【週刊ファイトweb 20周年記念企画第2弾】
サイトのopenこそ2006年12月1日からでしたが、新会社登記など本格的に始動したのが同年の夏だったので、週刊ファイト!ミルホンネットはリアルに20周年を迎えることが出来ました。
第一弾として9月13日に『Rボック自伝出版体験総括/秘話』講演を予定しますが、それとの連動企画として皆さまのリクエストが高かった『ローラン・ボック大特集号』を電子書籍として販売いたします。今年の春ごろにヤフーオークションを見ていたところ、1970年代の何十部もの「週刊ファイト」が1部5000円~1万円ほどで、いろいろな人に取引されていました。正直、ここまで需要があるのかと驚いたことが契機になりました。
安易にタブロイド紙をスキャンしたものではありません。本稿に使っている画像は過去記事からの再利用であり、表紙以下、今回の現物PDFとは配色が異なり、色彩補正など細心のブラッシュアップを施して鮮やかに仕上げてあります。さらに、特集号の紹介記事も合体させた永久保存資料仕様、全50ページとなります。
直接にご意見も拝聴させていただくので、ローラン・ボックや昭和プロレスに造詣が深い皆さまの参加を13日にお待ちしております。
▼9・13(日)新宿ジャーナリスト編集者養成塾+沢田智『Rボック本出版記』
長らく入手困難となっていた1982年の『週刊ファイト』「ローラン・ボック大特集号」を復刊することになった。「世界最強の男」ローラン・ボック、その魅力と実像に迫る大特集号である。
最大の見どころは、アントニオ猪木との壮絶な死闘を追った シュツットガルト 10R 判定戦の徹底再現。そして、ビデオに残された 「23分20秒、鮮血の闘い」–––ローラン・ボックvs.アンドレ・ザ・ジャイアント、当時の『週刊ファイト』が「セメントマッチ」として報じたビッグマッチを紙上で追体験する企画も、もう一つの見どころだ。
さらに、アマレス時代の輝かしい戦績、プロレス哲学、宿敵たちとの抗争、家族との私生活、ホテル・ディスコ経営などの実業家としての顔、知られざる善行までを徹底取材した内容。リング上の「墓掘り人」から素顔のボックまで、そのすべてを凝縮した、まさに永久保存版である。
猪木との死闘 – シュツットガルト 10R 判定戦を紙上で再現
本号の最重要コンテンツが、アントニオ猪木とローラン・ボックが激突したシュツットガルト決戦の「紙上再現」だ。猪木は1978年、「キラー猪木ツアー」と銘打った過酷な欧州遠征を敢行。デュッセルドルフ、ベルリン、シュツットガルトを巡り、ローラン・ボックと三連戦を行った。その最終戦となったシュツットガルト大会は10R判定決着。
当時の『週刊ファイト』が「憎悪……殺し合い」と表現するほどの異常な緊張感に包まれ、敵地で対峙した猪木とボックは、危険技を次々と繰り出し、一歩間違えば大惨事にもなりかねない凄絶な攻防を展開した。
その伝説の一戦を、当時の紙面を通して改めて振り返る。

▼[Fightドキュメンタリー劇場55]
キラー猪木ツアー1978年11月8日「猪木vs.ボック」第一戦比較検証
もう一つの伝説 – 「ビデオに残された幻の死闘」を紙上再現

そして、もう一つの大きな見どころがある。「ビデオに残された幻の死闘――紙上再現」。23分20秒、「鮮血の闘い」と題された、ローラン・ボックと大巨人アンドレ・ザ・ジャイアントによる壮絶な一戦だ。
映像に残された両雄の激突を、当時の『週刊ファイト』は写真と文章によって紙上に再現。リング上で繰り広げられた凄まじい攻防を克明に伝えている。
強烈な技が次々と炸裂し、両雄が激しくぶつかり合う。そして、ボックが大巨人をバックドロップで投げるという驚愕の場面も――。
「ビデオに残された幻の死闘」を、当時の『週刊ファイト』が誌面上で追体験させる、圧巻の特別企画である。
猪木とのシュツットガルト決戦と、ボック vs.大巨人の幻の死闘。二つの壮絶なファイトを、当時の紙面を通して追体験できることこそ、本タブロイド紙最大の魅力の一つだ。
▼幻のレスラー伝説を甦らせた翻訳出版『ローラン・ボック』の舞台裏
なぜ「墓掘り人」と呼ばれたのか – 世界最強の男になるまで
ボックの強さを知るうえで欠かせないのが、アマレス時代から続くその卓越した身体能力だ。本号では「ボックの殺人技解明」と題し、アマレスを基礎とする強靱な肉体から繰り出される数々の技を徹底追跡。
メキシコ五輪入賞をはじめとするアマレス時代の戦績、そしてプロレスラーへの転向など、知られざる原点にも迫る。
なぜボックは「墓掘り人」と呼ばれたのか。本人の言葉や当時の誌面を通して、その強さの秘密を探っていく。

▼[Fightドキュメンタリー劇場52]
ローラン・ボック五輪代表権剥奪 プロのリングでドクトル・ワーグナー戦?
ボックの素顔 – 家庭・実業家としての顔・隠された善行
リング上の怪物だけではない。この特集号では、一人の人間としてのローラン・ボックにも迫っている。
妻ソーニャと子どもたち、ビアンカちゃん、ローラン・ボック・ジュニアとの家庭生活。友人たちとの交流。さらに、ステーキ店やホテル・ディスコ経営など実業家としての活動、映画出演まで、リングを離れたボックの姿が紹介される。
そして、特に興味深いのが、名前を隠して厚生施設に10年間寄付を続けたという知られざる善行だ。
「世界最強の男」「墓掘り人」と呼ばれたリング上のイメージとは異なる、ボックの素顔を見ることができる。


ローラン・ボックの衝撃!– 遂に日本マット登場
日本のプロレスファンにとって忘れられないのが、ローラン・ボックの日本マット登場だ。
衝撃の日本初登場、木村健吾戦。ローラン・ボックが日本のリングに初めて姿を現した瞬間、日本のプロレス界に「欧州から本物の怪物が来た」と思わせるほどの衝撃を与えた。初戦の木村健吾戦では、ボックのダブルアームスープレックスが木村の身体を豪快に叩きつけ、その規格外のパワーを観客の眼前に突きつけた。

そして、元日決戦。新年早々、日本のリングで実現したアントニオ猪木戦。ストロングスタイルの象徴として世界中の強豪を迎え撃ってきた猪木に対しても、ボックは一切の遠慮を見せず、開始直後から殺気を帯びた圧力で正面からぶつかっていった。
不完全燃焼とも評された試合だが、特集号の次号の誌面には「敵意むき出しで猪木を攻めるボック」という記述も残されている。アマレス仕込みのタックルで猪木をロープ際まで押し込み、サイドスープレックス、エルボースマッシュと、次々に攻撃を繰り出すボック。
当時の日本のプロレスファンに強烈なインパクトを与えた「世界最強の男」のファイトを、貴重な写真とともに振り返る。1980年代初頭、日本のプロレスメディアが「ローラン・ボック」という男をどのように見ていたのか。その熱気と迫力を、当時の『週刊ファイト』の紙面を通して甦らせる。

▼ローラン・ボック氏死去81歳 猪木を葬った“地獄の墓掘り人”力尽く
記事一覧 – 週刊ファイト『ローラン・ボック』百科
☆甦った鬼才ボック――華麗なる過去と現在を探る
- 猪木を破って一躍脚光
- メキシコ五輪入賞
- つぎつぎ襲った不運
☆猪木vs.ボック──初対決に至るいきさつ、そして猪木シュツットガルトの悪夢
- 猪木vs.アリ戦を知りあおられる
- 日本人留学生が橋渡し
- 第1回MSGシリーズ初夜祭で挑戦状を手渡す
- 「憎悪…殺し合い」
- 狂乱のボック
- 危険技連発
- 迫力流血戦
- 受け身取れぬ技の怖さ

☆ボックの素顔、ドイツを飛び回る、ボックの隠された善行
- 「ご紹介」ソーニャ夫人、愛娘ビアンカちゃん
- 愛すべき子どもたちとワイフ
- 家では子煩悩
- ベルリンの夜は更けて――友人をひきつれ繁華街へ
- 実業家としてのボック――ステーキ店で大儲け、ホテル・ディスコ経営で大忙し
- 映画「ハリケーン・ロージー」で好演、オレはムービー・スター
- 名前隠して厚生施設に10年間寄付
☆ビデオに残された幻の死闘 紙上再現
- 1979年12月16日、もうひとつのシュツットガルトの死闘
- ボックVS大巨人――セメントマッチ完全決着23分20秒 鮮血の闘い、
- 衝撃、大巨人をバックドロップ!!
☆ボックが語る「理想のレスラー」、ボックの殺人技解明
- 恐るべき闘争心、強敵の一人とは
- プロのワザ教わる
- なぜ「墓掘り人」と呼ばれるか
- アマレスの基本
- 叩き潰し、見逃されているもの凄いパワー
☆関係者が語るボックの横顔
- 意気投合──ボックvs.谷津嘉章、アマレス出身同士
- K・カルロフ「もう闘いたくない」
- 強い、禁じ手使い、頑固者……とにかく強かった
- IWGPでもカムバックを
☆ボック衝撃の日本登場
- 木村健、1分35秒で散る
- ハンセンとのタッグ
ローラン・ボックというレスラーが、なぜこれほどまでに日本のプロレスファンの記憶に残ったのか。その答えを探るための貴重な資料が、ここにある。
1982年当時の『週刊ファイト』が伝えた「世界最強の男」の姿を、ぜひこの機会に手に取ってほしい。長らく入手困難だった幻の「ローラン・ボック大特集号」、復刊決定。
この機会に、ぜひお買い求めください。
ファイト編集部