プロレス界にとって対岸の火事ではない、芸人の“闇営業”

 最近、芸能界を揺るがした事件と言えば、吉本興業所属のお笑い芸人を中心とした『闇営業』だろう。
 お笑いコンビ『カラテカ』の入江慎也が4年以上前に行った闇営業は、詐欺を行う反社会勢力団体の会合だったことが判明して、入江は吉本興業を契約解除されたのである。
 さらに、同イベントに参加していた吉本興業所属の芸人11人と、ワタナベエンターテインメント所属の芸人2人が謹慎処分となった。
 吉本11人の中には、お笑いコンビ『雨上がり決死隊』の宮迫博之も含まれており、宮迫がレギュラー出演する日本テレビ『行列のできる法律相談所』も、既に収録済みの放送分に関しては、宮迫が映る部分はカットして放送するという。奇しくも本誌では、同番組に2週続けてプロレスラーが出演するということで、筆者がそれに関する記事を書いたが、この時点ではまだ宮迫の謹慎処分は決定していなかった。

 しかしこの問題、決して吉本興業や芸能界だけの問題ではあるまい。反社会勢力の魔の手は、いつでもどこでも伸びてくる。プロレス界にとっても、決して対岸の火事ではないのだ。

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▼[ファイトクラブ]力道山 四人の妻と 警察と

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暴力団とは切っても切れない関係だった力道山

 プロレス界と反社会勢力、特に暴力団との関係において、まずは力道山から語らなければなるまい。
 1963年12月8日、力道山は暴力団・大日本興業の村田勝志にナイフで腹部を刺され、1週間後の12月15日に息を引き取った。享年39歳という若さだったのである。
 ナイフで刺されたのが直接の死因ではなく、適切な治療を行っていれば命は助かっており、医療ミスが原因だと言われているが、その点については本稿では触れない。問題は、プロレス界の父と呼ばれた力道山が、暴力団員によって刺されたという事実である。
 力道山は、いつ暴力団員に刺されてもおかしくはない環境にあった。つまり、当時のプロレス界と暴力団は、切っても切れない間柄だったのである。

 力道山は大相撲を廃業した後、新田建設の社員となった。新田建設の社長は新田新作という、ヤクザ上がりの男である。ここで既に、力道山と暴力団との関係があった。
 その後、力道山はプロレスラーに転身。日本プロレスを立ち上げるのに当たって、力道山は新田新作と、興行師だった永田貞雄の協力を仰いでいる。当時の興行はヤクザが仕切っており、永田貞雄は『興行界のドン』と呼ばれていた。
 また力道山は、在日朝鮮人で暴力団・東声会会長の町井久之とは出自が同じということで懇意な間柄だった。ちなみに東声会と、村田勝志が所属していた大日本興業の上部団体である住吉一家とは対立関係にあり、村田勝志は力道山を刺した後、東声会の組員にフルボッコにされている。
 他にも力道山は、山口組三代目組長だった田岡一雄や、右翼の大物である児玉誉士夫とも関係が深かった。児玉誉士夫は日本プロレス協会の会長、町井久之と田岡一雄が副会長だったのである。力道山のバックには、右翼とヤクザが付いていたのだ。

 このあたりだとさすが力道山、いくら反社会勢力とは言え大物との付き合いばかりだと思えるが、小物ともしょっちゅうイザコザを起こしていた。村田勝志との一件もそうだが、酒癖が悪かった力道山は酔っ払うとヤクザ相手に大立ち回りを繰り返していたのである。
 ある時にはヤクザをボコボコに殴り付けて、気絶したそのヤクザを車で運び「そら、親分の元に返してやるぞ!」と組長の家の前に放り投げたこともあった。

▼暴力団の協力により、力道山はプロレス興行を行っていた

力道山は暴力団だけではなく、警察や政界とも強く結び付いていた

 力道山と関係が深かったのは暴力団だけではない。当時は日本領だった朝鮮半島出身の力道山を、大相撲の二所ノ関部屋に入門させるため、日本行きに尽力したのが警察官だった小方寅一である。いわば小方寅一は、力道山にとって後見人というわけだ。
 そして、力道山にとって日本での“母親”的存在となる森信(元:中日ドラゴンズの森徹の母親)の夫も警察官(署長)である。後の話になるが、力道山の最後の妻となる田中敬子の父親も茅ケ崎警察署の署長だった。
 要するに、力道山は警察とも深い関係を築いていたのだ。暴力団と警察、両極端と思える人脈である。力道山に近しい警察関係者は、暴力団との付き合いに警告しなかったのだろうか? それについては後ほど述べる。

 さらに力道山は、政界にも顔が利いた。力道山が興した日本プロレスは、興行部門の日本プロレス興業株式会社と、スポーツ組織としての日本プロレス協会との二本柱だったのだ。
 そして、日本プロレスのコミッショナーには、自由民主党の副総裁だった大野伴睦や川島正次郎など、政府与党の大物政治家が歴任したのである。当時の日本プロレスは、他のスポーツ団体と同じようにコミッショナーを立て、体裁を整えていた。もっとも、他のスポーツ団体と違う点は、日本プロレス協会が認めていたのは日本プロレス興業のみで、他団体は加盟させなかったことだが。そのため、日本プロレス協会は日本プロレス興業が倒産した後、消滅した。つまり、協会とは名ばかりで、スポーツ組織としての体を成してなかったのである。
 それはともかく、日本プロレスは興行や協会の要職をヤクザおよび右翼が、コミッショナーを与党の要人が務めていたのだ。1つのプロレス団体に、暴力団と政府が関わっていたのである。

 これは何を意味するのか。言うまでもなく暴力団と、警察や政治との癒着である。当時の日本では、同様のことが当たり前のように行われていた。
 そもそも戦後日本を支えていたのは、暴力団と右翼だったと言っていい。太平洋戦争で国土を破壊され、GHQにより財閥を解体された日本政府にとって、頼れるのは暴力団と右翼しかなかった。
 さらに、第二次大戦後は東西冷戦の時代。防共の砦として、右翼や暴力団の力はどうしても必要だったのだ。自民党副総裁の大野伴睦や暴力団の町井久之と近しかった、右翼の児玉誉士夫が『政財界の黒幕』と呼ばれていた所以である。
 もちろん、政府と暴力団が結び付いているのだから、警察が無縁なわけがない。表向きは暴力団撲滅を掲げていても、『お世話になっている』暴力団をムゲにはできなかった。

 当然、暴力団と癒着があったのはプロレス界だけではない。芸能界の興行は、興行師と呼ばれる事実上のヤクザが取り仕切っていた。暴力団を後ろ盾にした大スターが大勢いたのである。
 他のスポーツ界も似たようなものだ。特に大相撲は、暴力団とは切っても切れなかっただろう。プロ野球でも、1969年に八百長の『黒い霧事件』が勃発した。言うまでもなく、暴力団が絡んでいたのである。

▼プロ野球界を震撼させた『黒い霧事件』は、暴力団絡みの八百長事件だった

 しかし、高度成長を遂げた日本は経済大国となり、大企業が力を付けてきた。つまり政府は、暴力団に頼らなくてもいいようになったのである。というより、暴力団に関わっていると国民の信頼を失うため、暴力団がお荷物的存在になった。もちろん、警察も同じことだ。
 暴力団側から見れば、『仁義を守らなかったヤツ』は政府や警察の方である。散々利用するだけ利用して、バッサリ斬ったのだから。政府や警察の『裏切り』により、暴力団も変質していった。

21世紀になっても続く、暴力団の一般社会への浸透

 暴力団が変質し、政府や警察が暴力団に頼らなくなったと言っても、その関係が完全になくなったわけではない。警察には暴力団等を取り締まる組織犯罪対策本部がある。刑事ドラマ『相棒』で言えば、いつもコーヒーを飲むために「ヒマか?」と言っては特命係にやって来る角田課長(演:山西惇)が、同部署のいわゆる組対5課の所属だ。
 暴力団を捜査する警察官の多くが、Sと呼ばれる暴力団員を飼っている。Sとはスパイの頭文字で、暴力団の動きを探るためにSから情報を集めるのだ。Sの存在が警察と暴力団との癒着がなくならない原因とも言われるが、Sからの情報で暴力団を検挙することもあるのだから、Sは必要悪と言えなくもない。
 しかし、警察官はSに小遣いを与えて情報収集し、あるいは「この件は見逃してやるから、情報を教えろ」などと言うのだから、それをSに逆利用され「俺たちの言うことを聞かなければヤクザとの癒着をバラすぞ」などと脅されて、警察官が『ミイラ取りがミイラになる』ケースもある。そうなると、この警察官はもう、暴力団に骨の髄まで利用されるだけだ。

 2002年に起きた北海道警の稲葉事件では、警部だった稲葉圭昭(当時49歳)が覚醒剤密売および拳銃不法所持により実刑判決を受けた。稲葉は『銃対のエース』と呼ばれた人物で、圧倒的な数の銃器を摘発していた。
 実績だけを見ると優秀な警察官のように思えるが、これにはカラクリがあって、稲葉がSにロシアから拳銃を密輸するように命令していたのである。その資金は覚醒剤の密売によって得ていた。稲葉はSに、密輸した拳銃を指定のコインロッカーに入れておくように指示。その拳銃を、稲葉が自分で見つけたかのようにして、銃器摘発の点数を稼いでいたのである。

 稲葉に散々利用されたSは覚醒剤所持で自首し、警察では黙秘を続けた。自分がしていたことを正直に話せば、北海道警に握り潰されると思ったからだ。そしてSは、法廷で稲葉の悪事を暴くことになる。
 しかし、稲葉にも言い分はあった。今回の件は、道警の組織ぐるみだという。
 銃器摘発がゼロだったために、ノルマ達成のため稲葉は上司から相談されていたのだ。どんな手を使ってもいいから銃を摘発してくれ、と。そこで稲葉はSを使い、ロシアから密輸した『首なし銃(所有者不明の銃)』を摘発していった。肝心の暴力団からは銃が一向に減らず、ロシアの密輸グループを儲けさせただけなのだから、百害あって一利なしの銃摘発である。
 さらに、稲葉と違法捜査を行っていた元上司であるKは公園の公衆トイレで、自首したSは拘置所で、いずれも自殺したのだ。しかも、2人とも遺書なしという異常事態である。
 事件のカギを握る2人が死亡ということで、道警の暗部を完全に晒すことはできなかった。テレビ朝日が特番を組んだりしたが、芸人の闇営業とは比較にならない大きなネタだったのに、ワイドショーは取り上げず、大して話題にはならなかったのである。何かの力が働いたのだろうか。

 以前の芸能界の興行と言えば、興行師と呼ばれるヤクザが仕切っていたというのは既に述べたが、現在では芸能の興行はシノギとはならない。特に音楽関係は印税で稼ぐ著作権ビジネスが主となったために、暴力団の入り込む余地がなくなったのである。
 とはいえ、暴力団と芸能界の関係が完全に切れたわけではない。暴力団はタレント志望の若者から登録費やレッスン料をふんだくり、場合によってはAV業界に売り飛ばしたりするのである。

 1991年に施行された暴力団対策法(暴対法)や、その後の暴力団排除条例により、暴力団員そのものは激減した。その反面、『半グレ』と呼ばれる反社会勢力が激増している。半グレとは、暴力団に属さない犯罪集団のことだ。今回の、芸人の闇営業を仕切ったのも半グレである。
 半グレと暴力団は、強く結び付いている。かつては三下にやらせていた仕事を、半グレが行うようになっただけだ。半グレの実態は、ヤクザと何も変わらない。
 むしろ、半グレは指定暴力団には属さないだけに、検挙は難しい。それだけに厄介なのだ。

 半グレも暴力団も、金儲けのためなら何でもする。彼らが芸人に近付くのだって、儲かるからだ。また、有名人と知り合いになるとステータスが上がるうえに、いざとなったら脅すことができる。金を払わなきゃ、反社会勢力と一緒に写っている写真をバラまくぞ、などと言って。
 もちろん、プロレスラーも気を付けなければならない。そうでなくても、力道山の頃は暴力団と関係が深かったのだ。しかも、プロレス人気が出てくれば、反社会勢力は必ず触手を伸ばしてくる。
 他のスポーツならば、協会が反社会勢力を排除するための研修を行うことも可能だろう。特にプロ野球界は『黒い霧事件』の苦い記憶があるだけに、日本野球機構(NPB)や各球団、選手会が協力し、警察関係者を講師に招いて、暴力団排除の研修を徹底している。
 しかし、プロレス界は団体がバラバラだ。メジャー団体もあれば、資金に乏しいインディー団体もあり、結束は難しいのが現状である。
 だが、反社会勢力の排除は、団体の垣根を越えて行わなければなるまい。


(文中敬称略)


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