[週刊ファイト10月10日]期間 [ファイトクラブ]公開中
▼闘志と技がぶつかり合う!ストロングスタイルプロレス激戦の軌跡と未来への展望
(C)SSPW 編集部編
・小林邦昭さん追悼式で佐山サトルが感謝の言葉を捧げる:偉大な遺産
・村上和成が船木誠勝を下し初防衛成功!18年の因縁に決着
・永田裕志、ストロングスタイルプロレス初参戦で躍動!次なる挑戦への意欲
・SareeeがZONESを圧倒!次なる挑戦はタイガー・クイーンとの一騎打ち
2024年9月26日に東京・後楽園ホールで開催された「ストロングスタイルプロレス」大会は、満員の観客を前に熱戦が繰り広げられた。初代タイガーマスクが主宰するこの団体の一大イベントは、村上和成と船木誠勝によるレジェンド王座戦、新日本プロレスから参戦した永田裕志など、多彩なカードでファンを魅了した。
■ 初代タイガーマスク ストロングスタイルプロレスVol.30
日時:2024年9月26日(木)開場:17時30分/試合開始:18時30分
会場:後楽園ホール
小林邦昭さん追悼式で佐山サトルが感謝の言葉を捧げる:偉大な遺産
2024年9月26日、後楽園ホールで開催されたストロングスタイルプロレスの大会にて、故・小林邦昭さんの追悼式が行われた。68歳で亡くなった小林さんは「虎ハンター」としてプロレス界で名を馳せ、初代タイガーマスク・佐山サトルとの名勝負が数多くのファンに記憶されている。
追悼式でリングに立った佐山サトルは、足元がふらつく中でも感謝の言葉を述べた。彼は「小林さんは、後輩の私を引き上げてくれた存在であり、私にとってライバルであり、恩人でもあった」と語った。二人が築き上げたプロレス界の歴史は、単なる対戦相手以上の絆で結ばれていた。佐山は、亡くなる1週間前に小林と「病気が治ったら一緒に食事に行こう」と約束していたが、その約束が果たせなかった無念さも滲ませた。
佐山はさらに、「小林さんは私をタイガーマスクとして成長させてくれた存在だ」と強調し、彼の存在がタイガーマスクをつくりあげたことを改めて感謝の言葉で伝えた。追悼式では、佐山が小林の遺影を手にし、観客と共に10カウントの鐘が鳴らされた。
小林邦昭は1980年代にプロレス界に登場し、その鋭い技術と強靭な精神力で数々の名勝負を繰り広げた。特に、初代タイガーマスクとのライバル関係は伝説となり、ファンからも高い支持を得ていた。彼の鋭い動きと絶妙なタイミングでの技の応酬は、当時のプロレス界に新たな風を吹き込み、試合の度に観客を熱狂させた。
その後も小林は多くのレスラーと対戦し、技術と経験を若手に伝える役割を果たした。彼の功績は、プロレス界だけでなく、後輩レスラーたちにとっても大きな影響を与え続けた。
この日、後楽園ホールでの追悼式には、多くのレスラーや関係者が集まり、彼の偉業を称えた。小林が築き上げたプロレス界での功績は色あせることなく、今も多くの人々に受け継がれている。佐山サトルが「プロレス界をもっと盛り上げる」と語ったように、小林邦昭がプロレス界に残した遺産は、これからも語り継がれていくだろう。
この追悼式では、小林のテーマ曲が流れ、観客から「小林!」と何度も叫ぶ声が響き渡った。リングに立つ者も観客も、皆が一体となって彼を偲び、プロレス界における彼の存在の大きさを再認識した時間であった。
小林邦昭は、リング上での戦いを通じて、観客に多くの感動を与えた。そして、彼が後輩たちに残した技術や精神は、これからもプロレス界に生き続ける。今回の追悼式は、彼の功績を称えるだけでなく、その思いを次世代へと繋ぐ大切な瞬間でもあった。
小林邦昭のような偉大なレスラーの存在は、プロレス界にとって貴重な宝であり、彼が築き上げた歴史は永遠に語り継がれていくことだろう。
村上和成が船木誠勝を下し初防衛成功!18年の因縁に決着
メインイベントでは、レジェンド王座戦として村上和成と船木誠勝の対決が行われた。村上は「平成のテロリスト」としての名を持ち、50歳という年齢ながらもその強靭な肉体と闘志で、挑戦者の船木誠勝を相手に初防衛を目指した。
試合開始早々、船木はその熟練の技で村上を圧倒した。ローキックやアキレス腱固め、三角絞め、さらには腕十字固めといった関節技を繰り出し、グラウンド戦に持ち込むことで村上を追い詰めた。船木はその関節技の巧みさで村上を何度もダウン寸前に追い込んだが、村上は鋭い眼光を保ち続け、耐え抜く姿勢を見せた。