[ファイトクラブ]レスリングの源流はプロレスにあった!?プロ・アマの関係とカウント3の謎

[週刊ファイト3月22日号]収録 [ファイトクラブ]公開中

▼レスリングの源流はプロレスにあった!?プロ・アマの関係とカウント3の謎
 by 安威川敏樹
・なぜか少ないアマレス出身者
・プロレスの基本技術はアマレスから
・フォールではアマレスの1秒よりも、プロレスの3秒の方が先輩!?
・アマレスはプロレスから派生した
・「プロが栄えてこそアマが栄える」


 現在、日本レスリング協会が激震に見舞われている。女子レスリングでオリンピック4連覇中の伊調馨がパワー・ハラスメントを受けていたというのだ。
 槍玉に上がっているのが、伊調馨の師匠格である栄和人氏。このパワハラ騒動のため栄氏は心身衰弱状態に陥り、強化本部長を辞任した。
 同協会副会長で衆議院議員の馳浩も事態の収拾に奔走しているが、この原稿を書いている時点では嵐は収まりそうもない。

 馳浩もそうだが、レスリングからプロレスラーに転向した選手は多くいる。このパワハラ騒動も、プロレス界にとって対岸の火事ではないだろう。

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なぜか少ないアマレス出身者

「プロレスとはプロのレスリングではない」
 かつて、作家の村松友視は自著『私、プロレスの味方です(角川文庫)』でそう書いていた。プロレスとは『プロレス』としか呼びようのないジャンルの鬼っ子であり、喧嘩にルールを作る過程でプロレスが発生した、というのが村松友視の主張である。

 では、実際にはどうなのか。
 上記の『レスリング』とはもちろん、オリンピックでお馴染みの俗にいうアマレスのことだ。プロレスを英語で略さずに書くと『professional wrestling』であり、アマレスは『amateur wrestling』となっている。
 ただし、現在のアマレスではプロ選手の参加も容認しているので、『アマチュア』が取れて単に『レスリング』と呼んでいるが、本稿では便宜上『アマレス』と呼称する。いずれにせよ、言葉の上では『プロレスとはプロのレスリング』ということになる。

 ところが、アマレス出身者のプロレスラーは少ない。先程は『多くいる』と書いたが、他のスポーツと比べるとアマ出身者は少ないだろう。
『日本プロレス界の父』と呼ばれる力道山は大相撲出身、その下の世代となるジャイアント馬場はプロ野球出身、アントニオ猪木は陸上競技(投擲競技)からプロレスに転向した。
 つまり、日本のプロレスラー3巨頭は、いずれもアマレス未経験者だったのだ。大相撲で関脇まで行った力道山はともかく、馬場と猪木に至っては格闘技の経験すらほとんどない(猪木は兄に空手を習っていたようだが)。

▼力道山から「馬場、猪木、大木金太郎の中では、アマレスの実力は一番」と言われていたアントニオ猪木も、アマレスは未経験

 甲子園で活躍した高校球児が、高校卒業後にJリーグ入りすることはまずない。逆に高校サッカー選手がプロ野球にドラフト指名されることもないだろう。アメリカにはアメリカン・フットボールのNFLと野球のMLBで活躍したボー・ジャクソンという真の『二刀流』がいたが。
 日本のプロ野球で例外的な存在は、オリンピックに出場した陸上・短距離選手の飯島秀雄(元:ロッテ)と、ソフトボール出身の大嶋匠(日本ハム)ぐらいか。もっとも、大嶋匠は現在進行形とはいえ、両名ともプロ野球で成功しているとは言い難い。

 しかしプロレスでは、アマレス出身者以外でもスターは大勢いる。とはいえ、最近ではアマレス出身者が随分と増えた。やはりプロレスのバックボーンにはアマレスがあるのだろう。

プロレスの基本技術はアマレスから

 本田多聞がアマレスからプロレスに転向したとき「プロレスとアマレスとでは、テニスとバドミントンぐらいに違う」と語っていた。では、それぐらいにプロレスとアマレスとでは違うのか、両者のルールを見てみよう。

 まずは試合場から。プロレスのリングは約6m四方の正方形(団体によって大きさは違う)を3本のロープで囲み、フロアよりかなり高くなっているというボクシングに似た形状だ。それに対しアマレスのマットは直径9mの円形で、フロアと同一の高さであり、ロープなど張られていない。
 つまり、プロレスとアマレスとでは、闘う場からして全く違う。

 続いてルール。アマレスには、相手の全身を攻めてもいいフリー・スタイルと、下半身を攻めてはいけないグレコローマン・スタイルの2種類があるが、打撃技が許されていない点では共通している。
 プロレスでは、拳で殴ったり、爪先で蹴ったりすることは禁じられているが、それ以外の打撃技は基本的にはOKだ。

 勝ち方は、プロレスもアマレスも似ている。相手の両肩をマットに着ければ勝ちというのは両者の共通点だ。いわゆるピンフォールである。
 ところが、プロレスでは3秒なのに対し、アマレスでは1秒と、ルールが全く違う。アマレスでは相手の両肩をマットに着けることさえ至難の業だが、プロレスでは3秒間の余裕があるため、カウント2.9の攻防などということがある。
 もっとも、プロレスの場合はレフェリーによってカウントの時間が違い、厳密に3秒ではないので3カウントと称されるが、アマレスとの対比のため本稿では3秒と表記する。
 アマレスではフォールでの決着が難しいのでポイント制になっているが、プロレスにはUWF系のような団体を除き基本的にはポイント制なんてない。

 ここまでルールが違うと、テニスとバドミントン以上の、全く別のスポーツと言ってもいいだろう。

 しかし、プロレスの基本技術はアマレスにある。相手のバックを取ったり、タックルして寝技に持ち込むアマレスの技術はプロレスでも必要だ。さらに、体を後ろに逸らせて投げるスープレックスもアマレスの基本である。もちろん、後ろに投げられた時の受け身も重要となる。
 最近ではアマレス出身のプロレスラーが増えたのも、既に基本技術をマスターしているため出世が早いからだろう。相撲や柔道には後ろへの投げ技がないので、レスリング式の受け身は難しい。ましてや打撃系のボクシングや空手などの出身者は、受け身の習得に時間を費やす。

 とはいえ、アマレスの経験がなくても、プロレスで厳しい練習を積めばスープレックスもできるようになる。代表的なスープレックスと言えばジャーマン・スープレックスだろう。
 でも、プロレスのジャーマン・スープレックスではそのままピンフォールに持ち込めるが、アマレスではなかなか難しい。

▼アマレス経験のない藤波辰巳(現:辰爾)の見事なジャーマン・スープレックス・ホールド

▼アマレスのフリー・スタイルでのジャーマン・スープレックス(キャプチャー画像より)

フォールではアマレスの1秒よりも、プロレスの3秒の方が先輩!?

「たった3秒間だけ両肩がマットに着いたからって勝ち負けの決まるきれいごとのルールに欲求不満になって、おれはアメリカへ暴れ込んだんだからな!!」
とタイガー・ジェット・シンが吠えていたと、漫画『プロレススーパースター列伝(原作:梶原一騎、作画:原田久仁信)』では描かれているが、なぜプロレスのフォールは3秒で、アマレスは1秒なのだろう。
 普通に考えられるのは、元々はアマレスのフォールは1秒だったけれど、プロレスでは簡単に勝負がついてしまうのはつまらないので3秒となった、ということだ。

 ところが実は、歴史的にはプロレスの3秒の方が古いのである。プロレスでは3秒ルールが既にあって、その後にアマレスではフォールが1秒になったのだ。

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