[週刊ファイト08月06日]期間 [ファイトクラブ]公開中
▼”令和の極悪女王”上谷沙弥が『しくじり先生』登壇 大きな反響
(C)PR TIMES/ABEMA buffy0628 編集部編
・上谷沙弥が波乱万丈の半生を赤裸々告白
・念願のアイドル合格から一転 女子プロレス練習生に
・家族との激しい衝突と「家庭崩壊寸前」の日々
・11連敗から女子プロレス界の頂点へ 中野たむとの運命の一戦
・SNSも大反響 「泣いた」「勇気をもらった」の声が続出
・上谷沙弥が築き上げた唯一無二のレスラー人生
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上谷沙弥が波乱万丈の半生を赤裸々告白

スターダムのワールド・オブ・スターダム王者であり、H.A.T.E.の中心選手として”令和の極悪女王”の異名を取る上谷沙弥が、ABEMAの人気バラエティー番組『しくじり先生 俺みたいになるな!!』へ出演した。7月10日放送の前編と7月17日放送の後編にわたり、「何者かになりたい人がしくじらないための授業」をテーマに、自らの人生を包み隠さず語り尽くした内容は、プロレスファンだけでなく一般視聴者にも大きな反響を呼んでいる。
現在の上谷といえば、黒を基調としたコスチュームに身を包み、リング上では対戦相手を容赦なく痛めつけるヒールレスラーとして圧倒的な存在感を放つ一方、女子プロレスラー史上初となるプロレス大賞MVP受賞を果たすなど、名実ともに女子プロレス界を代表するトップスターである。しかし番組で明かされたのは、そんな現在の姿からは想像もつかないほど挫折と苦悩に満ちた人生だった。
授業の冒頭で上谷は、自分自身を「何者にもなれなかった人間だった」と振り返る。幼少期からダンスへ打ち込み、全国大会優勝や世界大会準優勝という実績を残し、高校時代にはEXILEのサポートダンサーとして大舞台へ立つなど華々しい経歴を持ちながら、それでも「スポットライトを浴びる存在になりたい」という夢は満たされず、アイドルや俳優のオーディションへ挑戦し続ける日々が続いたのである。
しかし、その挑戦は決して順風満帆ではなかった。番組では100回を超えるオーディションへ応募しながら落選を繰り返した過去を明かし、「何者かになりたい」という漠然とした思いだけを抱えながら、自分の進むべき道を見失っていた当時の苦しみを率直な言葉で語った。その中で唯一、大きな転機となったのが倍率250倍を突破して加入したバイトAKBだったが、それも期間限定の活動で終了。その後もアイドル活動を続けようと新たなグループへ所属するも、運営トラブルや契約問題に巻き込まれるなど、思い描いていた芸能人生とは程遠い現実に直面することになる。
それでも上谷は夢を諦めなかった。芸能界で生き残るため必死にもがき続ける中、「ヒャダインさんが楽曲提供するプロレスアイドルグループ」の募集を見つけたことが、その後の人生を大きく変える運命の分岐点となる。当時はプロレスを一度も見たことがなく、リングへ上がることなど想像もしていなかったという上谷だったが、「何者かになりたい」という強い思いだけを胸にオーディションへ挑戦したことが、後に女子プロレス界の頂点へ駆け上がる物語の始まりだった。
番組ではリング上で見せる冷酷な”令和の極悪女王”とは対照的に、当時の不安や迷い、何度も夢を諦めそうになった胸の内を素直に語る姿が印象的だった。現在ではワールド・オブ・スターダム王座を戴冠し、H.A.T.E.の象徴として女子プロレス界を牽引する存在となった上谷だが、その裏には数え切れない失敗と遠回り、そして何度挫折しても立ち上がり続けた努力が積み重なっていたのである。
番組タイトルが示す”しくじり”とは単なる失敗談ではなく、自分自身の弱さや迷いを乗り越えて現在へたどり着くまでの歩みを振り返る時間となった。ヒールレスラーとしてブーイングを浴びる姿しか知らなかった視聴者にとっても、上谷沙弥という一人の人間の生き様を知る貴重な機会となり、女子プロレス界を代表するスターが全国放送級の人気番組でその人生を語った意義は極めて大きかったと言えるだろう。
念願のアイドル合格から一転 女子プロレス練習生に

番組後半で最も大きな反響を呼んだのが、上谷沙弥が女子プロレスラーになるきっかけとなった”騙されたようなプロレス入り”の真相である。現在ではスターダムを代表するトップレスラーとしてリングに立ち、ワールド・オブ・スターダム王座を戴冠するまでになった上谷だが、その出発点は決して「プロレスラーになりたかった」という夢ではなかった。
アイドルオーディションへの挑戦を何度も繰り返しながら結果を残せずにいた上谷は、ある日「ヒャダインさんが楽曲提供するプロレスアイドルグループ」のメンバー募集を見つける。当時の本人は年齢的にも「何者かになれる最後のチャンス」だと考え、母親にも相談せず応募を決断したという。面接では「プロレスっぽい振りはあるけど痛いことはやらないから安心して」と説明を受け、それを信じてオーディションへ臨んだ結果、念願だったアイドルグループへの加入を勝ち取ることに成功した。
ようやく夢への扉が開いたと思われたが、その生活は長くは続かなかった。お披露目ライブからわずか2か月後、気が付けば自分は女子プロレスのリング上で練習生として汗を流していたのである。番組ではその状況を「なぜかリング上で女子プロレスの練習生になっていた」と苦笑交じりに振り返り、スタジオの笑いを誘ったが、当時の本人にとっては決して笑い話では済まされない現実だった。
他の練習生とは事情がまったく異なっていた。レスリング経験はもちろん、プロレスそのものをほとんど知らない状態で飛び込んだ上谷に対し、本気でプロレスラーを目指してきた練習生たちや熱心なプロレスファンの視線は決して優しいものではなかった。「生半可な気持ちでやってることに対して、風当たりはものすごく強かった」と当時を振り返った言葉には、孤独な日々を過ごしていたことが率直に表れていた。
それでも上谷は途中で逃げ出さなかった。「プロレスを頑張ればこのアイドルグループも売れる」と信じ、自分にできることを必死に積み重ねていく。母親には内緒で毎日腕立て伏せ125回、フルスクワット200回という過酷なトレーニングを自ら課し、プロレス未経験者とは思えないほど猛烈な努力を続けたのである。幼少期から培ってきた器械体操やダンスによる高い身体能力も、この頃から少しずつプロレスラーとしての資質を開花させ始めていた。
しかし、その努力はやがて家族との大きな衝突を生むことになる。SNSへ投稿された写真から練習生として活動していることが母親へ知られてしまい、「今すぐやめなさい」と激怒されたのである。娘が毎日傷だらけになって帰宅する姿を目の当たりにした母親は、「沙弥にはずっと健康でいてほしいから…」と涙ながらに訴えたという。当時の上谷にとっては夢を追い掛けたい自分と、娘を心配する母親との間で板挟みになる苦しい日々だった。
それでも上谷は自ら選んだ道を貫き続けた。誰よりも練習を積み重ねた結果、練習生となってからわずか半年という異例のスピードでスターダムのプロテストへ挑戦し、一発合格という快挙を達成する。当時からダンスで培った運動能力や空中感覚は群を抜いており、周囲もその身体能力の高さへ驚きを隠せなかったという。
現在ではフェニックス・スプラッシュを代名詞とする空中殺法や、高い身体能力を生かしたダイナミックなファイトスタイルで世界中のファンを魅了している上谷沙弥だが、その原点は「プロレスをやるつもりではなかった少女」が、自分自身の居場所を見つけるため必死にもがき続けた日々にあった。今回の『しくじり先生』では、その知られざる原点が本人の言葉によって初めて詳しく語られ、多くの視聴者へ強い印象を残す内容となったのである。
家族との激しい衝突と「家庭崩壊寸前」の日々

プロレス未経験の状態からスターダムの練習生となった上谷沙弥は、周囲から向けられる厳しい視線をはね返すように練習へ没頭していく。番組では「プロレスを頑張ればこのアイドルグループも売れる」と本気で信じていた当時の思いを振り返り、誰よりも努力することで自分の存在価値を証明しようとしていた胸の内を明かした。
その練習量は想像を超えるものだった。母親には心配を掛けたくないという思いからプロレスの練習を続けていることを隠しながら、毎日腕立て伏せ125回、フルスクワット200回という過酷なメニューを自ら課し、さらにスターダムの厳しい基礎練習もこなしていった。幼少期から続けてきたダンスや器械体操で培われた高い運動能力はあったものの、受け身やロープワーク、打撃、関節技などプロレス特有の技術はすべて一から覚えなければならず、肉体的にも精神的にも極限の日々だった。
しかし、その努力を続ける中で隠し通していた事実が思わぬ形で家族へ知られてしまう。SNSへ投稿された練習生時代の写真を母親が見つけ、娘がプロレスラーを目指していることを知ってしまったのである。母親は「今すぐやめなさい」と猛反対し、毎日傷だらけで帰宅する娘の姿を見るたびに胸を痛め、「沙弥にはずっと健康でいてほしいから…」と涙ながらに訴えたという。
母親の気持ちも当然だった。一般的な親であれば、危険と隣り合わせの女子プロレスという世界へ娘が飛び込むことを簡単に受け入れられるものではない。一方で上谷自身は、ようやく見つけた自分の居場所を失いたくないという思いが日に日に強くなっていた。夢を追う娘と、その身を案じる母親。双方が真剣だったからこそ、互いに譲ることができなかったのである。
さらに事態は家族全体を巻き込むことになる。父親は娘の意思を尊重し、「本人が決めた道なら応援したい」という立場を貫いたため、家庭内では両親の意見が真っ向から対立するようになった。番組で上谷は当時を「家庭崩壊寸前」と表現しており、毎日のように両親が激しい口論を繰り返す状況だったことを明かしている。
その空気に耐えられなくなった上谷は、プロレスデビューを迎えるまで祖母の家へ身を寄せることを決断する。夢へ向かって努力しているはずなのに、それが原因で家族が壊れそうになってしまう現実に苦しみながらも、それでもプロレスラーになる夢だけは諦めることができなかった。