[週刊ファイト06月11日]期間 [ファイトクラブ]公開中
▼本誌北米通信員報告!“謎のアート文化”にランディ・サベージまで乱入
Mike Lano提供 編集部編
・Mike Lano現地報告:映画を観ていない画家が描く映画ポスター
・WWE史に燦然と輝く“マッチョマン”―ランディ・サベージ
・ランディ・サベージの日本マットでの足跡
・没後15年を迎えた今も愛され続けるランディ・サベージ
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Mike Lano現地報告:映画を観ていない画家が描く映画ポスター

週刊ファイト西海岸担当のマイク・ラノ通信員([WReaLano@aol.com](mailto:WReaLano@aol.com))から、実に興味深い話題が届いた。米国の人気風刺ニュース番組『Last Week Tonight』で紹介されたのが、西アフリカ・ガーナで独自に発展した「手描き映画ポスター文化」である。
現在では映画の宣伝といえば、公式ビジュアルを世界中で共有するのが当たり前だ。しかし1980年代から90年代のガーナでは事情が異なっていた。当時は映画館チェーンよりも、テレビやビデオデッキを積み込んだ移動上映業者が各地を巡回し、海外映画を上映していた。当然ながら公式ポスターは現地に届かない。そこで誕生したのが、地元アーティストによる巨大な手描きポスターだった。
しかも驚くべきことに、画家たちは必ずしも作品を観ていたわけではない。上映業者からタイトルだけを聞いたり、簡単なあらすじを教えられたりしただけで制作することも珍しくなかったという。その結果、映画には登場しない人物が増えたり、俳優の顔が別人になったり、アクションスターの筋肉が異常なまでに巨大化したりする。ホラー映画では怪物の数が勝手に増殖していることすらあった。まるで映画を夢の中で再構築したかのような独特の世界観。それこそがガーナ映画ポスター最大の魅力なのである。中にはアーノルド・シュワルツェネッガー主演作品なのに別のアクションスターが混ざっていたり、主役より脇役の方が大きく描かれていたりする例も存在する。
そしてマイク・ラノ通信員が特に注目したのは、その自由奔放な創作の中にプロレス愛が入り込んでいることだった。紹介されたポスターの中には、本来その映画に出演していないにもかかわらず、“マッチョマン”ランディ・サベージを思わせるレスラーが描き込まれている作品もあったという。
なぜそんなことが起きるのか。理由は単純だ。画家自身がプロレスファンだったのである。
ガーナのポスター画家たちは厳密な再現を求められていたわけではない。重要なのは観客の目を引き、「観たい」と思わせることだった。巨大な筋肉、派手な表情、戦闘的なポーズ、そして圧倒的な存在感。プロレスラーは映画ポスターにおいて理想的なビジュアル素材だったのである。そのため、本来その作品には登場しないレスラーが“特別出演”してしまうこともあった。
現在、このガーナの手描き映画ポスター文化は世界的なアートとして再評価されている。米国や欧州では展覧会が開催され、美術コレクターの間でも高い評価を受けている。もともとは海運用の小麦粉袋などをキャンバス代わりに利用して描かれていたとされる。限られた資材の中から生まれた創意工夫が、唯一無二の芸術表現へと昇華したのである。
考えてみれば、これはプロレスにも通じる話だ。日本のプロレス黄金期にも大会ポスターや専門誌の表紙では、実際の試合以上にレスラーが巨大に描かれたり、炎や雷が飛び散ったりすることが珍しくなかった。現実を忠実に再現することよりも、「観たい」と思わせることが宣伝の本質だからである。ガーナのポスター画家たちは、その精神を極限まで押し進めた存在だったのかもしれない。
映画を観ていない。出演者も把握していない。それでも観客をワクワクさせる。そして気がつけば、そこにランディ・サベージまで描かれている。プロレスと映画、そしてアートが奇妙な形で融合したガーナのポスター文化。AI画像生成全盛の現代だからこそ、このエピソードはなおさら強い魅力を放っている。
完璧な再現ではなく、人間の想像力が暴走した結果として生まれる“間違いだらけの傑作”。そこには現代のデジタルデザインでは再現できない熱量が、確かに存在しているのである。
WWE史に燦然と輝く“マッチョマン”―ランディ・サベージ

プロレス史において数多くのスーパースターが誕生してきたが、その中でもランディ・サベージほど圧倒的な個性と存在感を放ったレスラーはそう多くない。派手なコスチューム、独特のしゃがれ声、そして「Oooooh Yeah!」の決めゼリフで知られるサベージだが、その真価は決して見た目だけではなかった。彼はリング上で観客を熱狂させる技術と表現力を兼ね備えた、まさに天才レスラーであった。
1952年11月15日に誕生したランディ・サベージことランディ・ポッフォは、レスラー一家に生まれ育った。父は名レスラーのアンジェロ・ポッフォであり、幼い頃からスポーツに囲まれた環境で育った。しかし彼は最初からプロレスラーを目指したわけではない。若き日のサベージは野球選手としての道を歩み、セントルイス・カージナルスなど複数球団の傘下でマイナーリーグ選手としてプレーしたのである。
だが野球の世界で大成することは叶わず、新たな挑戦として飛び込んだのがプロレスであった。この決断こそが後のプロレス界を大きく変えることになる。