[ファイトクラブ]新間寿追悼☆佐山聡、前田日明若いゾ!船木誠勝&J横田組王座防衛

写真提供:ストロングスタイルプロレス公式

[週刊ファイト6月26日]期間 [ファイトクラブ]公開中

▼新間寿追悼☆佐山聡、前田日明若いゾ!船木誠勝&J横田組王座防衛
 (C)SSPW 編集部編
・“過激な仕掛人”新間 寿 追悼興行ー激闘の記録!
・佐山サトルと前田日明、40年越しの和解劇とその舞台裏
・船木誠勝が刻んだ静かなる防衛戦の真価
・「邪道」降臨、大仁田厚の凶器と怒号の追悼試合
・新間寿の魂に捧げる勝利!藤波辰爾の重厚なる一戦


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“過激な仕掛人”新間 寿 追悼興行ー激闘の記録!

■ 初代タイガーマスク ストロングスタイルプロレス Vol.34 THE 20th ANNIVERSARY ー“過激な仕掛人”新間 寿 追悼興行ー
日時:2025年6月12日(木)
会場:東京・後楽園ホール

<メインイベント EZIGEN presents レジェンド選手権試合 60分1本勝負>
[王者] ○船木誠勝(フリー)
 14分11秒 三角絞め式腕固め⇒ギブアップ
[挑戦者] ●新崎人生(みちのくプロレス)

<Wメインイベント:SSPW女子タッグ選手権試合 60分1本勝負>
[王者組] ジャガー横田(ワールド女子プロレス・ディアナ) ○藪下めぐみ(フリー)
 14分8秒 ジャガー・バックドロップホールド⇒体固め
[挑戦者組] DASH・チサコ(センダイガールズプロレスリング) ●鈴木ユラ(プロレスリングAlmaLibre)

<STOMPING presents タッグマッチ 30分1本勝負>
○藤波辰爾(ドラディション) スーパー・タイガー(ストロングスタイルプロレス)
 8分21秒 ドラゴン・スリーパー⇒ギブアップ
村上和成(フリー) ●ブラック・タイガー(国籍不明)

<タッグマッチ 30分1本勝負>
●間下隼人 関根“シュレック”秀樹(ボンサイ柔術)
 11分58秒 有刺鉄線ボードへのチョークスラム⇒体固め
○大仁田厚(邪道軍) 雷神矢口(邪道軍)

<シングルマッチ 15分1本勝負>
○Sareee(フリー)
 10分28秒 ダイビング・フットスタンプ⇒体固め
●花穂ノ利(SEAdLINNNG)

<タッグマッチ 15分1本勝負>
ザ・グレート・サスケ(みちのくプロレス) ●阿部史典(格闘探偵団)
 11分3秒 ジャックナイフ式エビ固め
○ディック東郷(みちのくプロレス) 日高郁人(ショーンキャプチャー)

<シングルマッチ 15分1本勝負>
○MIRAI(マリーゴールド)
 11分7秒 ラリアット⇒片エビ固め
●ソイ(Evolution)

佐山サトルと前田日明、40年越しの和解劇とその舞台裏

 2025年6月12日、後楽園ホールのリング上で、かつて決裂した男たちが再び肩を並べるという、プロレス史に残るであろう出来事が起こった。初代タイガーマスクこと佐山サトルと、格闘王・前田日明、両者の和解は、亡き新間寿への弔いであると同時に、プロレス界にとっての再生の象徴であり、あまりにも重く、そして深い物語を内包していた。

 この日、ストロングスタイルプロレス「THE 20th ANNIVERSARY “過激な仕掛人”新間寿追悼興行」と題された大会において、第4試合終了後、追悼セレモニーが行われた。会場には新間の家族をはじめ、藤波辰爾、船木誠勝、ジャガー横田、藤原喜明、そしてサプライズとして前田日明が登場した。佐山サトルは、昨年11月以来となる約7か月ぶりに、メニエール病という持病を乗り越え、自らの足でリングに登場し観衆を驚かせた。

 佐山の復活は、奇跡でも偶然でもなかった。その裏には、数十年にわたり確執が続いた前田との再会、そして彼から紹介された医療的支援があった。4月21日、新間の死の数時間前、前田は新間宅を訪問し、昔話に花を咲かせたという。そしてその翌週、通夜の席で、前田は新間の長男から促され、ついに佐山と10年以上ぶりに再会する。その場で、前田は自身が信頼する医師を佐山に紹介し、実際に佐山は治療を受け、薬を処方された。かつて歩行も会話も困難であった佐山が、この日、自力でリングに立てたのは、前田の「行動」があってこそであった。

 リング上で佐山は、「前田君が“治りますよ”と声をかけてくれて、医者を紹介してくれて、今日、ここに歩けるようになりました」と語り、続けて「このままいけば一年後には再デビューできそうです」と、復活への決意を口にした。会場は大きな拍手に包まれ、その言葉の一つ一つが聴衆の心に深く染み込んでいった。

 前田との関係は、1985年9月2日の第一次UWF大阪大会における不穏試合を機に断絶。以降も断片的に顔を合わせることはあったが、実質的に交流は断たれていた。前田は「修復不可能」と周囲に思わせるほどの深い溝があった2人を、新間は死の直前まで気にかけていたという。実際に前田が明かしたところによれば、2024年4月のイベントに新間が参加した際、「佐山と和解してくれ」と伝えられていた。その後、通夜の場での再会を経て、前田と佐山は電話で1時間にわたり会話し、ついに氷解への道を歩み始めたのだ。

 そしてこの日、2人はプロレスラー養成に関する新構想を発表した。佐山は「ニューヨーク(WWE)に負けない選手を育てます」と高らかに宣言し、「敏しょう性があって、力があって、藤原さんみたいに強そうで怖そうで酔っ払いそうな選手を育てます」と冗談を交えながらも、真剣な眼差しで語った。前田もこれに応え、「自分たちの時代は、メインに立てるレスラーの体を作るのに5年かかった」「今のプロレスは、その体ができてないまま技をかけている。だからケガをする」と持論を展開し、身体作りからやり直すことの重要性を説いた。

 両者の間には、昭和の厳しさと魂を共有した者にしかわからない価値観があり、それが共鳴した結果としての和解であったのだろう。そこには打算も妥協もない。ただ純粋な感謝と敬意、そして新間寿という“昭和のプロレスの父”への思いだけがあった。

 佐山は、「新間さんの姿が見えた」と通夜の場で感じたという。そして前田もまた、再会の場で新間の存在を感じたと明かしている。彼らは確かに新間という偉大なプロデューサーの導きによって再び交わり、未来を見据えたのだ。

 その夜、リング上に立った2人の姿に、ファンは歓喜し、涙し、そして新たな時代の予感に胸を熱くした。昭和から令和へ。プロレスは時代と共に変化していくが、その魂は脈々と受け継がれていく。佐山と前田、この2人の和解と誓いは、その確かな証明となった。

船木誠勝が刻んだ静かなる防衛戦の真価

 後楽園ホールにて行われた「ストロングスタイルプロレス Vol.34 “過激な仕掛人”新間寿追悼興行」は、初代タイガーマスク・佐山サトルの下で築かれてきた団体が、その精神的支柱を喪った中で開催された特別な夜であった。そのメインイベントにおいてレジェンド王座の防衛戦として組まれた一戦が、王者・船木誠勝と挑戦者・新崎人生による一騎打ちであった。ともに30年以上のキャリアを誇る両者は、プロレス界において確固たる地位を築いてきた存在でありながら、これが初の公式シングル対決であり、しかも人生にとっては意外にも初のシングル王座挑戦となる大舞台でもあった。

 船木にとってこの試合は、3月のスーパー・タイガー戦で王座を奪取して以来の初防衛戦となり、彼の背後にはパンクラス黎明期を支えた高橋義生と山田学がセコンドとして付き添い、往時の熱を静かに帯びていた。一方、新崎にはみちのくプロレスの盟友であるザ・グレート・サスケとディック東郷が帯同し、この構図はまるで“パンクラス vs みちのくプロレス”という、90年代の名残を映し出すような特別な意味合いを内包していた。

 ゴングが鳴ると、まずは寝技主体のグラウンド展開で火蓋が切られた。船木は一切の派手さを排し、ヘッドシザースを軸に人生の動きを削ぐ冷静な立ち上がりを見せる。対する人生は、ネックスプリングで脱出するという意外性に満ちた機動力で応戦し、場内の拍手を誘うと、次第に自らの持ち味である極楽固めや曼陀羅捻りといった重厚で奇怪な技の応酬を軸に試合を支配しようとする。何よりも特筆すべきは、人生が繰り返し狙い続けた拝み渡りであった。この技は、人生の代名詞とも言える空中殺法であり、その成功こそが自身の勝利への精神的な象徴であるかのように、幾度となく試みられた。

 だが、船木はその一挙一動に対して一切の隙を与えない。人生が拝み渡りへ向かう動きすらも読んだかのように、スリーパー、アキレス腱固め、腕ひしぎ十字といった関節技の精度を武器に切り返し、執拗なまでに阻止し続けた。とくに第三度の拝み渡りを封じた場面では、ロープを巧みに利用しながら、スタミナと精神力の削り合いを挑んでいたと言える。

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