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2007年11月 アーカイブ

2007年11月02日

DWA(同志社大学学生プロレス同盟)京都田辺ハローホール大会(たな☆すた二期)というキャンパスの風景

昨今、学生プロレス出身のレスラーが脚光を浴びている。
新日本プロレスのIWGPチャンピオン棚橋弘至は、RWF(立命館大学学生プロレス連盟)出身だと東スポ系列の新聞紙上でカミングアウトをしている。いや、ようやく老舗団体と業界御用達メディアがなかったことにしていた経験を、「経歴」として認めたということである。時代は変わったのだ。

立命館の二期先輩にはお笑い芸人兼レスラーのレーザーラモンRG=出渕誠がいる。相方の1期下にあたる、かつてハードゲイブームを巻き起こしたレーザーラモンHG=住谷正樹は、DWA(同志社大学学生プロレス同盟)出身である。彼らは京都統一王座を争ったこともある同世代、HG対棚橋の黄金カードはまた、広告代理店の企画者目線ではプロレスがゴールデンに復活する際の切り札だと唾をつけられている。油ののりきったエース対決に意味があるわけで、いつまでも天龍やリック・フレアーが主役ではプロレスに未来はない。ちなみに両者の対談が「ファイティングTVサムライ」のVERSUS#17にて11月18日22時より1時間枠で放送される予定となっている。(リピート放送もあり。)
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DWAは29年の歴史を持つ史上初の学生プロレス組織

学生プロレス時代のおのおののリングネームは、棚橋弘至はターナー・ザ・インサート、レーザーラモンRGはチン先真性、レーザーラモンHGはギブアップ住谷ということはマニア間では周知であろう。さる11月2日発売の「Gリング」隔月刊・(株)大都社では、今が旬の新日本プロレスの真壁刀義がTWF(帝京大学)出身で、当時のリングネームはプリン真壁であるとカミングアウトした。こちらもマニア間では既報であるが、学生プロレス出身のレスラーは蔑まれとかく白い目で見られがちだった10年ほど前の事を思えば隔世の感がある。非公表ながら、アマチュアプロレス、学生プロレス出身のプロレスラーの比率はかなり高く、既に業界を席巻しているといっていい。もともと恥ずべき事ではなかったのだ。

10月18日京都に赴き、RWF共催のDWA大会を観戦した。現在活動中の学生諸君もなかなかどうして。プロのローカルプロモーションなら即、戦力になりそうなレスラーが何人かいたように見える。もっと外の世界に打って出てはどうかと思えた。

大阪にてVKFというインディーの興行がほぼ月1のペースにてあるが、ハッスルのエンターテインメントとはまた別の笑いと闘いがあるように、DWAのショーもまた、立派に完成された文化祭等での発表会であり、質の点でも満足度からも、インディー興行にふらっと遊びに行った感覚と変わらない。学生プロレスラーが将来プロレスラーになって、名実ともにビッグな存在になって、あの時の大会を確か見たなあということでもあれば思わぬ原石に出会えてるかもしれないという、後々マニア冥利に尽きる事ではないか! ぜひ一般の観戦をお勧めしたいものだ。

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学生プロレス、社会人プロレス初期の歴史と人物は以下に詳しい
タダシ☆タナカ『藤波MSGデビューと学生プロレスの起源』
みぶ真也『振り返ればいつも負け役』


2007年11月03日

T−1が「激女クイーンコンテスト」のスポンサーを大募集

「T−1グランプリ」、あるいは「T−1スペシャル」女子プロレス大会において孤軍奮闘するT−1二見社長が、女子プロレスラーやエンターテイナーの育成を行なっていくことを発表、スポンサーを幅広く募ることとなった。次世代の人材発掘プロジェクトの一貫として「T−1激女クイーンコンテスト」を開催、優勝者または準優勝者には、「T−1興行」他幅広い舞台が用意されているという。プロレス以外のジャンルでも活躍できるニューヒロンの育成に注力、イベントの強化を図るという。

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◎実施内容

1. 冠タイトルに会社名を表示します。
2. 会場内での社名表示や看板提出します。
3. 場内アナウンスができます。
4. サンプリング商品の配布、販売が可能です。
5. チケットまたはチラシによる宣伝が可能です。
6. 副賞、参加賞等への掲載ができます。
7. 審査員として参加が出来ます。
8. 「T−1」オフィシャルホームページや極上の“T−1二見激情”見参(二見ブログ)で宣伝します。
9.その他各媒体で告知、宣伝をします。


◎協賛のメリット

1. 出場者が貴社指定の衣装(コスチュームや水着)を使用する事が出来ます。
2. 出場者の衣装に、スポンサーのロゴを入れることが出来ます。
3. 貴社の広告宣伝に、出場者や「T−1グランプリ」参戦選手の写真やプロフィールを使うことが出来ます。
4.「T−1激女クイーンコンテスト」の優勝者は、協力媒体の掲載が可能ですので、二次使用での展開が出来ます。
5.出場者は積極的に、雑誌、新聞、インターネット等のメディアに貴社の商品、ロゴが出るよう努力します。

【お問い合わせ】チケット&トラベルT−1
〒101-0061 東京都千代田区三崎町2-6-7グリーンビル202号
TEL:03-5275-2778
メール:info@t-1.jp
チケット&トラベルT−1 代表取締役 二見 理

2007年11月05日

第30回プロレス文化研究会潜入記 テーマは「アントニオ猪木という現象」

10月27日(土)昼過ぎに催されたプロレス文化研究会に行ってきた。場所はおなじみ京都三条の小粋なクラブ”ル・クラブジャズ”である。当日の進行は二部構成で、業界永遠のヒーローであるアントニオ猪木についての調査発表会となった。

1、「アントニオ猪木についてのアンケート」結果に基づいてのディスカッション
2、ビデオ上映 アンケートを参考に決定。

アンケートの項目について簡単に記すと
○猪木が好きですか嫌いですか(またその中間派)、そしてその理由。
○あなたは猪木信者だったことはありますか(かつてそうだったなど)、そしてその理由。また猪木信者についてどう思うか。
○「アントニオ猪木」と聞いて真っ先に連想するイメージ。
○プロレス以外も含めてすべてにおいて「アントニオ猪木」の印象に残っているパフォーマンスは?

 稀代のトリックスター☆アントニオ猪木について、どの様に思うかが総数181人から導き出され回答されていた。意見の数々についてのデーターは行かれた方の特権でもあるので中身を記すのはあえて差し控えさせていただく。それにしてもプロレス史上最高のプロレスラーについて、それぞれの受け取り方の幅の広さには驚いた。他のレスラーならまずありえないであろう多種多様な真摯(しんし)かつユニークな回答が出ている。

 ストロングスタイルを旗印としたその第1人者がアントニオ猪木とされているが、その本質はアメリカンプロレス的でもあり、選手間ではロックアップ以降の肉体の動きはむしろ柔らかいものであったという。TAJIRIのように、すり足ステップで右回り。ただしリング中央にいる立ち位置が違うから、東洋の神秘といった脇役にならず、最初から最後まで主役を張り続けた。カメレオンのように変幻自在の数多い引き出しを持つ、良くも悪くもオールラウンダーだったのが猪木なのだ。「闘魂」を旗印にしながらも、直線型パワーファイターの系譜ではなく、当たりのインパクトは「ふにゃチン級」というのが対戦相手の言い回しである。

 あるベテランレスラーがかつて面白い事をおっしゃっていた。
「ものすごく口が上手で、本当にこの人の言うことは間違いないとうっかり思ってしまう。」
「だから俺は適当に話を聞いてさっさと逃げるようにしているんだ。」
 人間的魅力を兼ね備えた、騙しのビジネス・プロレスのスーパースターによる磁場の危うい側面を端的にあらわす一例である。確かに猪木には金はなくとも求心力があった。アドリブを対戦相手にまで回してしまう、天才レスラーであったことは間違いない。

 ちなみにビデオ上映は猪木対長州 1984年8・2蔵前、猪木のグランドコブラ決着の1戦であった。
文化研究会主宰の岡村正史氏の数々の過去の著作は、週刊ファイトの故・井上義啓先生、作家の村松友視氏に次ぐ活字プロレス文化における重要な位置を占める文献である。関心のある方は古書店やプロレスショップなどにいかれて是非探していただきたい。特にエステル出版刊の「知的プロレス論のすすめ」はお勧めである。

 最後にプロレス文化研究会のようなアナログ的なプロレス空間は、現在においては大変貴重なものとなってきている。プロレスとは数々の語り口がある奥深いジャンルでもある。ならば好きなプロレスとどっぷり浸(ひた)りきるなら、こういう猪木の多面性議論もかつ楽しいではないか。次回も、より多くのファンが全国から京都に集うことを願ってやまない。

レトロ狂時代

2007年11月16日

格闘技大みそか興行の情報はガセネタである!

 大みそかにPRIDEを運営してきた旧DSEスタッフによる格闘技興行が開催されるとの情報が飛び交っているが、PRIDE問題の第一人者タダシ☆タナカは、すでに弊社刊『PRIDEの消滅』にて、明確にその可能性を否定している。

 専門誌紙の機能不全が指摘されて久しいマット界であるが、現在海外情報に強い既存のメディアはなく、飛ばし記事が横行している有様だ。どうしても諦めきれないPRIDE信者に「こびを売る」スタンスになり、「こういう話も大みそかにあります」とばかりに、一方で非現実であることを知りながら、紙面上では煽るスタンスを選択してしまう。

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 すべてのPRIDEファンは、本物の真実を知る必要がある。PRIDE崩壊に関する唯一無比の詳細ドキュメントは、以下の4作品でその発端から後処理の現在までを克明にレポートしている。すべての格闘技を愛する者にとっての必読書であろう。

PRIDE身売り騒動の真相 MMAに目覚めた北米大陸
UFC、PRIDE買収のタブー、K-1格闘技連盟の怪しい行方
骨抜きにされたPRIDEとマット界スキャンダル
PRIDE消滅 なにが最強のプロモーションを自滅させたのか

2007年11月17日

ニック・ボックウィンクルが奇跡の生還! ダーレン夫人が明言

 アメリカン・プロレスのファンをやきもきさせていたニック・ボックウィンクルの心臓発作による6日間の入院であったが、ようやくダーレン夫人から「16日にラスベガスの病院から無事退院して自宅に戻った」との連絡がったのでお伝えする。

 心臓のバイパス手術は成功。しかしダーレン夫人によれば、手術後の病院のケアに関しては大いに不満だったようで、「自宅に戻ったことで回復のピッチも急上昇するに違いない」と結んでいる。

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 現在ニックさんは、次々にかかってくる「お帰りなさい」の電話に喜んでいるが、長くはしゃべれないと釘をさしている。もっとも「多くのファンがサポートしてくれることが最大の励み」とも述べており、個人的に親交のある関係者からの電話を奨励しているようでもある。
 二週間後に、再び医者に診てもらう予定とのこと。唯一ニックさんが不満なのは、食生活の変更である。ダーレン夫人の焼いたクッキー類は御法度になってしまったそうだ。
 選手のOB親睦会であるカリフラワーアレー・クラブ総会でも、重鎮として毎年元気な姿を見せていただけに、動脈が詰まったことによる突然の心臓手術は周囲を大いにあわてさせた。特に今年は、アルツハイマーを患ってしまったレッド・バスチャンに変わって会長に選出されたばかりでもある。
 近年はコミッショナー役がお似合いだった職人レスラーの鏡だ。再び日本を訪れる日が来ることを願ってやまない。

2007年11月20日

これは美味だ!片山ボンの店”アジアタッグ”に全員集合

 「アジアタッグ」という店名だけで、オーナーがプロレスファンだと思ったのは筆者だけではないだろう。マニア御用達の雑誌「紙のプロレス」の元編集者・片山ボンさん経営のレストランは、プロレス心をくすぐる店名と、センス溢れるロゴマークが目印だ。

 レストランは和風というよりは、創作料理に近い。自慢の海南鶏飯を美味しくいただいた。
すでに吉田豪の「豪さんのポッド」ブログにも氏ならばでのユニークな語り口で紹介されている。
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 行き方は大阪の地下鉄南森町駅4B出口を出て後方へ回る。もしくははJR東西線大阪天満宮駅JR3出口でもよい。日本一長い天神橋筋の2のほうの筋入口角、天神橋1丁目ツチヤスポーツ沿い寄りにある。
 ちなみに、間違って2丁目からの、りそな銀行南森町支店界隈に行ってしまうと、7丁目まで延々と筋が続くので注意。大阪店天神橋郵便局を進み、近畿ギフトというディスカウントチケットショップに出くわす。遠方から来られる方は、遅い時間でなければこちらで帰りのチケットをお求めになるのもよいだろう。さらに進み、中国料理眠眠(みんみん)を左に曲がってすぐのところの路地が目印だ。

〒530−0041
大阪市北区天神橋1−13−15 大阪グリーン会館1F 「アジアタッグ」
TEL06-6881-1140
営業時間は11:30ー14:00、15:00−23:00(ラストオーダーは22:00)

2007年11月21日

先負の21日、日経新聞が「電子書籍市場180億円」と民間機関の調査を発表

 注目の21日、ついに日経新聞朝刊がインプレスR&Dの電子書籍市場に関する報告書を記事にした。2006年度(07年3月末時点)の電子書籍の配信額は、携帯向けが前年度に比較して約2.4倍の110億円。パソコン向けは約1.5倍の70億円と発表されている。

 インプレス関連会社によるレポートは16日、電子書籍本『電子書籍ビジネス調査報告書2007』として先行販売されていたが、19日に日経産業新聞が取り上げ、本日の朝刊で本紙も報道した。

2007年11月24日

カブキキッドがファイト!ミルホンネットにコラム執筆で参戦!

ファイト!ミルホンネットをごらんの皆さん、ハジメマシテ!
カブキキッドと申します。

ちょっとしたご縁があって、コノタビ、このsiteでcolumn的なものを書かせていただくこととなりました。
今回は自己紹介ということで。

私は2003年10月11日、Pennsylvania州philadelphiaにあるnew alhambra arena(所謂、旧ECWアリーナ)でのCZWのshowでデビューした、プロレスラーです。
ウヨキョクセツありまして、今はfree-lanceとして、ニホンでプロレスをしています。

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自分自身決して有名でもなく、未熟なwrestlerで、私がpro-wrestlingの全てを語れるわけではありません。
でも、私の知っているwrestlingの「カケラ」を、皆さんと共有できたらいいな、と思っています。

これからは、自分が参戦するものを中心にしたshowの紹介と報告や、あとプロレス界に蠢く人々についても書いていけたらな、と思っています。

とにかく!楽しんでもらえるようにpostしていくので、ドウゾヨロシク!!

kabukikid.

2007年11月26日

ワールドビクトリーロードが明日、XXXXの参戦表明記者会見

 ワールドビクトリーロードが募集していた大会名の発表に加えて、大物選手の参戦を明日発表する。21日にイベント開催をブチ上げた旧DSEスタッフによる『やれんのか!大晦日2007』がカードを発表できないままだったのに対抗して、大会は2月開催を予定しながらも、PRIDEの後続プロモーションは本家であることをアピールする狙いがあり、会見内容が注目されている。

美城丈二の“80’S・プロレス黄金狂時代 〜時代の風が男達を濡らしていた頃”

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 故・ジャイアント馬場氏が私達に教えてくれたこと、それは忍耐ではなく辛抱でもなく、美しさであった、と書き始めればひとはどのように感じとめていただけるだろうか?

 対戦者に対して優(やさ)しみを持ち、そのジャンルの歴史を思わせる美しいフォームのプロレスリング世界を構築させていった。だから70年代はともかく80年代に入ると、猪木氏のいわゆる“過激なプロレス”が幅を利かすあまり“馬場プロレス”は古臭い、大味この上ないプロレスだとの範疇に封じ込められ、なかなか世の人々に喧伝されにくい、いわば“猪木プロレス”の対比としての誹謗中傷に類するものとして評価されずらかった。
 
 後方の観客にもそれと判るダイナミズムを伴ったプロレスリングはストロングスタイルプロレスの蚊帳(かや)の外と決め付けるものさえ現れ、猪木氏擁護派の“言いよう”は誠に凄まじい“物言い”でもあったろうと思う。だが、そんな馬場プロレスにあって一大事変とも言うべき、時のプロレスファンが驚愕する移籍劇が起こった。“ブレーキの壊れたダンプカー”ことあのウエスタン・ラリアットの使い手、スタン・ハンセンの全日本転出騒動がそれ、である。
 皆々、この転出劇にはさもかなり驚いた。何より過激なプロレス、猪木プロレスのいわば支柱を成すとも思えし、外人トップエース、スタン・ハンセンの全日本登場。マスコミは「馬場・引退の危機」とはやしたて、ファンは口々に「もう、馬場もこれでお終いだな」と三々五々、蔑視解釈した。

 このスタン・ハンセン全日本参戦によって故・馬場氏は自身の中でくすぶっていた意地と共にもうひとつの“馬場プロレス”の封印を紐解いたのだと解釈したい。vsハンセン初対決、1982年2月4日・東京体育館、ゴング直後、対角線上に走ったハンセンに故・馬場氏はいきなりの16文キック、それまでは試合終盤で見せていた代名詞的技を即座に抜いてみせた辺りにこの試合にかけた故・馬場氏の執念とも言うべき覚悟が感じられようか。
 故・馬場氏はのちにも「猪木など気にもしていない」との発言を繰り返してはいるが、やはり新日本トップ外国人レスラーであったハンセンに対する反骨心と猪木氏に対する対抗意識は勿論相当なものがあったと断じれよう。ハンセンに組み付かれても押し戻す。受けよりも先に先にと攻撃の手を緩めず、突進していく故・馬場氏。館内は入場時からの怒号と喧騒、興奮のどよめきがまさに大波のそれの如し、ひっきりなしに押し寄せ、試合終了以後もしばし留まることは無かった。
 
 ラリアット利き腕へのココナッツ・クラッシュ、往年の故・馬場氏が大試合でしか見せなかったとされる大技の連発。執拗過ぎるほどの利き腕攻め。腕折り。それでもラリアットを受け、もんどりうつ故・馬場氏。ふたたび揺らめきつつも立ち上がって挑みかかる故・馬場氏。
 ゴングが打ち鳴らされても激しくつばぜり合いを繰り返す、両者。メーンレフェリー・ジョー樋口氏が暴行を受け失神するというお決まりの両者反則裁定、ノーコンテストながらその年の東京スポーツ・年間最高試合賞に冠したこの一大決戦はそれまで苦渋を飲まされ続けた故・馬場氏ファンにとってまさに溜飲を下げる、未曾有の名勝負であったろうと考える。

 試合後の風聞において、馬場引退か!?という刻印は霧消した。その後も故・馬場氏は虎の子のタイトルとも言うべきPWFタイトルを巡る攻防でハンセンと激闘を繰り返す。リング上で“強さを競い合う”という幻想をまとって闘った故・馬場氏の最後のライバルはスタン・ハンセンであったろうとも思える。そんなハンセン全日本参戦という“衝撃波”が静かな余韻と共に落ち着き始めた頃、故・馬場氏は後進を故・鶴田氏、天龍選手に託すこととあいなった。

 スタン・ハンセンの全日本転出を受け、それまでの“美しいプロレス”を封印し、まさしく“激しいプロレス”を展開してみせた故・ジャイアント馬場氏のプロレス覇道。それはまことに一己の人間としての意地を最優先させたあまりに“稀有”な出来事であったとも言いえよう。
 vsハンセン・・・あの闘い模様はやはり“馬場プロレス”の王道をゆくスタイルではなかった。が、封印を解いてまで現出させねばならぬ、故・馬場氏の“意気地っぷり”。そこに私は誠に多くの感慨を思わせるのだとも論じておきたい。後年、猪木プロレスばかりが“謎解き”されてきたが、馬場プロレスも誠にその奥は深し、それらにまとわり付く想い出も忘れ難いものである。

 故・Mr.アンドレと共に晩年、“楽しいプロレス”の一環として前座戦線をにぎわせていた故・ジャイアント馬場氏。振り返って臨めばまさしく“生涯現役”を貫き通した、故・馬場氏。筆者のまぶたにもあの往年の勇姿が思い起こされる。
 「出た!!出た!!ジャンピング・ネック・ブリーカー・ドロップ。まさに“世界を獲った”凄技であります」
 そんな故・馬場氏のご冥福を改めてお祈り致します。合掌

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2007年11月27日

吉田秀彦参戦の「戦極」〜SENGOKU〜が3月5日代々木大会開催を発表

 (株)ワールドビクトリーロードが日本人に活躍の場を与えるメジャー大会の開催を都内ホテルにて発表した。会見には木下直哉・木下工務店社長の紹介で、参戦を表明した吉田秀彦、川村亮、菊田早苗、滝本誠も登場。12月22日にパンクラスでの試合が決まっている川村のみ、目先の大会への集中を口にしたが、他は3月5日国立代々木競技場第一体育館で開催の決まった大会名『戦極〜SENGOKU〜』イベントにおける対戦相手希望などの抱負を述べた。

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 木下社長は「日本が火付け役の総合格闘技を、もう一度原点に戻したい。和のイメージを強調したい」と述べ、和洋折衷ともとれるルールと6階級をも発表している。ルールについては、福田レスリング協会会長を軸に選定されたことを明かした。微妙な68kgライト級の設定が注目を集めたが、木下社長は「日本人が活躍して欲しい階級。今後変更はありうる」と含みを持たせている。

 「おのれの誇り、人生のすべてを懸けた戦い」、「そんな夢舞台を日本で、世界最強を決める」と、ガリバーとなったUFC、さらには『やれんのか!大晦日2007』陣営との違いを説明した木下社長。2008年度は5大会を開催予定で、最強を決めるトーナメントを予定しているが、初回は「メイン級が全8試合並ぶ」旗揚げに絞ったテーマになる。ただし、木下工務店はスポンサーではなく、「ふさわしい企業」を広く募集していくという。

2007年11月28日

11・29 VKF WRESTLE NANIWAに石川美瑞穂似のジーナ様降臨!

ドーモドーモ。
カブキキッドです。

今回は参戦興行のご紹介ということで。

『VKF WRESTLE NANIWA』は、今回で4回目を向かえる大阪で活動するpromotion。
団体という形は取らず、しかしながら独特の世界観とそれを支えるcharacter、そして独自な海外からのbookingが特徴のようです。

今回は、「悪のオーナー」XENA率いる「進化する魔人」CROWSERを筆頭とした悪党軍と、KAZMA、KUDO、アップルみゆき選手らを中心とした連合軍の抗争。その5 vs. 5の対抗戦がmain event.

また、マグニチュード岸和田選手をはじめ、多くの選手が参戦しています。フリーの内田祥一選手、K-dojoの藤澤忠伸選手、wrestle-gateのSUSUMU選手など、比較的若い層のwrestlerが多いのも特徴かもしれません。(詳しくは下記カード参照)

ちなみに私kabukikidは、現在アメリカで幅広く活躍し、最近ではdragon gateに参戦したArik Cannonと対戦します。どんな試合になることやら。楽しみ!


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『VKF WRESTLE NANIWA』 Vol:4
2007年11月29日(木)18:00開場/19:00開始
大阪市 アゼリア大正(地下鉄・JR大正下車、バスにて「小林」下車)

■5vs5 イリミネーション・オーバーザトップルール 時間無制限
XENA&CROWZER&MIYAWAKI&X&X
VS  
KAZMA&KUDO&アップルみゆき&GENTARO&菊ちゃん

■ シングルマッチ45分1本勝負
マグニチュード岸和田 vs 高井憲吾

■ タッグマッチ45分1本勝負
カルロス天野&忍 vs 永島千佳世&SUSUMU

■ タッグマッチ30分1本勝負
藤澤忠伸&内田祥一 vs アントーニオ本多&天狗たけし

■ シングルマッチ15分1本勝負
エリック・キャノン vs カブキ・キッド

スーパーシート(最前列)5,000円 /指定席4,000円(当日各500円UP)
問い合わせ・・・VKF WRESTLE NANIWA 055-978-5005

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