[週刊ファイト09月17日]期間 [ファイトクラブ]公開中
▼夢与えるもの、受け継がれるものたち 連載【ハイフライヤーの代償】終章
by スープレックス豪 編集部編
・8月28日代々木第二 17歳の彩桜(サイラ)が空中で回って・・・外した
・その前日8月27日の後楽園ホール 68歳佐山サトルは車椅子だった
・中2からパルクール 彩桜はプロレス以前から空中へ身体放り出す
・ドロップキックを4連発、5連発 それでも18歳は3カウントを奪えず
・佐山は1983年8月にタイガーマスクを辞めた 板挟みになったからだ
・143キロが首にかかったドラゴン・キッド 29年目でまだリングにいる
・「プロレス界から追放しろ」の声 上谷沙弥はその日から飛べなくなった
・東京ドームで負けた3日後、上谷は「ひとつ約束してやる」と言った
▼連載【ハイフライヤーの代償】1上谷沙弥、翼を封印した不死鳥
▼【ハイフライヤーの代償2】飯伏幸太とリコシェ 空中戦が生んだ2人の天才
8月28日代々木第二 17歳の彩桜(サイラ)が空中で回って・・・外した

▼7・20後楽園 叶ミク&鈴木ユラ序盤も彩桜ケブラーダ中盤
8月28日、東京・国立代々木競技場第二体育館。第3試合の8人タッグで、17歳の彩桜がスカイツイスタープレスを放った。後方宙返りに横のひねりを加える空中技。元祖はチャパリータASARIだ。彩桜は回った。そして、外した。マットに落ちた。
この日の試合結果に、その技の名前は残っていない。公式発表にあるのは10分30秒、決まり手は「一斗缶の誤爆から横入り式エビ固め」、フォールされたのはシン・広田・葛飾さくら。彩桜の空中技について報じた媒体もなかった。だからこそ、書いておきたい。
活字に残らなかったものが、映像と写真には残っている。17歳の身体が、空中で二つの向きに同時に回りながら落ちていく。

その前日8月27日の後楽園ホール 68歳佐山サトルは車椅子だった

その前日、8月27日。後楽園ホールでは、初代タイガーマスク・佐山聡がリングに上がった。車椅子だった。1981年4月、満員の蔵前国技館に「アニメのタイガーマスクが本当にやってきた」と言われた男である。空中で身体の向きを変え、落ちる場所が読めない。四次元殺法と呼ばれた。当時の日本のリングに、そんな動きをする人間はいなかった。
▼初代タイガーマスク45周年イヤーに熱狂!佐山サトルが後楽園ホールに登場
日本の飛び技は、ここから広がっていった。その男が45年後、車椅子でリングに上がった。ただし、この日は病気のためではない。「タクシーを降りる時に転んじゃいました。そのまま倒れてヒザを打って」そして、こう続けた。「昔、サマーソルトやムーンサルトでヒザを痛めて、試合を休んだんですけど、それと同じところです。昔の傷を思い出しました」
45年前に飛んで壊した場所と、同じ場所だった。「45年経った今もこうして皆さんの応援をいただいて、僕は本当に幸せです」68歳になった佐山は、パーキンソン病とも闘っている。それでも言った。「私の全盛期のような試合を皆さんにお届けしたい」45年前、日本のリングに飛ぶという概念を持ち込んだ男。その男が車椅子でリングに上がった翌日、17歳の少女が空中へ飛んだ。
中2からパルクール 彩桜はプロレス以前から空中へ身体放り出す

彩桜は2008年12月22日生まれ。現役高校生で、プロレスと並行して現在もパルクールを続けている。中学2年から始め、2023年には日本選手権女子フリースタイルU-16の年間ポイントランキング1位。シニアに上がってからも、女子フリースタイル2位、女子スピード3位になった。だから「飛ぶこと」は、この少女にとってプロレスを始めてから覚えたものではない。プロレス以前から、自分の身体を空中へ放り出してきた。
小学生のころにはセンダイガールズのプロレスサークルにも通っていた。東京へ引っ越して一度離れた。そして2026年5月23日、アップタウンでデビュー。デビュー戦でシューティングスタープレスを出した。本人は後に、「緊張しすぎてデビュー戦やってる時の記憶がなくて」と話している。6月12日には鈴木みのるとハンディキャップマッチ。シューティングスタープレスを決めても、勝てなかった。
試合後、「怖いし、痛かったです…。これがプロレスだなって勉強になりました」と話した。それでも飛ぶ。7月12日には仙女のリングに上がった。
仙女公式は、彩桜をこう紹介した。「空中殺法に注目です!」ここは重要だ。仙女に飛び技を禁止する規則などない。ただ、仙女という団体の試合を見ていると、飛ぶことが中心ではないことは明らかだ。公式サイトの王座戦歴を一件ずつ数えると、それが数字になる。シングル王座46試合で、回転する空中技による決着は1件。その1件も朱崇花で、仙女所属選手ではない。タッグ王座57試合では3件。うち2件は外部選手だった。
そして里村明衣子は5勝、橋本千紘は18勝。合わせて23勝。里村の決まり手はデスバレーボム2、スコーピオ・ライジング2、スリーパー1。橋本はオブライト14、パワーボム3、バズ・ソイヤー1。団体のベルトを最も多く動かした2人が、23回勝って、一度も回転して飛んでいない。飛ばない。しかし、それは飛べないという意味ではない。
里村は「デスバレーボム1発、2発をやっただけでは勝てない」と言う。「技を連発するというよりは、的確に、自分の技が出せるかどうか」。岩田美香は新人の頃こう話した。「その少ない技の中で、どれだけ一発一発で相手にダメージを与えられるか」仙女が大切にしているのは、空中にいる時間ではなく、相手に何を残すかということなのだろう。これは推測ではない。実際に、里村は柔道、橋本はレスリング、岩田美香は総合格闘技を土台にしてきた。橋本は、「やればやるほどプロレスの基礎はレスリングだと実感しますね」と言う。
「基礎から作り上げた強さがあって、バチバチの熱い戦いが見せられるチームが仙女だと思っています」
そんな場所に、空中を得意とする17歳が現れた。しかも仙女側から呼んだ。だから面白い。飛ぶことと、飛ばないこと。どちらかが正しいのではない。プロレスラーが、自分の身体をどう使うのか。そこに答えがある。
ドロップキックを4連発、5連発 それでも18歳は3カウントを奪えず

8月28日、同じ代々木第二体育館。第1試合には18歳の高野玲菜がいた。2026年4月に仙女へ入門。約2か月半でデビューした。公式プロフィールに書かれた得意技は「ドロップキック」。
この日の高野は、彩芽蒼空へドロップキックを4連発。彩羽匠の強烈なラリアートを受け、絶叫しながらタックルで反撃した。
そして彩羽へドロップキック5連発。フォールに入った。2カウント。返された。最後はカウンターのエルボーで沈んだ。試合後、高野は言った。「自分はドロップキックを大事にしていて、今までの試合で全然倒すことができなくてすごく悔しい。だからこそ、いつか絶対ドロップキックで相手を倒して、自分で3取れるようになりたいです」
第1試合に、跳ばない18歳。第3試合に、飛んで外した17歳。同じ会場に、二つのプロレスがあった。彩桜は高野に、「戦ってみたいな」と言った。高野は、「戦いたくないな…」と答えた。それでも最後には、彩桜の言葉に大きくうなずいた。「同期として一緒に頑張って、いつかビッグマッチができるように頑張りましょう!」まだ17歳と18歳。これから何を武器にするのかも、これから何を失うのかも分からない。ただ一つ分かっているのは、飛ぶ技を選んだ者だけが特別なのではないということだ。
リングに上がった瞬間から、全員が自分の身体を使って何かを差し出している。その先に、佐山聡がいる。