笑わせ、泣かせ、おひねりが飛んできたブラソ・デ・プラタさん58歳で天国へ

 大変悲しいニュースが飛び込んできた。スペル・ポルキー、米国ではスーパー・ポルキーとして知られるブラソ・デ・プラタさんが現地時間26日に帰らぬ人となった。

 長男のブラソ・デ・オロとタッグチーム「ロス・ブラソス」を結成。次男のエル・ブラソがデビューしてからはオロと共にトリオ・ユニット「ロス・モスケテロス・デル・ディアブロ」に。1988年、ロス・ビジャノスにコントラ戦で敗れて3兄弟共々素顔になる。ただ、顔の表情が売りになるのだから、ここからが日本のファンにも認知されていく伝説の始まりだ。

 1991年、ユニバーサル・プロレスリングでの三兄弟での仲間割れと仲直りの名演は何度同じことをやられても、また見たいの名場面として脳裏に焼き付いている。笑わせ、泣かせ、おひねりが飛んできたものだ。

 そんな笑いを誘うブラソ・デ・プラタさんだが、実は兄弟のなかでも本物のシューターとは昔から囁かれていたこと。2003年5月5日、後楽園ホールで行われた『DEEP 9th IMPACT』では、東洋の神秘、自称エセ骨法の矢野卓見とMMA戦に出陣。すでに体重超過の時代だから無茶もいいところのマッチメイクなのだが、オファーを受けたところが普通じゃない。そして2Rまで持ちこたえる大善戦、ヒールホールドにタップしたがリアルも使える選手であることは証明した。

 上記写真は2012年のウルティモ・ドラゴンによる『LUCHA FIESTA』の前日会見。エストレージャ間ではいじられ役になっていて、ケツを蹴られる役を記者会見でやっていた。


 翌日の本番『ウルティモ・ドラゴン デビュー25周年記念大会』では、ポルキーの泣き笑い劇場、最初から最後まで懐かしのスポット全部を披露してくれた。

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 長男のブラソ・デ・オロは66歳で亡くなっている。 次男のエル・ブラソも糖尿病で亡くしていた。 この時は、追悼大会で丸坊主になることで思いを伝えている。

 健康状態が思わしくないことはずっと伝わっていたから、いきなりとかの驚きはなかったのだが、ついに天国に召された。

合掌


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