生まれ(29歳)
滋賀県草津市出身
身長174㎝
タイプ=オーソドックス
得意技=左ミドル
タイトル歴=REBELS-MUAYTHAIスーパーフェザー級王者、NKBライト級王者
通算戦績25戦20勝(7KO)4敗1分
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