[ファイトクラブ]雷神矢口格闘生活50周年記念大会!壮絶サンダーボルト電撃爆破

[週刊ファイト7月10日]期間 [ファイトクラブ]公開中

▼雷神矢口格闘生活50周年記念大会!壮絶サンダーボルト電撃爆破
 (C)怪獣プロレス 編集部編
・雷神矢口格闘生活50周年記念大会!激闘の記録
・雷神・矢口壹琅、波乱と情熱に満ちた50年
・萩原佐代子、昭和と令和を彩る不屈のヒロイン
・爆破を超えて未来へ!雷神矢口、電撃爆破の衝撃を超えて立ち上がる!
・セミファイナルから第1試合の濃密な攻防を振り返る


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雷神矢口格闘生活50周年記念大会!激闘の記録

■ 雷神矢口格闘生活50周年記念大会
日時:2025年7月6日(日)
会場:鶴見爆破アリーナ
観衆330人(超満員)

<第1試合 シングルマッチ 15分1本勝負>
○小さな巨獣マミトラー with ミスティック・アーノ
 4分17秒 スクールボーイ
●大怪獣ギョロン with 風の堅琴妖精シルフィード

<第2試合 3WAYマッチ 20分1本勝負>
○オリオンエース with 蜘蛛女タランティーナ
 8分18秒 その場飛びムーンサルト⇒体固め
●PO-K2 with 蜂女ワスパイラ
※もう一人はウルトラロビン

<第3試合 IKGP予選Aブロック ULTRA RUMBLE ウルトラランブルマッチ 30分1本勝負>
○ヒバゴン with 怪獣大使オグマ
 9分52秒 ヒバゴンプレス⇒体固め
●甲府星人 with ガルロスMIB
※退場順:ザ・シャーク with 河崎実監督 → 本栖湖のUMA・モッシー with 中沢健 → 古代怪獣トイズキング with 宇宙ハンターBLAS

<セミファイナル タッグマッチ 45分1本勝負>
鴉天狗怪獣カタガラス with プリンセスミナモト ●犬面人 with メカ河童
 6分00秒 ムササビプレス⇒片エビ固め
大怪獣ブルゲーター with 時空を旅する女王ラ・メルネイ ○ムササビ怪人アギーラ
※ラ・メルネイは魔王の仕業によりマルチバースの狭間に閉じ込められた

<メインイベント 史上初!サンダーボルト電撃爆破デスマッチ 時間無制限1本勝負>
○雷神矢口 with エスパー清田
 13分10秒 サンダーボルトハンマー爆破⇒体固め
●キラー・ゴロゴ with 地獄博士
※サンダーボルトハンマーで殴打し電激爆破

雷神・矢口壹琅、波乱と情熱に満ちた50年

 日本プロレス界において、これほど多彩な才能と情熱を備え、かつ唯一無二の存在感を放ち続けた男は他にいない。2025年7月6日、鶴見爆破アリーナで行われた「雷神矢口格闘生活50周年記念大会」は、その名のとおり、矢口壹琅というレスラーの濃密すぎる半世紀の格闘人生を集約した記念碑であり、同時にその「生きざま」そのものがリング上に具現化した空間でもあった。だが、この大会を迎えるに至るまでの矢口壹琅の歩みは、単なる記念日では語り尽くせぬほど、幾多の苦難と逆境、そして自らの信念との戦いの連続であった。

 矢口壹琅、本名・矢口一郎。東京都台東区浅草出身。幼少期より音楽と格闘技にしか興味を示さず、地元台東体育館でプロレスに魅了される中、柔道をはじめとする複数の格闘技を修行し、プロレスラーを志すも、高校時代に腰痛に悩まされ一度その夢を断念。その後、音楽の道を志し、渡米。ボストンのバークリー音楽大学ジャズ作曲科を卒業し、ジャズ作曲や音楽療法に没頭する生活を送るも、アメリカでプロレスの空気に再び触れ、インディー団体に出場していたブルーザー・ブロディらの影響を受け、格闘技熱が再燃。やがて帰国し、再びリングに上がる道を選ぶ。

 矢口のレスラーとしてのデビューは1993年11月5日、オリエンタルプロレスにて成し遂げられた。道場生ではなく、アニマル浜口ジムで鍛えた肉体を武器に異端のキャリアをスタートさせた矢口は、SPWFやFMW、W★ING、新格闘プロレス、大日本プロレスなど数多くのインディー団体を渡り歩きながら、神格闘十字軍という唯一無二のヒールユニットを結成。有刺鉄線十字架を掲げてリングに立ち、「プロレスは愛だ!」を旗印に過激かつ哲学的な闘争を続けた。

 とりわけ注目すべきは、彼の爆破デスマッチへの深いコミットメントである。大仁田厚との幾度にも及ぶ電流爆破デスマッチでの死闘により、200針以上の傷を負いながらも、電流爆破デスマッチ最多出場記録という前人未到の記録を打ち立てた。矢口にとってのデスマッチは、単なる危険な試合形式ではなく、己の魂を燃やすための手段であり、そのリング上で彼が見せる「傷だらけの説得力」は、観る者の胸に深く刻まれ続けている。

 さらに特筆すべきは、彼が「町おこしプロレス」という概念を日本に根付かせたことである。沼津・伊豆大島・富士宮・町田・浅草など、日本各地でご当地プロレスを旗揚げし、地方にプロレスの熱と希望を届ける活動を精力的に展開。中でも横須賀プロレスでは2,500人を超える観客を集め、小泉進次郎議員をも巻き込む社会的反響を呼ぶなど、プロレスが単なる娯楽ではなく「地域の活力」となることを証明してみせた。

 もちろん、プロレスラーとしての技術も圧倒的であり、雷神ボンバー、雷神キック、GO TO HELL、サンダーストラックなど、破壊力とストーリー性を兼ね備えた技を次々に開発。特にヴォルク・ハン直伝の浅草スープレックスや、ジェイク・ロバーツの実弟サム・ヒューストンから伝授されたDDRなどは、矢口の国際的な経験と修練を裏付けるものである。

 また、音楽活動においても、ジャズ作曲家としてメジャーレーベルからCDを発売し、フジロックフェスティバルにも出場するなど、音楽人としての顔も持ち続けてきた。矢口壹琅という存在は、プロレス、音楽、地域貢献、信念、全てを貫いてきた、いわば「情熱の集積体」である。どれか一つだけでも人生をかけるに値する領域を、彼は同時にすべて体現し、そのすべてを50周年記念大会のリングにぶつけたのである。

 その記念すべき節目の大会が「鶴見爆破アリーナ」で行われたことも、象徴的な意味を持つ。電流爆破の象徴とも言えるこのアリーナで、50年の集大成を見せつけた雷神・矢口壹琅は、文字どおり、伝説から神話の領域に足を踏み入れたと言っても過言ではない。そしてその雷鳴のような生きざまは、次の世代へと確かに引き継がれていくであろう。プロレスの持つ底知れぬ可能性と、人生の尊さを、全身全霊で体現してきた漢の名前、それが雷神・矢口壹琅なのである。

萩原佐代子、昭和と令和を彩る不屈のヒロイン

 1979年にモデルとして芸能界のキャリアをスタートさせた萩原佐代子は、スカウトによってホリプロ傘下のモデル事務所に所属し、10代の頃から頭角を現した。その後、1980年にはカネボウレディサマーキャンペーンガールに選出され、当時の夏目雅子や浅野ゆう子らと並び立つ存在として注目を浴びた。このオーディションへの参加は家庭教師から勧められたものであり、その優勝が芸能活動における大きな転機となったことは間違いない。

 そして、彼女の名を広く世に知らしめることになったのが、1980年からの『ウルトラマン80』への出演であった。星涼子 / ユリアン役を演じた萩原は、元々特撮に強い愛着を持っていたこともあり、与えられた役を全力で演じ抜いたが、本人は当初「自信がなかった」と後に語っており、その謙虚さもまた彼女の魅力の一端である。さらに1983年にはスーパー戦隊シリーズ『科学戦隊ダイナマン』のヒロイン・立花レイ / ダイナピンク役に抜擢され、東條昭平監督との緊張感あるやり取りを通して、役者として大きな成長を遂げたことが伺える。『ダイナマン』の撮影現場では、「私バカじゃありません!」という一言が監督との関係性を劇的に変化させ、スタッフからも“東條に言い返した初めてのピンク”として可愛がられるようになったという逸話は、彼女の芯の強さと度胸を象徴している。

 その後、1986年には『超新星フラッシュマン』にて敵幹部レー・ネフェルを演じ、ヒロインから悪役への鮮やかな転身を果たす。特撮の華とも言えるこのポジションで、萩原は演技力の幅を見せつけ、多くのファンの記憶に強く刻まれる存在となった。フラッシュマン出演後には芸能界を一度引退し、アメリカへの留学と家庭生活に専念。3人の子を育てながら生命保険の外交員を務めるなど、芸能の表舞台を離れても、彼女は常に前を向いて歩き続けた。

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