美城丈二の“80’S・プロレス黄金狂時代 ~時代の風が男達を濡らしていた頃”

Act①【ジャイアント馬場の覇道】
 故・ジャイアント馬場氏が私達に教えてくれたこと、それは忍耐ではなく辛抱でもなく、美しさであった、と書き始めればひとはどのように感じとめていただけるだろうか?
 対戦者に対して優(やさ)しみを持ち、そのジャンルの歴史を思わせる美しいフォームのプロレスリング世界を構築させていった。だから70年代はともかく80年代に入ると、猪木氏のいわゆる“過激なプロレス”が幅を利かすあまり“馬場プロレス”は古臭い、大味この上ないプロレスだとの範疇に封じ込められ、なかなか世の人々に喧伝されにくい、いわば“猪木プロレス”の対比としての誹謗中傷に類するものとして評価されずらかった。
 
 後方の観客にもそれと判るダイナミズムを伴ったプロレスリングはストロングスタイルプロレスの蚊帳(かや)の外と決め付けるものさえ現れ、猪木氏擁護派の“言いよう”は誠に凄まじい“物言い”でもあったろうと思う。だが、そんな馬場プロレスにあって一大事変とも言うべき、時のプロレスファンが驚愕する移籍劇が起こった。“ブレーキの壊れたダンプカー”ことあのウエスタン・ラリアットの使い手、スタン・ハンセンの全日本転出騒動がそれ、である。
 皆々、この転出劇にはさもかなり驚いた。何より過激なプロレス、猪木プロレスのいわば支柱を成すとも思えし、外人トップエース、スタン・ハンセンの全日本登場。マスコミは「馬場・引退の危機」とはやしたて、ファンは口々に「もう、馬場もこれでお終いだな」と三々五々、蔑視解釈した。
 このスタン・ハンセン全日本参戦によって故・馬場氏は自身の中でくすぶっていた意地と共にもうひとつの“馬場プロレス”の封印を紐解いたのだと解釈したい。vsハンセン初対決、1982年2月4日・東京体育館、ゴング直後、対角線上に走ったハンセンに故・馬場氏はいきなりの16文キック、それまでは試合終盤で見せていた代名詞的技を即座に抜いてみせた辺りにこの試合にかけた故・馬場氏の執念とも言うべき覚悟が感じられようか。
 故・馬場氏はのちにも「猪木など気にもしていない」との発言を繰り返してはいるが、やはり新日本トップ外国人レスラーであったハンセンに対する反骨心と猪木氏に対する対抗意識は勿論相当なものがあったと断じれよう。ハンセンに組み付かれても押し戻す。受けよりも先に先にと攻撃の手を緩めず、突進していく故・馬場氏。館内は入場時からの怒号と喧騒、興奮のどよめきがまさに大波のそれの如し、ひっきりなしに押し寄せ、試合終了以後もしばし留まることは無かった。
 
 ラリアット利き腕へのココナッツ・クラッシュ、往年の故・馬場氏が大試合でしか見せなかったとされる大技の連発。執拗過ぎるほどの利き腕攻め。腕折り。それでもラリアットを受け、もんどりうつ故・馬場氏。ふたたび揺らめきつつも立ち上がって挑みかかる故・馬場氏。
 ゴングが打ち鳴らされても激しくつばぜり合いを繰り返す、両者。メーンレフェリー・ジョー樋口氏が暴行を受け失神するというお決まりの両者反則裁定、ノーコンテストながらその年の東京スポーツ・年間最高試合賞に冠したこの一大決戦はそれまで苦渋を飲まされ続けた故・馬場氏ファンにとってまさに溜飲を下げる、未曾有の名勝負であったろうと考える。
 試合後の風聞において、馬場引退か!?という刻印は霧消した。その後も故・馬場氏は虎の子のタイトルとも言うべきPWFタイトルを巡る攻防でハンセンと激闘を繰り返す。リング上で“強さを競い合う”という幻想をまとって闘った故・馬場氏の最後のライバルはスタン・ハンセンであったろうとも思える。そんなハンセン全日本参戦という“衝撃波”が静かな余韻と共に落ち着き始めた頃、故・馬場氏は後進を故・鶴田氏、天龍選手に託すこととあいなった。
 スタン・ハンセンの全日本転出を受け、それまでの“美しいプロレス”を封印し、まさしく“激しいプロレス”を展開してみせた故・ジャイアント馬場氏のプロレス覇道。それはまことに一己の人間としての意地を最優先させたあまりに“稀有”な出来事であったとも言いえよう。
 vsハンセン・・・あの闘い模様はやはり“馬場プロレス”の王道をゆくスタイルではなかった。が、封印を解いてまで現出させねばならぬ、故・馬場氏の“意気地っぷり”。そこに私は誠に多くの感慨を思わせるのだとも論じておきたい。後年、猪木プロレスばかりが“謎解き”されてきたが、馬場プロレスも誠にその奥は深し、それらにまとわり付く想い出も忘れ難いものである。
 故・Mr.アンドレと共に晩年、“楽しいプロレス”の一環として前座戦線をにぎわせていた故・ジャイアント馬場氏。振り返って臨めばまさしく“生涯現役”を貫き通した、故・馬場氏。筆者のまぶたにもあの往年の勇姿が思い起こされる。
 「出た!!出た!!ジャンピング・ネック・ブリーカー・ドロップ。まさに“世界を獲った”凄技であります」
 そんな故・馬場氏のご冥福を改めてお祈り致します。合掌
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