[週刊ファイト9月3日]期間 [ファイトクラブ]公開中
▼CMパンクがKオーエンズを返り討ちSmackDownベルトで殴られた夜
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by スープレックス豪
・20年目にして初めて1対1で戦った!CMパンクとケビン・オーエンズ
・本年7月6日地元シカゴ、13年ぶりのWWE王座を獲ったCMパンク
・ホッケーのゴーリーマスクで入場!当然ブーイングで迎えるトロント客
・危険! 狙うは手術で修復したばかりの脆弱なケビン・オーエンズの首
・サミ・ゼインが差し出したベルトを受け取らなかったケビン・オーエンズ
・サミ・ゼインは番組の冒頭で「不当だ」と訴えていた永遠の被害者
・コディ・ローズとランディ・オートンは触れたら王座挑戦権を失う
・父ハクを従えたMFTが初防衛、プリーストはR-トゥルースを抱きしめた
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■ WWE SmackDown
日時:8月21日(日本時間8月22日)
会場:カナダ・オンタリオ州 トロント スコシアバンク・アリーナ 観衆 17,761人
20年目にして初めて1対1で戦った!CMパンクとケビン・オーエンズ

2026年8月21日、カナダ・オンタリオ州トロントのスコシアバンク・アリーナ。WWE SmackDownのメインイベントは統一WWE王座戦、CMパンク対ケビン・オーエンズだった。
二人が一対一で戦うのは、これが初めてになる。
21年前、まだ前座だったオーエンズは「Tシャツを着て試合に出たい」と言って、このパンクに笑われた。プロならちゃんとした格好で出ろ、と。この日の会場は、オーエンズ本人が望んだ場所だった。決着は、サミ・ゼインが持ち込んだベルトで決まった。
“崇拝される男と、戻ってきた首”
<第4試合 統一WWE選手権試合>
[王者]○CMパンク
ゴー・トゥ・スリープ
[挑戦者]●ケビン・オーエンズ
※パンクが防衛
オーエンズの復帰はサマースラムで、今夜が復帰2試合目だった。最後に世界王者になったのは10年前になる。ケベック州マリエヴィル出身のオーエンズにとって、トロントは母国である。この一戦は、プレミアム・ライブ・イベントではなくSmackDownで組まれた。この街を選んだのはオーエンズ本人で、理由をこう話している。
「客がすごいというだけじゃない。そこが俺の最後の試合、自分では最後だと思っていた試合をやった場所だからだ」
もうひとつ、両親が来られる。母親は体調の問題で遠くまで足を運べなくなっていたが、モントリオールからトロントなら車で来られる。
「ユニバーサル王座を獲ったとき、妻も、子どもたちも、両親も、テレビで見ていた。その場にはいなかった」
今度は目の前で見せるつもりだった。オーエンズが最後だと思って戦ったその試合が、2025年3月1日、ロジャースセンターのエリミネーション・チェンバー。相手はサミ・ゼイン、反則もカウントアウトもないアンサンクションド・マッチで、オーエンズはこのとき、すでに首を痛めていた。試合後、まだ攻撃をやめないオーエンズを止めに現れたのがランディ・オートンだった。翌4月に負傷を公表し、首の固定手術を受けて17か月休場した。
二人が最初に揉めたのは2005年4月、アメリカのインディー団体リング・オブ・オナーにて。パンクはそこのトップで、オーエンズはケビン・スティーンと名乗る新人だった。当時のアメリカでは、シャツを着たまま試合をするのはプロらしくないと見られていた。スティーンは団体から上半身裸のタイツ姿で出るように言われていて、Tシャツで試合をさせてほしいと頼んでいた。
パンクはこの団体のトップで、控室に影響力があった。スティーンはその頃、試合の評判が悪かった。パンクはそのTシャツの件を試合前にからかった。その日の試合もよくなかった。控室に戻ってきたスティーンが「これで満足か?」と皮肉を返すと、パンクは同業者で埋まった控室の全員の前で、無礼だと怒鳴りつけた。スティーンは殴り返そうかと考えて、やめた。「わかった、あんたが正しい。すまなかった」この団体に残りたい気持ちが、そのときは勝った。

8月14日のSmackDownで、オーエンズはこの話を持ち出した。コルト・カバナやヤング・バックスを含めて、パンクは友人を粗末に扱ってきたと並べたうえで、こう言った。
「あのとき殴っておけばよかったと、今でも思ってる」
パンクの言い分は違う。控室で先に怒鳴ってきたのはスティーンのほうだ、それはお前に都合のいい話だ、と。オーエンズはパンクを「偽物だ」と呼んだ。ここへ戻ってきて全部を正したのは、他に選択肢がなかったからにすぎない、と。パンクは「20年前とまったく同じ男にしか見えない」と返した。
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本年7月6日地元シカゴ、13年ぶりのWWE王座を獲ったCMパンク

パンクは47歳になる。この王座を巻いたのは2026年7月6日、地元シカゴのRAWだった。サミ・ゼインから奪って3度目の戴冠になる。WWE王座を持つのは13年ぶりである。パンクとシカゴの関係は深い。2011年7月17日、シカゴ郊外ローズモントのオールステート・アリーナで行われたマネー・イン・ザ・バンクで、ジョン・シナを破ってWWE王座を獲っている。
パンクの契約はその日の深夜0時に切れることになっていた。
「ベルトを持って出ていく」と予告していた通り、パンクはベルトを抱えて会場を出た。街でそれを掲げている姿が撮られている。
その後の王座保持は434日に及び、2013年のロイヤルランブルでザ・ロックに明け渡すまで、当時の近代最長だった。2014年1月27日、パンクはビンス・マクマホンとトリプルHに「家に帰る」と告げて出ていった。同年6月13日、AJリーとの結婚式の日に解雇通知が届いている。
ビンスはのちに「大きな会社では法務が現場のことを知らないことがある」と釈明し、謝罪した。パンクはその謝罪を受け入れていない。上辺だけだ、売名だ、と切り捨てている。WWEに戻ってきたのは2023年である。今回の王座は、その延長線上にある。
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ホッケーのゴーリーマスクで入場!当然ブーイングで迎えるトロント客

パンクはホッケーのゴーリーマスクを被って入場した。白いジャケットに赤い星、ソックスは白と赤と黒。シカゴ・ブラックホークスの色だ。トロントはメープルリーフスの街だ。実況は試合中、この街のホッケーチームが1967年から優勝していないことにも触れている。
客席からはブーイングが飛んだ。実況は「あの入場曲に対する、いつもの反応ではない」「ここはスイートホーム・シカゴではない」と話した。
試合はオーエンズが攻めて始まった。20年握りしめてきた拳、20年以上のキャリアで最大というクローズライン、バリケードからのボディアタックで放送席を突き破る。だが実況は、17か月の空白を気にしていた。それだけ試合から離れていた体が、この長さの試合に耐えられるのか。
危険! 狙うは手術で修復したばかりの脆弱なケビン・オーエンズの首

パンクはそこを突いた。狙ったのは、オーエンズの首である。手術で修復した場所だ。オーエンズは何度も自分の首に手を伸ばした。実況は「問われているのは持久力だけではない。あの首が、どれだけ強いのか」と言った。
ここで一つ、思い出しておきたいことがある。オーエンズには封印した技がある。「スティーナライザー」パワーボムの体勢から相手の首を抱え込んで後ろへ倒れ込む強烈な技だ。ケビン・スティーンと名乗っていたインディー時代の決め技。WWEに上がってから、この技は一度も出していない。サミ・ゼインはこう話している。「あれがWWEに来ることはないと思う。あの技は相手を選ぶ。WWEにはああいう体格の相手がそう多くない」そして、こう続けた。「安らかに眠れ」
相手の首を落とす技を自分で封じた男が、いま自分の首を狙われている。パンクが仕掛けたアナコンダバイスは、天山広吉が2003年のG1 CLIMAXで、V1アームロックと袈裟固めを組み合わせて作った。その天山は6日前の8月15日、両国国技館で35年の現役に幕を引いたばかりだ。オーエンズは丸め込みに切り返して逃れた。パンクがゴー・トゥ・スリープを狙う。
オーエンズはそれを膝で捕まえて切り返し、そのまま相手の脚を折り畳んだ。そこからブレッド・ハートを彷彿させる蠍固め、二人同じくしてビンス・マクマホンと親交があり、ブレッド・ハートはモントリオール事件でも知られる通りマクマホンに裏切られ、オーエンズはマクマホンに憧れていたというのもまた不思議な縁である。もちろん会場がその蠍固めに沸いた。パンクは這ってロープに指をかけ、オーエンズが技を解くと、今度はパンクへブーイングが起きた。