[ファイトクラブ]二つの命日が語るもの:馬場とアンドレ 世界を拡げた巨人伝説

[週刊ファイト02月05日]期間 [ファイトクラブ]公開中

▼二つの命日が語るもの:馬場とアンドレ 世界を拡げた巨人伝説
 編集部編
・プロレスが最も大きかった時代:1月に刻まれた馬場とアンドレの記憶
・東洋の巨人は今も生きる:ジャイアント馬場命日に広がる敬意と記憶
・世界第八の不思議 Aザ・ジャイアント:命日に広がる敬意と伝説


▼アンドレの全盛期と終焉/ジャイアント・タッグ結成

[Fightドキュメンタリー劇場 26]アンドレの全盛期と終焉/ジャイアント・タッグ結成

▼井上譲二の『週刊ファイト』メモリアル第72回
 G・馬場さん 度量の大きさは猪木氏より数段上!

[ファイトクラブ]井上譲二の『週刊ファイト』メモリアル第72回 G・馬場さん 度量の大きさは猪木氏より数段上!

“プロレスが最も大きかった時代:1月に刻まれた馬場とアンドレの記憶

 1月という月は、プロレス史において特別な意味を持つ。

 日本プロレス界の象徴であり続けたジャイアント馬場、そして世界が生んだ最大級の怪物アンドレ・ザ・ジャイアント。国も、リングも、歩んだ道も違った二人の大巨人が、ともに1月にこの世を去っている。

 偶然と片付けるにはあまりにも重い事実であり、プロレスという文化が背負ってきた「巨大さ」と「時代性」を象徴する巡り合わせでもある。馬場は日本にプロレスの土台を築き、アンドレは世界にプロレスの夢を拡張した。その存在は勝敗やタイトルを超え、プロレスという興行そのもののスケールを押し広げた。

 1月という節目に、二人の大巨人がリングに残した足跡を改めて辿ることは、プロレスの現在地を見つめ直す作業でもある。これは追悼であり、同時に検証であり、そして未来へ向けた記録である。

▼G馬場に関する永遠の命題「馬場さんは本当に強かったのか?」

[ファイトクラブ]G馬場に関する永遠の命題「馬場さんは本当に強かったのか?」

“東洋の巨人は今も生きる:ジャイアント馬場命日に広がる敬意と記憶

 1月31日。

 この日は、プロレス史における不動の存在、ジャイアント馬場の命日である。1999年に61歳で世を去ってから26年。四半世紀以上が過ぎた現在も、その名は昭和プロレスの象徴として語られ続けている。

 馬場は、単なる大型レスラーではなかった。読売ジャイアンツでのプロ野球選手経験を経て、力道山亡き後の日本プロレスを背負い、やがてアントニオ猪木と「BI砲」を形成。二人は対立しながらも補完関係にあり、過激と王道という対極が並び立つことで、昭和プロレスは圧倒的な厚みを持った。

 ネット上では近年、この関係性を「奇跡のバランス」と評する声が目立つ。猪木だけでは鋭すぎ、馬場だけでは穏やかすぎる。両者が同時代に存在したからこそ、日本のプロレスは国民的娯楽へと押し上げられた、という再評価である。

 1972年に全日本プロレスを旗揚げした馬場は、「王道」を掲げ、派手さよりも積み重ねを重視した。16文キック、チョップ、スープレックスといった基本技を大切にし、スタン・ハンセン、ジャンボ鶴田、天龍源一郎、三沢光晴、小橋建太らを育成。プロレスを一過性の興行から、長く愛される文化へと定着させた功績は計り知れない。

 命日が近づくと、Xでは追悼投稿が自然発生的に広がる。
「馬場イズムを継承しているのはレスラーではなく和田京平レフェリーかもしれない」
「馬場さんは亡くなるイメージがなかった。今でも信じられない」
 こうした言葉には、強さよりも“安心感”を象徴としていた馬場の存在が色濃く滲む。

 批判的な声はほぼ見当たらない。

「東洋の巨人」「昭和プロレスの象徴」「忘れられない存在」

 評価は一貫しており、年月を経るごとにその輪郭はより鮮明になっている。

記事の全文を表示するにはファイトクラブ会員登録が必要です。
会費は月払999円、年払だと2ヶ月分お得な10,000円です。
すでに会員の方はログインして続きをご覧ください。

ログイン