『美城丈二の“80’S・プロレス黄金狂時代 ~時代の風が男達を濡らしていた頃”』

 Act⑦【A・T・ブッチャーの“特異性”】
 暴露本の類いでは無い。
 かつての新日本プロレス、その黄金期に営業部長を勤められた大塚直樹氏に拠る“往時の回想証言録”。その稿のなかほどにA・T・ブッチャーの名が刻まれている。
 1981年、まさしく当時のプロレスファンが仰天した移籍劇にて突如、新日本プロレスが提唱したIWGPに参戦表明したA・T・ブッチャーではあったが、いざ、その2年後、1983年・第1回IWGPシリーズが開催されるに至って、参加メンバーのエントリーにブッチャーの名は無かった。
 「IWGPシリーズ後の“目玉外人”として、どうしてもブッチャーをIWGPシリーズに参戦させるわけにはいかなかった」という逸話のくだりなるものを読み綴ったとき、誠に勘考深いものが沸き立ったものだった。
 「移籍時のギャラは全日本で受けていた額に毛の生えた程度」
 「よく試合後のタニマチ(興行主)との接待にも嫌がらず参加してくれた」
 「何より地方集客においては抜群の知名度を誇った」
 「営業としての立場から眺めればまさしく“プロ”なのであり、誠に有難い存在だった」
 「日本人抗争(長州力選手の“維新革命”路線)が主流になるのは構わない、そういうものが“流行なんだろう”と理解を示してくれた」
 これら回想録なるものはブッチャーのひととなりをまさしく指し示しており、往時、揶揄する向きからは手酷く“守銭奴”“自意識過剰”“自我の塊”と陰口を叩かれたブッチャーの人間性を覗い知るうえからは想像しがたいエピソードだったろう。
 後年、そのブッチャーのクレジット・ネームが附された『プロレスを10倍楽しく見る方法』の出版を巡る故・梶原一騎氏やユセフ・トルコ氏とのいさかいはともかくとしても、ベストセラーとして爆発的に“売れた”珍現象はいかにブッチャーが往時、プロレスファンに愛された“奇特なヒールレスラー”であったかという証明にも成りえることである。
 人気がある、ということは非人気上の矢面に立たされるということの証明ではあろうが、A・T・ブッチャーが戦後沸騰した力道山以後の日本プロレス界の歴史において深くその名を刻んだ、一異人プロレスラーであったという事実は否定しきれないものだ。
 
 “ワルなのにどこか憎めない愛嬌を遇している”
 多くのファンがブッチャーのそんなプロレスファンの“嗜好癖”を誠にくすぐったレスラーであったという事実は、ヒールゆえに特筆すべき“事柄”である。
 筆者の20代以前、講談社発行の『少年マガジン』にて漫画家・河口仁氏の描くところに拠る『いとしのボッチャー』に登場する多種多様なプロレスラー像は誠に慈愛溢れるものがあって、そのデホォルメされた絵の上手さも手伝って私は当時、好んで読んだものである。
 そこかしこにブッチャーの愛嬌の良さが描かれており、私はそこに登場するS・ハンセンやT・J・シンの破廉恥ぶり、ブッチャーに対する相反ぶりがまた相応しくて愉しんで先を読み耽った記憶がある。漫画の“主役”足りえたほどの人気を誇るキャラであったという証左でもあろう。
 齢60を超え、まさに“リビングレジェンド”として未だに日本プロレスマットに上がり続けるA・T・ブッチャー。のち故・馬場氏率いた全日本プロレスマットの年末恒例“風物詩シリーズ”と化した世界最強タッグ・リーグ戦の前身、オープン・タッグ戦におけるドリー・テリー兄弟、ファンクスとのあの“串刺し”のフォークシーンは筆者においても忘れがたい“戦慄”の名シーンとして未だに記憶の一断片にある。
 善玉レスラーと対峙した時、ブッチャーのプロレスラーとしてのギミックは際立ち、そんなブッチャーをリング上で仕留めた時、往時の全日本プロレスファンはやんやと喝采を上げたものである。
 そんな筆者における、様々な往時のブッチャーに纏わり附く勘考シーンと共に、オフ・ザ・リングにおいても気さくに質問に答えてくれたブッチャーもまた“懐かしき、レジェンドレスラー”のひとりなのである。
 ・・・・・かつて焦がれるほどに絢爛たるリングを見つめておられた有識者におかれてもブッチャーのまさに今を生きる活躍ぶりには、言葉に尽くしがたい“隔世感”が伴ってもこよう。だが、ブッチャーの現在のプロレスラーとしての立ち位置は、筆者はこれはこれで良いのだ、と観念めいた思いの元、たおやかに見つめている。
 何も“リアル”ばかりを追い求めることだけが真理を得るということではないだろう。ブッチャーの存在自体は、長らく日本のプロレスファンに愛されたという一語において既に“リアル”の外(ほか)なのである。
 お決まりの「ジャンピング・エルボー・ドロップ」
 こんにちもお馴染みのフィニッシュ・シーンを経て颯爽と引き上げるA・T・ブッチャーの後ろ背を見やるとき、まさにそれはフェイクを超越した、選ばれし者だけが有する位置に存した異人レスラーなのだなという勘考が沸き立ってくる。
 ブッチャーもまた永遠を約束された“アンチ・ヒーロー”否、“スーパー・ヒーロー”そのひとりなのであった。
 
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