震災で始まった2024年、今年のプロレス界の立ち位置

 2024年の始まりを告げた元日、いきなり能登半島が大地震に襲われた。被災された方々には心よりお見舞いを申し上げると共に、1日も早い復興をお祈りしております。

 大地震といえば、2011年3月11日に勃発した東日本大震災が記憶に新しいが、それでも13年も前の出来事だ。関西に住む筆者にとっては、やはり1995年1月17日の阪神・淡路大震災を思い出す。大都市の神戸市を中心に、阪神地方が壊滅状態となった。
 あれから29年も経ったのが信じられない。今でも当時のことは昨日のように思い出される。

 その2日後、神戸市に程近い大阪市で、なんとプロレス大会が行われたのだ。

▼阪神・淡路大震災の犠牲者哀悼のために行われる神戸ルミナリエ。今年は1月19~28日に開催


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▼井上譲二の『週刊ファイト』メモリアル第30回 阪神淡路大震災と川田vs小橋戦 

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復興していく神戸を見て、人間の凄さを実感

 1995年1月17日早朝、大阪府南部の自宅で寝ていた筆者は激しい揺れのために目を覚ました。地震で眠りから覚めたのは、後にも先にもこの時だけである。
 そもそも、筆者だけではなく当時の関西人は地震に慣れていない。それ以前、近畿地方にはあまり地震が発生していなかったので、関西は大地震が起きないという根拠のない安心感があった。

 今まで経験したことのない揺れの大きさと時間の長さに、筆者は恐怖に襲われる。この揺れは永遠に続くのでは、と思ったほどだ。ようやく揺れが収まり、ホッと息をついた。
 幸い、筆者の家は震源地の兵庫県から遠く離れていたため、目立った被害はない。近日中に引っ越しを控えていたので、荷物を詰めた段ボールを積んでいたが、その山が崩れた程度で済んだ。

 それでも、何度も揺り返しが来る。テレビを点けると、関西ローカルのABC『おはよう朝日です』ではエレクトーンを弾く女の子が、そのエレクトーンの下に隠れていた。さらに、司会の宮根誠司が「危険ですので、出勤などしないでください!」と懸命に呼び掛ける。
 しかし、バブルの余韻を残す当時は、地震はもう来ないかも知れないのに仕事を休むなど甘いと思われていた時代。筆者もアホみたいに車を運転して会社に向かった。現在では考えられない、バカげた行動だ。被災者救済や復興に繋がる仕事なら別だが、単に会社の僅かな利益を損ねないためだけの出社。しかも、この出勤で命を落としかねなかったのだ。

 会社は幸い無事だったが、休んだ者は一人もいない。全員がアホだった。我々は、何の役にも立たないアホ。同じアホでも、アホを笑いに変えた故・坂田利夫師匠に顔向けできない。

 さらに筆者は、その数日後に香川県への出張を控えていた。会社創業以来の大掛かりな事業だったため、キャンセルできない。当時はまだ明石海峡大橋が開通していなかったので、四国へ行くには瀬戸大橋を渡るのが一般的なルートだったが、いずれにしても神戸を通る必要がある。だが、当然のことながら神戸の道路は完全に寸断されていたので、通行することができない。
 フェリーも、淡路島行きはもちろん、四国行きすらほとんどが欠航。唯一、大阪南港から出航する高知行きフェリーを見付けて、それに乗ることにした。夜に出港して朝に到着するという長時間だ。フェリーを降り、車で高知から愛媛経由ではるばる香川へ行く、超大回りルートである。

 大事業だったので、設計に携わっていた筆者は何度も香川へ飛んだ。行くたびに、ルートが増えて復興していくのが判る。最後に香川へ行ったのは震災から2ヵ月以上経った3月下旬だったが、帰りには瀬戸大橋を渡り、遂に神戸を横断して大阪へ帰ることができたのだ。
 大自然の驚異に対して人間は無力。物を壊すのは一瞬だが、元に戻すのは簡単ではない。それでも、あれだけ壊滅的だった神戸が生き返っていくのを見て、今度は人間の凄さを実感した。

▼阪神・淡路大震災から9年後、六甲山から見た神戸。海に浮かぶ人工島は六甲アイランド

プロレスの底力を見せ付けた川田利明vs.小橋健太の三冠戦

 阪神・淡路大震災から僅か2日後の1月19日、大阪市内でプロレスが行われた。興行を打ったのは、当時はまだジャイアント馬場が社長を務めていた全日本プロレスだ。
 場所は難波にある大阪府立体育会館(現:エディオンアリーナ大阪)。会場を使用するのに支障はなく、交通面でも大会開催は可能だということが判明した。

 しかし、問題は被災者感情である。すぐ近くの神戸は破壊されたのに、大阪で呑気にプロレスをやっている場合なのか? 当然のことながら、全日内でも開催に反対の意見があったという。
 だが、馬場がハムレットの心境の末に出した結論は開催決行だった。我々はプロレスでしか被災者を元気づけることはできない、と。もちろん、興行収入の一部を義援金として被災地に贈ることも決まった。

 メイン・エベントは川田利明vs.小橋健太(現:建太)の三冠ヘビー級選手権。チャンピオンが川田、小橋はチャレンジャーだ。
 当時の全日は、この2人の他に三沢光晴、田上明を加えた四天王プロレスの全盛時。被災者のために行われた三冠戦は、四天王プロレスを象徴する試合となったのである。

 お互いにこれでもか、これでもかと大技を繰り出す川田と小橋。この頃の両者の必殺技である、川田のパワーボムやストレッチ・プラム、小橋のムーンサルト・プレスが飛び出しても、フォールは奪えない。
 結局、終わってみれば60分フルタイムの引き分け。川田の王座防衛となった。

 だが、本当に大切だったのは3本のベルトの行方ではなかったのだろう。特筆すべきは、その試合内容だ。
 川田も小橋も、被災者を意識して闘っていたに違いない。常に激しい名勝負を繰り広げてきた四天王プロレス、この試合がまさしく集大成となった。試合終了後には観客席から全日本コールが巻き起こったのである。

 2011年の東日本大震災の際、被災地の仙台を本拠地とする東北楽天ゴールデンイーグルスの選手会長だった嶋基宏が「見せましょう、野球の底力を」とスピーチしたが、大阪での川田vs.小橋の三冠戦はプロレスの底力を見せ付けたと言えよう。

▼震災の直後、被災地の大阪で名勝負を繰り広げた小橋建太(左)と川田利明(右)

今年と阪神・淡路大震災の年は似た状況

 今、能登地震の被災者にプロレス界がすべきことは、被災地に行ってプロレス大会を開催することではないと思える。阪神・淡路大震災から約30年も経っており、当時とは時代が違う。
 現在、被災している方々にとってはプロレスどころではないだろうし、生き延びることが先決だ。プロレスで元気になってもらうのは、生活が落ち着いてからだろう。

 ところで、阪神・淡路大震災が発生した約30年前と、今年は似ているような気がする。地震が発生したのは共に1月、つまり寒い時期だった。当然、多くの家庭ではストーブを使っているので、大規模な火災が発生する。
 似ているのは地震だけではない。能登地震の直後、今度は東京の羽田空港で大規模な飛行機事故が起きた。新年早々、立て続けに大災害が発生したのである。

 1995年の大震災の約2ヵ月後、3月20日には東京でオウム真理教による地下鉄サリン事件が勃発した。カルト集団が起こした無差別テロにより、多くの罪なき人々が犠牲になったのだ。
 戦後50年となったこの年、50年前の大空襲のように、東西の大都市が多大な被害に遭ったのである。バブルが弾けて不況の嵐が吹き荒れる中、ダブル打撃を受けたのだ。

 とはいえ、この年のプロレス界は活況を呈していた。既に地上波テレビのゴールデン・タイム定期放送から撤退していたが、全日本プロレスと新日本プロレスは安定した観客動員を誇り、多団体時代を迎え各プロレス団体も固定ファンを掴む。
 4月2日には、週刊プロレスを発行するベースボール・マガジン社が、東京ドームでプロレス・オールスター戦『夢の懸け橋』を開催した。また、それに反発するライバル誌の週刊ゴングと火花を散らし、このプロレス雑誌戦争がお互いに発行部数を伸ばしたのである。

 10月9日には東京ドームで新日本プロレスとUWFインターナショナルが全面対抗戦を行い、主催者発表で6万7千人を集め、当時の東京ドーム新記録を打ち立てた。また、鎖国を続けていた全日本プロレスのリングに、Uインターのトップ外国人だったゲーリー・オブライトが上がり、今まで決して交わることのなかった全日とU系との遭遇にプロレス・ファンは興奮したのである。
 ただ、残念なことにこの年がプロレス人気のピークだったように思う。阪神・淡路大震災の約1ヵ月前に、Uインターの安生洋二がヒクソン・グレイシー道場へ殴り込みをかけたものの、あっけなく返り討ちに遭い、グレイシー柔術による黒船襲来にプロレス界が怯え始める。1997年、安生の先輩であり、最強を謳っていた高田延彦がヒクソンに惨敗して、プロレス最強神話は完全に崩壊した。そして、格闘技ブームが到来したのだ。

 1998年にアントニオ猪木が引退し、翌1999年にはジャイアント馬場が他界、プロレス界は両巨頭を失う。大黒柱がいなくなった全日本プロレスは選手の大量離脱に遭い、プロレスリング・ノアが誕生した。プロレス界は迷走状態となり、長い氷河期を迎えたのである。

 その頃から20年以上経った現在も、プロレス人気が復活したとは言えない。今年は被災地の復興を願うと共に、プロレス界も被災者を勇気づけるほどの元気を取り戻して欲しいものだ。


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