甘井もとゆきを偲ぶ会 チャクリキ協会ノブ・ハヤシ代表、藤原敏男らが追悼

■ 日本チャクリキ協会 主催
 『甘井もとゆき氏を 偲ぶ会』
日時:6月28日(日)
会場 : 闘道館 東京都豊島区巣鴨2-5-12 JR山手線巣鴨駅北口より1分


 心に染みる魂のこもった追悼の会であった。宗教の形式もありどうしても型にはまったものになりがちな葬式とは異なり、文字通りの「偲ぶ会」である。関係者が故人に語りかけるなど、記憶に残る味わい深いものになった。

 事前のお知らせにあった『甘井氏にとって最愛の師「(故)アントニオ猪木 氏」との思い出の場所、そして大好きなプロレスに囲まれた場所で偲ぶ会が出来る事が故人にとって嬉しい事なのではないかと思い「闘道館」での開催』の通りとなり、これで甘井もとゆきさんは天国でアントニオ猪木とこの光景を見守ったに違いない。


(以下、敬称略)
 司会・進行はISKA日本支局代表の中崎寿光。黙祷に続いて、チャクリキ協会ノブ・ハヤシ代表、『火の国格闘伝説 LEGEND』大会を熊本で開催している大竹喜代巳。康心舘 師範・辰野勇人は酔っぱらって夜中に電話してきたりと、衝突した思い出も披露した。


 幼馴染であり、小学校、中学校の同級生である村岡幹雄は『チャクリキ 19』まで手掛けたプロモーターであるが、いかに興行が大変かを語った。実際、コロナのせいで四国大会が中止になったこともある。
 2日前まで甘井さんと電話していたが、プロレスラーの佐野直から電話が繋がらないと連絡を受け、携帯を鳴らしてみたらお互いが「どちらさんですか?」となって警察が自宅に来ていることを知ったという。肉親は弟さんがいるが、当初は「公表しないでくれ」だったそうだ。


 競技統括部長の北野大和は現在MAキックも担当している。元ボクサーの西島洋介は、PRIDEやK-1 Dynamiteで総合格闘家に転向するも負け続きに。甘井さんのプロデュースで2013年11月17日、熊本県の益城町総合体育館にて開催された『LEGEND4』にてボブ・サップとの引退試合を行い、1R KO勝ちにて有終の美を飾った件を「3度も引退試合」と笑わせた。一緒にトレーナーもマイクを握っている。

次は俺・藤原敏男ツーショット殺到 A猪木「一番強かったのはアンドレ」

 GRACHANの岩崎ヒロユキ代表など、全員を紹介していたらキリがないがないため割愛することをお許し願いたい。ただ、各自が故人の思い出を語ることで、『甘井もとゆき氏を 偲ぶ会』が意義のある内容だったことは強調して足りない。

 10カウントに続き、イノキボンバイエが大き目に流れた一旦の終了後、ひっきりなしにツーショットをせ流れていたのは岩手県の誇るスター藤原敏男先生である。「次は俺だから」と笑わせていたんだが・・・。
 アントニオ猪木の話も当然ながら出てきたのだが、「一番強かった相手は誰か?」とぶしつけに聞いたところで、時と場所、相手がヨカタなのか業界人かによっても違ってくるのだが、「アンドレ・ザ・ジャイアント。サッカーもやっていて俊敏なんだ」と答えた話が妙に耳に残った日曜の午後だった。