[ファイトクラブ]プロレス界も政界も離合集散の嵐! 新日本プロレスはピンチなのか

[週刊ファイト2月26日]期間 [ファイトクラブ]公開中

▼プロレス界も政界も離合集散の嵐! 新日本プロレスはピンチなのか
 by 安威川敏樹
・国民の生活など全く考えない、選挙の都合だけの政党による離合集散
・”インディー団体“から業界最大手に成長した新日本プロレス
・プロレス団体は集団自殺をする、あの動物と同じ習性!?
・栄枯盛衰を繰り返す新日本プロレス、次は『盛』か『衰』か!?


 柔道オリンピック金メダリストのウルフ アロンが入団し、活況を呈する新日本プロレス。しかし、その新日に激震が走った。ウルフのデビュー戦の相手だったEVIL、さらに高橋ヒロムが相次いで新日を退団したのである。
 昨年も内藤哲也をはじめ、BUSHIやジェフ・コブも新日を離脱した。その前年にはオカダ・カズチカも新日マットに別れを告げている。これは、新日凋落の前兆なのだろうか?

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国民の生活など全く考えない、選挙の都合だけの政党による離合集散

 年明け早々、日本中の話題をさらったのが、高市早苗・内閣総理大臣による突然の衆議院解散、それに伴う衆議院議員総選挙だろう。昨秋、日本初の女性首相となった高市総理は、今回の解散総選挙を「私が総理大臣として相応しいか、その信を国民に問う」とした。
 もちろん、そんなことはウソだということはマトモな人なら誰でも判る。要するに、人気がある今のうちに選挙をやって、大勝したら『国民から支持されたのだから好き勝手できる』という大義名分が欲しかっただけだ。

 本当に『自分が首相に相応しいか国民に信を問う』のならば今後、支持率が下がった時にも解散総選挙をするはずである。しかし、そんなことをしないのは火を見るよりも明らかで、選挙で負けそうな状態の時にはなんだかんだ言い訳して解散しないのは誰でも判るだろう。いや、脳内お花畑の、高市総理を支持する人たちは、そんなことはないと盲目的に信じているかも知れない。
 いずれにしても、高市総理を総裁とする自由民主党が、今回の総選挙で大勝した。文字通り、高市一強の時代が到来したのである。これで高市総理は、故・安倍晋三・元内閣総理大臣のようにやりたい放題するに違いない。もちろん、統一教会問題や裏金問題など、どこ吹く風だ。

 今回の総選挙で、大きな変化となったのが各党の対策である。長年、連立与党を組んできた自民党と公明党が袂を分かった。そして自民党は今後、日本維新の会と共に連立政権を担う。と言っても、自民党だけで2/3議席を得たのだから、維新は用なしとなるとアッサリ捨てられるかも知れないが。
 一方、野に下った公明党は、野党第一党だった立憲民主党とのタッグで中道改革連合を結成した。しかし、立憲が目論んだのは公明党が持つ創価学会による集票マシーンの利用だけで、理念も何もない。当然のことながら有権者からの支持は得られず大惨敗、自民党の独走を許したA級戦犯と言える。こんなバカげた野党合体は戦後おそらく初めてだろう。

 いずれにしても、与野党を問わず各政党は、選挙での都合だけで離合集散を繰り返している。もちろん、そこには国民のことなど眼中にはない。
 かつて、当時は参議院議員だったアントニオ猪木が東京都知事選挙に出馬したのは、モハメド・アリ戦をコケにした元NHKの磯村尚徳氏が同選挙に出馬したからだった。アイツだけは許せない、自分は落選してもいいから、磯村を一緒に地獄へ引きずり込んでやる、と。当然、都民の生活のことなどは全く頭には無く、単に私怨のみによる出馬だった。

 しかし、猪木はアッサリ出馬を断念する。磯村氏が落選することを危惧した自民党が、猪木に16億円もの大金を渡したのだ。当時、猪木は佐川急便に16億円という莫大な借金を抱えていた。それを、出馬断念と引き換えに自民党が借金を肩代わりしてくれたのだ。まさしく地獄の沙汰もカネ次第である。
 しかも、猪木は多額の借金を綺麗さっぱりチャラにしただけではなく、にっくき磯村氏は落選したのだ。借金は無くなるわ、磯村は落選するわ、猪木にとっては万々歳である。もっとも、この件によって猪木は借金だけではなく、周囲からの信頼まで失くしてしまうのであるが。

▼元・東京都知事の石原慎太郎氏とアントニオ猪木

”インディー団体“から業界最大手に成長した新日本プロレス

 プロレス界も政界に負けず劣らず、離合集散が繰り返される世界である。というより、プロレスの歴史は離合集散の歴史と言っていい。
 とりわけ新日本プロレスは、昔からプロレスラーの激しい移動が頻繁にあった。他団体から有力レスラーを引き抜いたと思えば、大量離脱が起こる。

 新日本プロレスが設立されたのは1972年1月13日、旗揚げは同年3月6日だ。つまり、今年で54周年を迎えた、日本に現存する最古参のプロレス団体である。
 旗揚げ当初の所属レスラーは、創設者のアントニオ猪木を含めて僅か6人。当時のプロレス団体には絶対に必要とされた定期テレビ放送はなく、有名外国人レスラーも不在という、今でいうインディー団体のようなものだった。ただ、猪木の人気と知名度は抜群だったので、それで何とか1年間を持ちこたえたのである。

▼新日本プロレス★旗揚げから発展期への東京と大阪のカード格差考察

[ファイトクラブ]新日本プロレス★旗揚げから発展期への東京と大阪のカード格差考察

 この頃の新日にとってのライバル団体は、元々猪木が所属していた日本プロレス、そして国際プロレスと全日本プロレスだった。全日は新日の旗揚げから約半年後、ジャイアント馬場によって設立されている。
 新日設立から約1年後、日プロから坂口征二が合流し、さらにNETテレビ(現:テレビ朝日)が定期放送を開始したことにより、新日は一気に勢いを増した。対照的に坂口とテレビ放送を失った、力道山が設立した日本最古のプロレス団体である日本プロレスはあっけなく崩壊する。

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