[ファイトクラブ]屈折したエリートの革命魂、長州力~マット界をダメにした奴ら

[週刊ファイト1月13日合併号]収録 [ファイトクラブ]公開中

▼屈折したエリートの革命魂、長州力~マット界をダメにした奴ら
 by 安威川敏樹
・エリートでありながらエリート扱いされなかった長州力
・お互いに「失敗だった」と後悔した長州の全日マット登場
・長州力のフィニッシュ・ホールド『取材拒否』
・『プロレス側がマスコミをチョイスするのが理想』という思い上がり
・本当の意味での『革命』を起こせなかったエリート革命戦士


 『マット界をダメにした奴ら』というのは逆説的な意味で、実際には『マット界に貢献した奴ら』ばかりである。つまり、マット界にとって『どーでもいい奴ら』は、このコラムには登場しない。
 そんなマット界の功労者に、敢えて負の面から見ていこうというのが、この企画の趣旨である。マット界にとってかけがえのない人達のマイナス面を見ることで、反省も生まれるだろうし、思わぬプラス面も見つかって、今後のマット界の繁栄に繋がるだろう。記事の内容に対し、読者の皆様からは異論も出ると思われるが、そこはご容赦いただきたい。(文中敬称略)

 筆者は2021年度の本誌『鷹の爪大賞』MVPに長州力を選出した。毎年というわけではないが、MVPを選ぶ基準として筆者は『世間に対してマット界を最もアピールした者』としている。2021年度の場合、世間に対する長州の貢献度はプロレス界の中でも圧倒的だった。
現役時代から、長州力の知名度は抜群。特に1980年代中頃は、長州を中心にプロレス界は回っていたと言っても過言ではない。
それでも、やはり長州は『マット界をダメにした奴』になってしまうのだ。『革命戦士』が起こした革命は、プロレス界にどんな影響を及ぼしたのか……。

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エリートでありながらエリート扱いされなかった長州力

 1972年のミュンヘン・オリンピックにレスリングのフリー・スタイル90kg級に韓国代表として出場した吉田光雄、後の長州力は1974年に新日本プロレスへ入団する。その1年前、同じミュンヘン五輪にレスリングのグレコローマン・スタイル100kg以上級に出場していた鶴田友美(後のジャンボ鶴田)がライバルの全日本プロレスに入団していただけに、長州と鶴田は何かと比較された。
 しかし、比較されていたのは新人の頃のみ。その後、両者の差は大きく開くことになる。

 国内デビュー戦の数日後には師匠格のテリー・ファンクからピンフォールを奪い(3本勝負の内の1本)、いきなり全日№2の地位に就いた鶴田に対し、長州はデビュー戦こそ外国人相手にギブアップ勝ちというエリートらしい扱いを受けたものの、その後は新日の中堅レスラーにとどまった。「エリートでも下積みを経験させる」というアントニオ猪木の方針もあったのだが、長州自身が地味でスター性がなかったという点も否めないだろう。
 鶴田は国内デビューから間もなく『ジャンボ鶴田』といういかにも大器らしいリング・ネームを与えられたが、長州が『長州力』というリング・ネームを名乗るようになったのはデビューから3年も経った後だった。しかも『長州力』という名前は、今でこそピッタリのリング・ネームという感じだが、当時としては武骨で垢抜けない印象を抱いたものである。

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 さらに長州は、同門で2歳年下の藤波辰巳(現:辰爾)にも大きく水を開けられることになった。藤波は格闘技経験のない『叩き上げ』にもかかわらず、ジュニア・ヘビー級のチャンピオンになって、その後はヘビー級に転向し猪木のタッグ・パートナーに抜擢されて№2の地位を築く。
 このまま藤波より下の中堅レスラーで終わるかと思われた長州だったが、転機となったのが1982年。ご存じの通り『噛ませ犬発言』によって藤波との抗争が始まり、『革命戦士』となって一気に長州ブームが巻き起こった。

 普通なら、叩き上げがエリートを倒して、判官贔屓のファンから喝采を浴びるのが常だが、長州と藤波の場合は逆。エリートは長州、叩き上げは藤波なのに、ファンは逆に長州の方を『チャンスに恵まれない叩き上げ』、藤波を『次期エースを約束されたエリート』と見ていたのだ。
 長州は、元・国際プロレスのアニマル浜口や、アマレスの後輩である谷津嘉章らと維新軍を結成、猪木や藤波、坂口征二らの新日正規軍と敵対することになる。
 この新日内部での日本人抗争は大ヒット商品となり、テレビ視聴率は20%を超え、新日ブームを巻き起こした。長州は、プロレス界の寵児となったのである。

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撮影:原悦生

お互いに「失敗だった」と後悔した長州の全日マット登場

 藤波に対しては「俺はお前の噛ませ犬ではない!」、藤波に勝ってWWFインターナショナル・ヘビー級チャンピオンになったときは「俺の人生にも一度ぐらい、幸せなことがあってもいいよな」と言った長州力。つまり、それまでの長州にとってプロレス人生は幸せではなかったわけだ。
 エリートでありながら、ずっと冷や飯を食わされていた長州は、その反動で少々の我儘は許されると思ったのだろうか。あるいは、自分でも信じられないほど人気が爆発することによって、結局は俺が必要なんだろう? という気持ちになったのかも知れない。

 1984年、長州はアングルではなくガチで新日本プロレスに反旗を翻し、ジャパン・プロレスを旗揚げしてライバルの全日本プロレスに乗り込むことになる。この時、長州はこう思ったはずだ。全日本プロレスを俺色に染めてやる、と。
 しかし、そこにあったのは新日とは全く異質のプロレスだった。我先に攻めるハイスパート・レスリングの長州に対し、全日は基本に忠実でスロー・テンポなアメリカン・スタイル。長州にとってまさしく暖簾に腕押しだった。
 しかも年功序列の全日マットを『長州色』に染める隙などなく、長州は失望することになる。やがて長州は『全日には夢がない』という捨てゼリフを残して故郷の新日にUターンした。

 文字通り、ババを引いた形になったジャイアント馬場。長州一派を引き入れることで、新日潰しを目論んだ馬場だったが、結果的には獅子身中の虫を飼ったことになる。
 馬場は長州を立てていた。ジャンボ鶴田や天龍源一郎が長州力をフォールすることがなかったにもかかわらず、馬場にとって子飼いの天龍が長州や谷津にフォールされることもあった。これはもちろん、長州およびジャパン・プロレスの商品価値を傷付けないためである。

 そもそも、馬場は長州をはじめジャパン・プロレスの連中のファイトを買っていなかった。「コイツらは、どこでプロレスを学んだんだろう?」と。これは他の全日レスラーも同じで、ジャパンのレスラー(もっと言えば新日のレスラー)はプロレスの基本ができていない、と感じていた。
 それでもジャパン勢を引き立てていたのに、結局は契約を一方的に破棄して長州は新日に戻ってしまう。馬場は長州の引き抜きを『生涯最大の失敗』と後悔した。

 この頃の長州は、セールを一切しなかったのである。言ってみれば、自分勝手なプロレスだ。相手を引き立てることをせず、自分だけが光ろうとする。
 これも、かつては「俺は今まで『噛ませ犬』として、散々相手を光らせてきたから、自分だけが少々目立ってもバチは当たらないだろう」という思いから来たのかも知れないが、そんなことは全日勢にとって知ったこっちゃない。長州が新日時代の話なのだから。
 それに『噛ませ犬』時代の経験から、相手を光らせると損をすると思ったのかも知れない。

 ただ、長州の引き入れは全日にとっても良い面はあった。テレビ放送がゴールデン・タイムに復帰したのは長州のおかげだし、何よりも『ぬるま湯体質』と言われた全日マットに緊張感が生まれ、活性化したのだ。新日育ちの奴らに負けられない、と全日レスラー達が奮起したのである。
 中でも、長州に触発されたレスラーがいた。天龍源一郎である。
 長州が去ったあと、天龍は『天龍革命』を起こし、さらに全日マットはヒート・アップした。これは長州の置き土産と言えるだろう。もっとも、その天龍も新団体のSWSに移籍して全日を離れるのだが……。

長州力のフィニッシュ・ホールド『取材拒否』

 長州にとっても、全日への回り道は決して無駄ではなかった。全日流の『受けのレスリング』を体験することによって、ファイトの幅が広がったのである。『革命』以降、セールをしなくなった長州が、新日Uターン後はセールするようになったのだ。
 その反面、長州のもう一つの顔が頭をもたげてきた。取材拒否である。

 長州が『革命』を起こして以来、長州の元へマスコミが殺到した。『嚙ませ犬』だった頃に比べると夢のような出来事だが、度が過ぎると誰でも嫌になる。長州の場合、それが極端だった。
 ジャパン・プロレスを興して新日を離脱、全日マットに上がるも新日にUターンした頃は、長州が最もナーバスだった時代だろう。長州のマスコミ嫌いが頂点に達した。
 そして長州が新日の現場監督になったとき、それが顕著に表れたのである。1996年に起きた、週刊プロレス(ベースボール・マガジン社)に対する取材拒否だ。

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