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▼長州力が「くりぃむナンタラ」で伝説の裏側を激白!上谷沙弥も驚いた
(C)テレビ朝日 編集部編
・上谷沙弥が長州力の証言を見届ける プロレス界の新旧をつなぐスタジオ
・「タココラ問答」の裏側 「またぐなよ」はなぜ生まれたのか
・「シュートできる」安生洋二とBreakingDownを同じ視点で見た長州力
・有田哲平が上谷沙弥を評価 プロレスを知らない層へ届く存在として紹介
・「くりぃむナンタラ」がプロレスの歴史をバラエティで掘り下げた意味
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上谷沙弥が長州力の証言を見届ける プロレス界の新旧をつなぐスタジオ

2026年9月28日、テレビ朝日系で放送された「くりぃむナンタラ」は、長州力が自身のプロレス人生を振り返りながら、これまで詳しく語られることの少なかった数々の出来事について自らの言葉で説明する特別企画となった。番組のタイトルは「上谷沙弥も衝撃の超貴重映像!!長州力があの名場面を語る!」で、出演者には長州力、スターダムの上谷沙弥、プロレス実況で知られる清野茂樹、チュートリアルの福田充徳が名を連ね、くりぃむしちゅーの上田晋也と有田哲平がMCを務めた。
今回の中心となったのは、6月に後楽園ホールで開催された「間違えたら即ファン引退SP 後楽園ホール大会」で公開された長州力のインタビュー映像である。9月30日に開催される「ワールドプロレスリングpresents有田哲平のテレ朝プロレス噺」を記念して、そのインタビューをさらに掘り下げたディレクターズカット版が地上波で放送され、長州本人が「タココラ問答」「またぐなよ」「キレてない」といった、自身のキャリアを象徴する場面について、その当時の事情や発言の真意を振り返ったのである。
長州力は現役時代から数多くの名言を残してきたが、その一方で過去の出来事を細かく説明するタイプではなく、本人が当時の状況を振り返りながら「なぜあの言葉が出たのか」を語る機会は決して多くない。だからこそ今回の番組は、単純に過去の名場面を再放送するのではなく、その場面を生み出した本人が後から意味を説明するという点で、プロレスファンにとって非常に興味深い内容になったのである。
今回の番組で特徴的だったのが、長州力の過去を振り返る映像を、現在の女子プロレス界を代表する選手の一人である上谷沙弥がスタジオで見届けたことである。
上谷沙弥はスターダム所属のプロレスラーで、2019年8月10日に後楽園ホールで渡辺桃戦を行いデビュー、2021年にはシンデレラ・トーナメントを制覇し、ワンダー・オブ・スターダム王座を初めて獲得した。その後、ワールド・オブ・スターダム王座、ゴッデス・オブ・スターダム王座、ハイスピード王座、STRONG女子王座、Regina di WAVE王座などを獲得し、現在の女子プロレスを代表する選手の一人として活動している。
さらに2025年には東京スポーツ新聞社制定のプロレス大賞で、女子選手として史上初めて最優秀選手賞、いわゆるMVPを獲得し、同時に女子プロレス大賞も受賞した。スターダムでも2025年のMVPとベストバウト賞などを獲得しており、長州力が築いてきた時代とは異なる現在のプロレス界でトップを走る存在である。
そんな上谷が長州の証言を聞くという構図は、単なるゲスト出演以上の意味を持つ。長州が1980年代から2000年代にかけてプロレス界の中心で作り上げた歴史を、現在の女子プロレスを代表する選手が目の前で知ることになり、世代の異なる2人を「プロレス」という共通項が結びつける形になったからである。
「タココラ問答」の裏側 「またぐなよ」はなぜ生まれたのか

番組で最初に取り上げられた大きなテーマが、2003年11月18日にZERO-ONEの道場で起きた、長州力と橋本真也による「タココラ問答」である。
当時の映像では、長州と橋本が激しい口調で言葉をぶつけ合い、「タコ」「コラ」といった言葉が飛び交う異様な空気が作られたことから、後に「タココラ問答」としてプロレス史に残る場面となった。しかし今回の番組では、その有名な罵声の応酬そのものだけではなく、なぜ長州がZERO-ONEの道場へ橋本真也に会いに行ったのかという、当時あまり語られなかった背景に焦点が当てられた。
長州によれば、橋本真也を新日本プロレスへ戻す話はそれまでにも何度かあり、橋本が新日本を離れた後にどうするつもりなのか、一度直接会って話しておきたいという思いがあったという。単純に橋本と衝突するために道場へ向かったのではなく、長年一緒に汗を流してきた仲間との関係を意識したうえで会いに行ったという説明であり、画面に残された激しい口論だけでは分からない長州の考えが明らかになった。
この証言によって、「タココラ問答」という言葉のインパクトだけが独り歩きしていた出来事に、人間関係や当時の新日本プロレスをめぐる複雑な事情があったことが改めて浮かび上がった。
もう一つの象徴的な場面が、大仁田厚との対峙から生まれた「またぐなよ」である。
長州力と大仁田厚の対立は2000年前後のプロレス界を大きく騒がせた出来事の一つで、長州が大仁田に向かって「またぐなよ」と言い放った場面は、長州を代表する名言として現在でも語り継がれている。
今回の番組では、「なぜ『入るなよ』ではなく『またぐなよ』という言葉になったのか」というところまで本人に質問が向けられた。
長州の答えは、極めて長州らしいものだった。
「言いやすかったから」
この短い説明によって、長州の言葉が必ずしも事前に計算され、後世に残る名言を作ろうとして発せられていたわけではないことが伝わってくる。本人にとってはその場で自然に出てきた言葉であり、それがテレビやプロレスファンの間で繰り返されることで「長州力の名言」へと変わっていったのである。
プロレスでは、選手が意図的に名言を作ることもある一方、本人は何気なく発した言葉が後になって歴史的なフレーズとして残ることもある。「またぐなよ」はまさにその代表例であり、長州本人から発言の理由を聞けたことが今回の企画の面白さになった。
長州力を語るうえで絶対に外せないのが「キレてないですよ」という言葉である。
現在では長州力のものまねやテレビ出演でもおなじみとなったフレーズだが、その原型が生まれたとされるのが1995年10月9日、新日本プロレスとUWFインターナショナルによる全面対抗戦の舞台となった東京ドームでの安生洋二戦である。
長州は安生洋二との試合後、当時のインタビューで「キレちゃいないよ」と発言し、それが後に「キレてないですよ」という形で広く知られるようになった。
今回の番組で長州は、その言葉が最初から自分の決めぜりふとして作られたものではないことを説明した。スタッフから「この時に広がった言葉があって、長州さんはこの時は本当にキレてない?」と尋ねられると、長州は「広がったんじゃない。(メディアなどが)広げたんだよ」と話し、当時の自分自身は「キレた」ということを意識していなかったと振り返った。
さらに長州は、当時「きょうキレましたか?」と聞いてきた記者に対して、「お前は何を見たの」と思っていたという趣旨の説明もしており、後世に名言として定着した言葉と、本人がその場で感じていたことにはかなりの距離があったことが分かる。
「シュートできる」安生洋二とBreakingDownを同じ視点で見た長州力

番組の中でも特にプロレスファンの関心を集めたのが、安生洋二との1995年10月9日の試合について長州本人が語った部分である。
新日本プロレスとUWFインターナショナルの全面対抗戦で行われたこの一戦は、当時のプロレス界でも大きな注目を集めた。長州は安生との試合を振り返りながら、「安生くんは“シュート”できるんだよね」と評価する一方で、安生がプロレスの基礎をさらに身につけていれば、より厳しい試合になっていたのではないかという見方を示した。
長州は「オレのマウントは取れないと思う。自分では、常に考えてリングに上がるよ」とも話しており、当時の自分が感情的になっていたわけではなく、試合の展開を冷静に考えながらリングへ上がっていたことを強調した。(
この証言で興味深いのは、長州が安生を一方的に否定しているわけではない点である。「シュートできる」と格闘技的な能力を認めながら、それだけではプロレスのリングで長時間にわたって戦うための十分な土台にはならないという考えを示している。
長州にとってプロレスは、単純に相手を倒す技術だけで成立するものではない。相手との距離、受け身、攻防、試合の組み立て、観客との空気、そして自分と相手が何を見せるのかという部分まで含めて一つの試合を作り上げるものだからこそ、「基礎」という言葉が何度も出てくるのである。