古き良きプロレスの抑圧メカニズム
WWEではたしかに、アーン・アンダーソン、リッキー・スティームボートといった経験豊富な素晴らしいタレントをエージェントとして雇っている。でも、ショーを書くのに参加しているわけでもないし、本当の意見を言ってしまうと怒らせてしまうとわかっているものだから、猿ぐつわを噛んだまま黙って座っている。
するとライターが神々しく降臨し、胃もたれするようなシーンにさらに分厚く油を塗りたくって歩き回るものだから、熱心な若い選手をオーバーさせる時間などは奪い取られてしまうのであった。
まして、ビンスとその手先どもは、反対意見を述べる者をテレビでコケにするのが大好きなのだ。実際、レスラーだった唯一の男、マイケル・ヘイズが最近ライターの座を放り出され、アルコール問題を公にされたのも驚くには当たらない。そんな素人のシェイクスピアもどきの小芝居を、自分の職業の玄関先で見せつけられ、じゅうたんを泥で汚され、ビジネスをピエロショーに変えられたら、もうボクは、黒いタールのついたメキシコ製のヘロインが癖になってしまうような気分だ。
このプロセスで、タレントから個性というものが取り除かれる。インターネットに RAW のスクリプトが流出したようだが(* リンク参照)、これをみても、一言一句、ちょっとした仕草まで、すべてが台本に書かれていて、インプロビゼーションの余地はほんのわずかのトップ選手にしか残されていないのだ。
プロレスは同質化され、殺菌され、消毒されてしまった。まるで、安いモーテルのトイレが、あなたを守るために、セロファンでつつまれているようなものだ。
「ライター」たちは自分を大きく見せることに躍起になっていて、細かく書き込まれたスクリプトの各ページに、「テレビ史上最も長く続いているストーリー番組」と書かれている。まるで「ガン・スモーク」「ボナンザ」「アイ・ラブ・ルーシー」気取りだ。
台本現物画像
* 第823回のRAW台本が12ページ流出。試合時間がないので初期草案であろうが、背景説明までビッシリ
ネタがうまくいくと、クリエイティブ・チームは互いの肩をたたき合って祝う。うまくいかなければ、レスラーのせいにする。「金を稼げない男」のレッテルを貼られたレスラーは、くだらないギミックと情けないスクリプトを与えられても拒むことが出来ない。
ディック・マードック、ザ・シーク、アブドーラ・ザ・ブッチャー、ダスティ・ローデスといった過去のスターが今登場したとしたら、「スター」の鋳型に合わないという理由で、おそらく育成リーグでの仕事すらもらえないのではないだろうか。あるいは、他のみんなと同じように飼い馴らされてしまうだろう。なにせ、自力でビジネスを動かしていくとか、ユニークな個性を生かしてオーバーすると言うことが許されないのだから。
プロレスの売上の基本中の基本である試合そのものも、その重要性は矮小化されている。ゴングとゴングの間に関しては、ライターがコントロールするのが難しいところだからだ。
昔から言うように、ライターなんかが選手のロッカールームに入っていくと、選手たちによそ者扱いされる。だからどうしても、試合前のスキットは説明が細かくなりすぎる。
もはやプロモから情熱や感情は干上がっている。カラフルな個性が自分の言葉で話はじめる代わりに、選手は渡されたスクリプトを記憶して演じるので、どれもこれも同じように聞こえるのだ。二人の男が王座や、視聴者にわかりやすくて信憑性のあるテーマを賭けて戦うのではなくて、いかにも作り物然とした複雑に入り組んだソープオペラに取って代わられるほどに、信頼感は損なわれていく。
試合をしたこともない人たちが考える、ばかげたほどに複雑な規則やギミックだらけの試合は、安全に演じることが出来ないので、怪我も増えていく。そしてヤツらは、クビになるリスクを賭けるのは自分たちではないこともよくわかっている。
タレントを殺すな!
私はもう何年も、プロレスでお金を稼がせてもらったけれど、時々誰かに声をかけられて、昔はプロレスを見ていたけど、いまは『(A)ショーっぽすぎて(B)フェイクすぎて(C)まんが的すぎて、(D)下品すぎて、(E)A~Dの組み合わせで』見ていないんだよと言われる度に、ホントならもっと稼げていたんだろうなあと思う。
で、結局誰が損をしているのだろう。いまでもたまのチャンスには、トップ選手は素晴らしい試合とプロモを演じることがあるが、それを見るために延々とつまらない代物を見せられるファンはもちろん損してる。
でも一番損しているのはレスラーたちだと思う。やる気満々のルーキーは、経験を積むためのテリトリーがないから割を食ってる。WWEは自社の育成システムすら削減中だ。メインを張る選手たちは、オーバーする能力を、ライターしか喜ばないようなくだらない仕事に邪魔をされて、威厳と自尊心を犠牲にすることを強いられている。
プロレスのスタイルはより身体に厳しいものになってきているし、ファンもプロレスはワークだと知っているから、選手はこれまでの倍の力で殴り合っても半分の反応しか得られなくなってる。選手寿命は20~30年から5~10年になった。
WWEで雇ってもらうために必要な体型になるためのドラッグの問題や、ひとときのスターダムを味わった後にギミックなりスポットが短命で終わったのに、役柄がファンに固定化してしまいやり直しがきかなくなった選手たちの鬱状態の問題にはここでは深入りしない。もう一つ付け加えるならば、レスラーが「ブギーマンはもう今夜は生きた虫を吐き出さない!」とカミングアウトしてしまう根性を持ったとき、責められるのはレスラー自身なのである。
プロレスはタレントありきのビジネスだ。結局の所、ファンが金を払ったりテレビを見るのはスターのおかげである。プロレスの歴史上、これほどまでに、プロレスの知識も経験も尊敬もない人たちが、それを備えた人たちを絶大にコントロールしている時代は無かった。
レスラーにとっても、ファンにとっても、悲しいことである。
これはジム・コルネットの意見である。
(1)ブッカーとは何か
(2)ブッカーになる方法
アメ・プロの逆襲 格闘技の席巻 喪失の十年『マット界の黙示録』⑦~スポーツ・エンタテインメントとカミングアウト
ジム・コルネットのプロレス批評:ブッカーの衰退とライターの台頭がアメリカンプロレスを殺す(3)
未分類