[ファイトクラブ]江畑秀範の心の叫びを聞け! 今年、最も胸に突き刺さった言葉

[週刊ファイト12月24日号]収録 [ファイトクラブ]公開中

▼江畑秀範の心の叫びを聞け! 今年、最も胸に突き刺さった言葉
 by 安威川敏樹
・全日本テコンドー協会会長を辞任に追いこんだ、江畑秀範の告発
・一躍、ワイドショーで時の人となった江畑秀範
・江畑秀範は言った「悪いニュースでもテコンドーが広まればいい」
・『悪質タックル事件』から2年半、今年の甲子園ボウルに当事者が出場
・日本では超マイナーなクリケットも、世界では野球よりもメジャー
・ラグビー・リーグはクリケット以上の超ド級マイナー・スポーツ!?
・プロレスは「クソ新聞と犬はお断り」「マスコミは東スポ1本でいい」
・プロレス界に蔓延っていた『取材拒否』の体質


 2020年もあと半月で暮れようとしている。鷹の爪大賞や今年1年の総括記事は既に書いたが、もう一度この年を振り返りたい。それは今年、筆者にとって最も胸に突き刺さった言葉だ。

 11月21日、大阪城ホールでRIZIN.25が行われた。その第4試合、テコンドーの東京五輪代表候補の江畑秀範が佐野勇海とRIZIN キックボクシングルールで闘い、0-3の判定で敗れている。
 試合後、記者会見で江畑がRIZINのリングに上がった理由を語った。その時の様子は本誌でも少し触れたが、今回はもっと深く掘り下げてみる。

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全日本テコンドー協会会長を辞任に追いこんだ、江畑秀範の告発

 この大会を通じて、記者会見で最も多くの質問を浴びせられたのが、第4試合の敗者に過ぎない江畑秀範だった。世間的には、メインの朝倉未来vs. 斎藤裕よりも江畑の方が注目されていたのである。
 それは、単にテコンドーの五輪代表候補がRIZINのリングに上がったから、というだけではない。江畑は一時期、ワイドショーを賑わせたことがあるからだ。

 江畑が脚光(?)を浴びたのは、2019年秋のこと。江畑は、どんなことで注目されたのか。
 全日本テコンドー協会が主導する合宿に参加するため、選手たちは高額な費用を払わなければならない。江畑によると、合宿は月1回のペースで、年間合計で約百万円の合宿費が必要だという。生活が決して楽ではないアマチュアの選手たちにとって、かなり大きな出費だ。

 五輪候補のアスリートが、自腹を切って合宿に参加しなければならないという。プロ野球選手でも自費キャンプというのはあるが、これはあくまでもキャンプまでに契約更改しなかった場合の話で、普通ならキャンプ費用は球団持ちでキャンプも選手の年俸分に入っている(選手の契約期間はキャンプが始まる2月1日から11月30日までの10ヵ月間)。これはプロだからとも言えるが、アマでも五輪競技なら合宿費は協会が負担し、競技によっては日当も支払われるだろう。
 金銭面だけではなく、合宿に参加するコーチも半数以上がテコンドー未経験のド素人、選手たちが求めるコーチの起用は却下されていた。

▼長身を活かした江畑秀範によるテコンドーのハイキック

 全日本選手権8連覇中の江畑は、選手を代表して協会の改革を訴え続けていたが、当時の金原昇会長は知らぬ顔の半兵衛。そもそも金原会長は2012年、JOC支給専任コーチ謝金に不正使用があったとして処分を受けていた。それでも会長職に居座り続けたのである。
 協会の幹部も、金原会長に異を唱える人はことごとく排除され、イエスマンだけになっていた。選手たちにも、合宿に参加しなければ五輪代表には選ばない、と脅していたという。これでは、金原会長にとても逆らうことはできない。
 国から選手強化費が支払われているはずなのに、なぜ合宿に自費で参加しなければならないのか。協会が強化費を不正使用しているのではないのか。

 そして遂に、選手たちが反旗を翻した。28人の選手中、学生を除く26人が合宿をボイコットしたのである。ワイドショーはこの問題を大きく取り上げ、中心人物の江畑は時の人となった。
 結局、江畑らの勇気ある行動がきっかけとなり、金原会長は辞任に追いこまれたのである。

江畑秀範は言った「悪いニュースでもテコンドーが広まればいい」

 RIZINでの試合後のインタビューで、江畑はRIZINに参戦した理由を次のように語っていた。
「自分自身の名前を売るためでもありますけども、何よりもテコンドーを広めるために挑戦したかったんです」
 この江畑の言葉は本音だろう。「自分の名前を売りたかった」とハッキリ言ったのも好感が持てた。そして、自分の名前よりもテコンドーを広めたい、というのも痛切な思いに違いない。

 さらに、記者団から飛んだ「あなたが告発した事件で、違う意味でテコンドーの名前が広まったのではないか」という意地悪な質問に対して、江畑は以下のように答えている。
「悪いニュースも良いニュースも、どんどん流れていったらいいと思ってます」
 なかなか、こういうことは言えるものではない。普通なら「普段はテコンドーなんて見向きもしないくせに、悪いニュースの時だけ大騒ぎしやがって」と思うだろう。プロレス界なら、自分の団体に不利なことを書く媒体があれば、直ちに抗議するところだ。

 しかし、筆者は江畑の気持ちがよく判る。テコンドーはお世辞にもメジャー・スポーツとは言えない。五輪競技にもかかわらず、日本には自国発祥の空手があるため、韓国生まれのテコンドーはその陰に隠れている。
 だが、去年の江畑による告発事件では、普段はテコンドーなど扱わないワイドショーでも、テコンドーを大々的に取り上げた。たとえ悪いニュースでも、テコンドーの名が広まったのだ。

 筆者は、江畑の言葉を聞いて、ある競技を思い出した。アメリカン・フットボールである。日本中を大騒動に巻き込んだ、いわゆる『悪質タックル事件』が起きたのは2018年5月6日、日本大学vs.関西学院大学の定期戦が行われた時だった。日大のディフェンス・ライン(DL)の宮川泰介選手(現:富士通フロンティアーズ)が、ボールを持っていない関学大のクォーターバック(QB)の奥野耕世選手に無防備な背後からタックルを見舞ったのである。もちろん大反則だ。
 その後、反則タックルをした日大の宮川選手は顔・名前出しで記者会見に臨み謝罪、その潔さをほとんどの人が称賛すると共に、反則タックルを指示したであろう当時の内田正人・日大監督に非難が集中した。

▼アントニオ猪木失神事件と、日大アメフト部に関するマスコミ報道

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 そんな日大と関学大が、今年(12月13日)の甲子園ボウルで激突。本来なら名門同士の『赤青対決』ということで注目を浴びるはずだが、今回はそれ以上に『悪質タックル事件』以来の対決という見方となる。しかも、関学大の『被害者』奥野選手はこの試合に出場したのだ。
 だが、「せっかくの『赤青対決』なのだから、そういう目で見ないで欲しい」という声がアメフト関係者やファンの中では強かった。

▼今年の甲子園ボウルで日本大学(赤)vs.関西学院大学(青)の対決が実現(写真は2013年)

 しかし、そんな心配は必要なさそうだ。2年半前のことがまるでなかったように、あれだけ大騒ぎしていたワイドショーは甲子園ボウルなど無視している。関学大が日大を破り、奥野選手がミルズ杯(年間最優秀選手賞)を獲得したのに。事件が起きた2018年なら大騒ぎだっただろう。
 そういう意味では、アメフト関係者やファンの思惑通りになったわけだが、それで良かったとは言い切れないのではないか。江畑の言葉を借りれば「悪いニュースも良いニュースも、どんどん流れていったらいい」のだから、『悪質タックル事件』はアメフトを世間に知らしめる絶好のチャンスでもあったのである。

 あの事件が起こるまでは、多くの一般人は「アメフトって、ラグビーとどう違うの?」と思っていた。それが『悪質タックル事件』のおかげで『クォーターバック』という司令塔のポジション名が知られるようになり、日大と関学大はアメフトでのライバル関係だと判ったのである。
 しかし『熱しやすく冷めやすい』日本人の特性通り『悪質タックル事件』は忘れ去られ、翌2019年に日本で行われたラグビー・ワールドカップのため、アメフトは人気面でも知名度でもラグビーに大きく水を開けられた。

 もしあの時、アメフト界(特に日大)が起きた事件を真摯に反省し、『悪いニュース』を逆手にとってPRをしておけば、アメフトはもっと注目されるようになったのではないか。しかし、残念ながら事件をうやむやにし、一部の権力者を守るため世間が忘れるのを待つという方法を採った。

日本では超マイナーなクリケットも、世界では野球よりもメジャー

 とはいえ、アメフトはまだいい。マイナー・スポーツと言われるアメフトでも、コロナ禍の今年は別だが、甲子園ボウル(大学選手権決勝)の他にジャパンXボウル(社会人選手権決勝)やライスボウル(日本選手権=大学王者vs.社会人王者)と、3万人以上入る試合が年に3回もある。
 テコンドーだって、大勢の観客が入るような大会がないとはいえ、五輪種目だ。国も強化のために税金を投入してくれるし、オリンピックでメダルを取れば大いに注目されるだろう。
 しかし、日本には全く知られていない『本当のマイナー・スポーツ』がまだまだあるのだ。アメフトやテコンドーは恵まれている方である。

 たとえばクリケット。誰でも名称ぐらいは聞いたことがあると思うが、ルールは全く判らないだろう。野球に似たスポーツというぐらいは知っていても、そのため余計にクリケットを見ると混乱するに違いない。
 投手(ボウラー)が投げて打者(バッツマン)が打つ、という基本的なゲームの進め方は野球と同じだが、たとえば打者がボテボテのゴロを前方に打ったとしても、打者は走ろうとしない。野球なら「アウトになると思っても全力疾走せんかい!」と怒鳴られるところだが、クリケットではその状態で打者が走ると「アウトになると判ってて走る奴がおるか!」と怒られる。

 なぜならクリケットでは、打者はアウトになると思ったら走らなくてもいいからだ。しかも、野球のフェア・ゾーンは前方の90°だけだが、クリケットでは360°どこに打ってもOK。
 つまり、アウトを賭して走る必要がないうえにヒット・ゾーンが野球の4倍だから、滅多なことでアウトにはならない。したがって、守備側がアウトを1つ取っただけで、まるで勝ったかのように大喜びするのだ。野球で、7割アウトになる3割打者が一流と言われるのとは対照的である。

▼投手(ボウラー)は助走をつけてワンバウンド投球が基本だが、肘を曲げてはならない

 日本人は、クリケットを野球のつもりで見るため、ますます判らなくなるのだ。筆者がクリケットの公式戦を観戦した時、日本にはクリケット場などほとんどないので、行われているのは普通の運動公園だった。もちろんスタンドもなく、他に観客などいない。
 クリケットでは、試合中に休憩時間がある。その時、選手の1人が筆者の方に走って来た。クリケットを観に来た人なんて、よほど珍しかったのだろう。
「クリケットって(ルールが)判りますか?」と訊いてきた。この選手は、日本人では珍しく中学生の時からクリケットをしていたという。野球で有名な大阪の上宮中学・高校出身で、中学はもちろん高校でもクリケット部があるのは、日本では上宮ぐらいだろう。逆に言えば、子供の頃からクリケットをやりたいと思っても、プレーできる環境が日本にはないのである。

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