流血怪人アレックス・スミルノフさん天国へ!ラッシャー木村と金網戦

photo by George Napolitano

※昨年のカリフラワー・アレイ・クラブ(CAC)総会で表彰を受けたスミルノフさん

 流血怪人として昭和プロレスからのファンにはお馴染みのアレックス・スミルノフさんさんが1月5日、腎不全で搬送されたホスピスにおいて睡眠中に亡くなった。71歳だった。やはり、IWA世界ヘビー級王座を巡るラッシャー木村との死闘がもっとも記憶に残る。『’79ビッグ・サマー・シリーズ』では、7月21日に新潟県村上市にて木村を破り第15代のIWA世界王者となっているが、関西でも金網というのをオモテに出さないままで木村とダブルジュース戦をやっていた。確か、金網流血が残酷とかテレビ中継の批判があり、記録上は「金網」だったのがスポーツ紙や専門誌の結果にはそれが消されていたと記憶する。

 カナダ・ケベック州出身のフレンチ・カナディアンであり、エドワード・カーペンティアのコーチを受け、1969年に地元ケベックのモントリオールにてデビューを果たしたが、のちにロシアの怪人に変身することになる。国際プロレスでは外国人選手間の仲間割れ抗争も面白く、オックス・ベーカーとのロシアン・チェーン・デスマッチはテレビ中継され、強烈なインパクトがあった。

 国際プロレス崩壊後、新日本プロレスと全日本プロレスの引き抜き合戦に巻き込まれ、いったんは新日のポスターにも登場したのに、結局は全日本プロレスに転出。しかし、ジャイアント馬場は「外国人選手のルートはこっちが握っている」と天下に誇示することが主目的であり、リング上ではたいして活躍の機会を与えられなかったものだ。

 もっとも、5年越しのラブコールが実って1986年にスミルノフは新日プロに参戦。アントニオ猪木との対戦が実現している。但し、翌1987年の来日が最後になってしまった。

 1988年に引退後はカリフォルニア州のフリーモントに移住、独特の風貌から映画やテレビにも出ていたが、パブを経営していたという。カリフォルニアということもあり、ラスベガス開催のカリフラワー・アレイ・クラブには顔を出しており、昨年には表彰を受けたばかりだった。但し、腎不全の治療はジョージア州マリエッタの病院だったという。合掌。


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