歴史オタク的プロレス史6~リングは戦場なり~三沢光晴と徳川家康

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こんにちわ。歴史オタク、三瓶千詠です。
日本の歴史を紐解いていくと
ターニングポイントに必ず大事件が起こっております。
謀叛、御家騒動、下克上…
血なまぐさい匂いを感じるこれらの事件は
「歴史」と名のつくものに必要不可欠な要素であります。
それは手段はどうであれ、その時代にとってなくてはならない
「改革」であるからです。
円熟した時代であれば膿みを排除せんと立ちあがる革命児が生まれ
時の権力者と争います。
また群雄割拠の乱世では全国統一を夢見る人々が野望を抱き、
死闘を繰り広げるのです。
さて、現在のプロレスは日本史における「戦国時代」ではないかと
以前のコラムで少し触れさせていただきました。
多くの団体がひしめき合い、時には歩み寄り、時には敵対し、
レスラーのヘッドハンティングや離反、経営難で
活動が停止してしまった団体もあれば、
株式の過半数を取得され子会社化した団体もあります。
また、フリーとしてどの団体も属さずに戦うレスラーもおり、
まさに群雄割拠、戦国乱世というわけです。
さて、プロレス戦国時代における記憶に新しい大事件といったら、
全日から離脱した三沢光晴選手らによるプロレスリング・ノアの
旗揚げではないでしょうか?
1999年に全日の社長であったジャイアント馬場が逝去し、後継者選任が行われます。
そこで新たに社長として就任したのが三沢光晴氏でありました。
全日に新たな風を、と大胆な取り組みを行う三沢氏に対し、どっこい、
ジャイアント馬場の奥方は黙ってませんでした。
全日が培ってきた伝統こそが第一と優先する馬場夫人との軋轢は根深く、
三沢氏は社長解任となってしまったのでございます。
そこで黙っている三沢氏ではございません。
全日のレスラーと職員を引き連れ、新団体プロレスリング・ノアを
旗揚げしたのでございます。
これらの経緯はプロレスファンであれば周知の事実でございますが、
ここで敢えて話題にしたのは、日本史における戦国時代と同じ様なことが
繰り返されているなぁと思ったからです。
例えば徳川家康と豊臣政権でございます。
豊臣秀吉の家臣として豊臣政権に組み込まれた徳川家康でございますが、
服従しつつも虎視眈々と徳川の天下を狙っていたのでございます。
そして結果は…大阪夏の陣で決まりました。
豊臣秀頼、そして秀頼の母淀君、
淀君の乳母の子大野治長らは自害し、豊臣家は滅亡したのでございます。
徳川家康が豊臣家を滅亡させたのには、
単なる野心からではないと思うのです。
成り上がりの豊臣家には長く信頼関係を築いてきた恩顧の家臣に乏しく、
それでは長く泰平の世を持続できないと悟ったのではないでしょうか?
そして再び戦国乱世に戻らぬ様、自分が天下を治め終止符を打とうと
思ったのではないでしょうか?
三沢氏のノア立ち上げも、徳川家康と同じ印象を受けたのでございます。
裏切りや野心ではなく、プロレスそのものを愛するからこその決別であったのだと。
思わずにはいられないのでございます。
そこに人がいる限り、歴史は繰り返されていくものなのですなぁ。
しみじみと思う次第でございます。

山口敏太郎事務所 三瓶千詠(みかめゆきよみ)
1998年の決断、12・10丸藤vs三沢の秘話 『世界のスポーツ見聞録』②