迷わず行けよ 行けばわかるさ 一休寺

  この道を行けば
  どうなるものか
  危ぶむなかれ。
  危ぶめば道はなし
  踏み出せば
  その一足が道となり
  その一足が道となる
  迷わず行けよ
  行けばわかるさ。

 これは故・アントニオ猪木さんが引退試合のセレモニーで語った言葉だ。今秋、公開された映画『アントニオ猪木をさがして』でも、この詩がキーワードになっている。
 この詩は一休禅師(一休宗純)の言葉として紹介された。だが、映画のパンフレットにも書かれている通り、実際には哲学者の清沢哲夫氏が詠んだ『道』が由来らしい。

 とはいえ、猪木さんだけではなく一休宗純の言葉と思っている人は多いようだ。そこで、猪木さんと一休宗純には共通点があるのではないか、と思い立ち、一休寺へ行ってみることにした。

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一休さん、将軍様、新右衛門さん、全て実在の人物

 一休寺の正式名称は酬恩庵(しゅうおんあん)という。衰退していた酬恩庵(当時は妙勝寺)を一休宗純が再興したため、一休寺という通称となった。

 一休宗純は室町時代の僧侶である。というより、アニメ『一休さん』でお馴染みのトンチ小僧と言った方が通りはいいだろう。
 しかし、一休さんのトンチ話は江戸時代に創作されたもの。まあ、筆者は一休さんのトンチなど単なる屁理屈ではないか、と思っていたのだが。

 一休さんのトンチ相手と言えば将軍様。この将軍様は室町幕府三代将軍の足利義満で、アニメでは一休さんのトンチにいつもとっちめられるアホみたいな人物のように描かれているが、実際には南北朝を統一し、勘合貿易と北山文化により経済的にも発展させた、教科書にも載る名君だ。
 室町幕府のみならず、鎌倉幕府と江戸幕府を含めても、屈指の征夷大将軍と言えるだろう。

 そんな天下の将軍様が、小坊主に過ぎない一休さんと何度も会っているのは不思議な気もするが、一休さんの父親は北朝の後小松󠄁天皇とされる。後小松󠄁天皇は足利義満とは対立関係にあり、また天皇は一休さんを認知しなかったと言われるが、それでも一休さんは高貴な身分だったため、将軍様と謁見しても不自然ではない。

 一休寺に入ると三本杉があり、その由来が書かれた立て札には蜷川新右衛門の名前があった。アニメ『一休さん』では将軍様と共に重要な人物、いつも馬に乗って「一休さぁーん!」と叫びながら登場するお侍さん、あの新右衛門さんである。
 アニメでは、一休さんが敵対する天皇の息子ということで、将軍様から一休さんの監視役を命じられるが、新右衛門さんは一休さんのトンチに惚れ込んだため弟子入りしてしまった。

▼三本杉の由来について書かれた立て札には、蜷川新右衛門の文字が

 新右衛門さんと言えば、武蔵とTOMOのご先祖様としても有名。つまり、新右衛門さんも実在の人物だったのだ。
 というより、その子孫が武蔵&TOMO兄弟と知って、新右衛門さんは実在していたのかと驚いた人も多いのではないか。かくいう筆者もその一人である。

▼新右衛門さんの子孫である武蔵。なぜリングネームを『新右衛門』にしなかったのか?

▼アニメ『一休さん』第1話。一休さんと新右衛門さんの出会いなどが描かれている
https://youtu.be/Q6yYCtkPR4E

猪木さん、馬場さん、一休さん、それぞれの橋の渡り方

 一休さんはともかく、実際の一休宗純はかなり型破りな僧侶だった。当時の仏教の戒律を全く守らず、禁じられていたことをほとんどやっていたと言っても過言ではない。
 女遊びと男色の二刀流、肉は食らうわ酒浸りになるわ、盗んだバイクで走り出すわのやりたい放題(最後だけウソ)。

 もっともこれは一休宗純が、形式に捉われ本質を疎かにしていた仏教界を批判する意味もあった。有名な話では、木刀を持ち歩いて「鞘に納めていれば豪壮な刀に見えるが、実際には何も斬れない木刀に過ぎぬ」と、表面だけ着飾り中身を伴わない当時の風潮を揶揄している。
 こうしたエピソードが、人間味のあるお坊さんとして後に一休さんのトンチ話に繋がったのだろう。

 これら一休宗純の行動は、アントニオ猪木さんにも通ずる。現役時代の猪木さんは、プロレス界の禁じ手を次々使った。
 日本プロレス時代、同僚でライバルだったジャイアント馬場さんに挑戦を表明し、当時はタブーとされていた日本人対決に着手しようとしたのだ。さらに、日プロでクーデターを行い失敗している。

 新日本プロレスを興してから、他団体(国際プロレス)のエースだったストロング小林さんを引き抜いて日本人対決を実現、国プロ崩壊のキッカケを作った。
 さらには異種格闘技戦を連発し、馬場さんの王道プロレスに対抗する。そして、エースとして勝つべき試合を、自らKO負けして病院送りにされるというハレンチなこともやった。猪木プロレスは、当時のプロレス暗黙ルールを破れない馬場プロレスの否定と言っていい。

 馬場さんは石橋を叩いて渡る、というより石橋を叩き壊して渡れなくするタイプ。一方、どんな危ない橋でも渡ってしまうのが猪木さんだ。

 これ、何かに似ていないか。そう、一休さんのトンチ話『このはし渡るべからず』だ。
 一休さんは、この立て札を見て「はし(端)を渡らなければいいのだろう」と真ん中を堂々と歩くが、猪木さんも同じことをしたに違いない。

 一休さんと猪木さんの違いは、猪木さんはそんなトンチは思い付かないだろう、ということ。ただ単に『このはし渡るべからず』の立て札を無視して橋を渡ってしまうのが猪木さんだ。
 一方の馬場さんは、たとえ『真ん中を渡る』ことを思い付いても「ルールはルール、守らなければならない」と、決して橋を渡らなかったと思える。

▼一休寺にある『このはしわたるべからず』の立て札。真ん中を歩いたのはもちろん作り話

自殺を考えた猪木さんと一休さん

『迷わず行けよ、行けばわかるさ』を、アントニオ猪木さんは死ぬまで一休宗純の言葉と思い込んでいた。この『迷わず行けよ』は猪木さんの座右の銘と言えるが、それ故に大失敗することも多々あったのである。
 周りの人間は「たまには迷ってくれ」と思っていただろう。多額の負債により新日本プロレスを窮地に追いやったアントン・ハイセルなどはその典型だ。

 前述の映画の中で藤原喜明は、猪木さんは人を信じ過ぎるところがある、と語っていた。永久機関もその一つだ。
 工業高校出身の藤原が「無から有を作り出すのは不可能なんですから」と説得しても「実は藤原、それが出来たんだよ」と猪木さんは譲らない。
 そこで藤原は「食材がないのに料理なんて作れないでしょ?」といかにも元板前らしい例えで説明したという。

 アントン・ハイセル事件の頃、猪木さんは自殺を真剣に考えていたと『猪木寛至自伝』(新潮社、文庫版は『アントニオ猪木自伝』)で明かしている。
 当時、猪木さんの借金は山のように膨らみ、とても一レスラーが返すことができる金額ではなくなっていた。それが元で新日クーデターが勃発、浮気問題もあって倍賞美津子とも離婚危機、過激なプロレスを続けた肉体は糖尿病も相まってボロボロだったのである。

 猪木さんは、掛け捨て保険に入って自殺しようと考えたらしい。もはや自分の力で借金が返せないのなら、誰にも迷惑をかけないためにはそうするしかないと思ったのだ。
 後年の「元気があれば何でもできる」が口癖だった猪木さんからすれば信じられないが、逆に言えば自殺を考えるほど追い込まれても生き抜いた猪木さんだからこそ、そういう信条が生まれたのだろう。

 実は一休宗純も自殺を試みたことがある。人の心に光を与えるべき宗教家が、なぜ自殺を図ったのか。
 まだ21歳の頃、師匠を亡くして心の拠り所を失った一休宗純は、石山観音に籠って悟りを開こうとした。しかし、一向に悟りを開けぬ自分に失望し、自害を実行する。

 川に身を投げようとした時、一休宗純を止める男がいた。一休宗純は、なぜ自殺を邪魔するのかと男を責めると、ある人物から一休宗純の様子がおかしいので見張るように命じられた、と男は答える。
 その命じた人物とは、一休宗純の母親だった。アニメ『一休さん』でお馴染みの母上様である。

 母親の愛に触れた一休宗純は、自らの命を断とうとした己を恥じ、二度と自殺はしまいと心に誓ったという。
 猪木さんの映画でもあったように、猪木さんとビッグバン・ベイダーとの一戦で、ベイダーの猛攻を耐え抜いている猪木さんの姿に実況の辻よしなりアナは、自殺を考えている視聴者にそれをやめるよう説得した。

 さて、一休寺は京都府京田辺市にある。秋の京都と言えばどこもかしこも観光客でいっぱいだが、一休寺は知名度の割りにはあまり人が訪れない超穴場だ。筆者が行ったのは土曜日だったにもかかわらず、そこそこの人はいたものの渋滞もなくスンナリ駐車できた。
 それもそのはず、一休寺は京都市内からかなり遠いうえ、周りは閑静な住宅街で他に観光スポットがない。駅からも徒歩では遠く、要するに一休寺が目当て以外で行く場所ではないのだ。

 また、一休寺は紅葉の名所としても知られる。筆者が行ったときは、まだ紅葉には早かったが、晩秋には境内の木々が見事に赤く染まるという。
 京都の紅葉は見たいけど、ごった返す観光客や、慢性的な渋滞はウンザリという方には、ぜひともお勧めしたいスポットだ。

 一休寺へ行くと、一休さんのみならずアントニオ猪木さんの息吹が感じられるかも知れない。


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