[週刊ファイト07月09日]期間 [ファイトクラブ]公開中
▼イリエマン独占手記:拝啓 アントニオ猪木様 偉大なる先人達へ愛をこめて
・1976年6月26日 アントニオ猪木vs.モハメド・アリより50周年2026
・猪木対アリ50周年記念世界格闘技の日スペシャルマッチ3分3R
・昨年の猪木・アリ戦ルールの挑戦では、最前列に永島氏の遺影
・1997年10月11日 キングダム高田延彦vs.ヒクソン・グレイシーPRIDE
・30年目の来年2027年10月11日にヒクソン・グレイシーと戦うこと
・キングダムエルガイツ所属青コーナー超人イリエマン タイヤファイト創始者
超最難関な挑戦と言われながら、50年の史上初となる猪木・アリルールで勝利した超人イリエマン。歴史的勝利の中にはどんな思いが隠されていたのか? 試合直後の本人の手記を掲載する。
1976年6月26日 アントニオ猪木vs.モハメド・アリより50周年2026
1976年6月26日。
この日、世界中を揺るがすセンセーショナルな格闘技の試合が日本で行われた。
アントニオ猪木vs.モハメドアリ
東洋のプロレスラーであるアントニオ猪木と現役のボクシング王者があいまみえるという構図は当時ありえないことであり、それはアントニオ猪木側が莫大な資金を用意し実現に漕ぎつけた奇跡だった。

総合格闘技の礎を築いたとも言われる闘いの主なルールは、「1.立った状態でのキック禁止」「2.ロープに触れた相手への攻撃禁止」「3.頭突きや肘打ちなども禁止」などの制限が存在する。これらのルール規制により、アントニオ猪木は得意技をほとんど使えない状況で試合に挑んだが、結果はフルラウンドドロー。ボクサー対レスラーによる夢の対決は“世紀の凡戦”とまで言われ、酷評される顛末となる。

過去、このルールに挑んだプロレス格闘技側の戦士は三名。当のアントニオ猪木氏本人と田村潔司選手。そして私こと超人イリエマン。
昨年、一度このルールを経験した者から一言で言うと、まさに試合は“水と油”

打撃のプロフェッショナル相手に、しかも殺傷力ある6オンスグローブでこれに挑むことは真の自殺行為でしかないと感じた。タックルが封じられ、しかもフリー・ロープエスケープが認められている状態は攻撃方法が物理的に成り立たず、レスラー側の立場からしたら完全に詰んでいる。

50年の長い月日、勝者がいなかったこのルール。
まさに奇跡の勝利と書きたてられたが、俺は2度目の挑戦で勝つことができた。
猪木対アリ50周年記念世界格闘技の日スペシャルマッチ3分3R
トリプルメインイベント第22試合3分3R
猪木対アリ50周年記念世界格闘技の日スペシャルマッチ3分3R
●中森宏(ヨックタイジム/元プロボクシング日本ライト級1位)
VS
○超人イリエマン(キングダムエルガイツ)
1R 21秒 アームバー
21秒、アームバーでの1本勝ち。
瞬く間の秒殺劇に聞こえるが、簡単では決してなかった。

自身2回目となるこの最難関ルールで試合に挑むことになった俺は、この戦いに必勝を期していた。ロープエスケープを防ぐ形での極め技アナコンダツイストの開発や、猪木・アリ状態からの膠着に対応した、手と足で身体を支え宙に背中を浮かせた状態、クモ状態からカーフや顔面へのキックをタランチュラ攻撃と名づけ準備するなど万全を期して臨んだ。
元プロボクシング日本ライト級1位の中森宏選手は、ベルトには手は届かなかったものの、マニアにはハードパンチャーと知られている名選手。正直、結果が出るのが怖かった。もし負けでもしたらインディーズ選手の俺は、何と言われるのか。

昨年の猪木・アリ戦ルールの挑戦では、最前列に永島氏の遺影
昨年永眠した、平成の仕掛け人と言われ新日本プロレスで猪木の右腕だった永島勝司氏は、そんなインディーズ界で苦しむ俺の相談を受け、助言し続けてくれていた。昨年の猪木・アリ戦ルールの挑戦では、最前列に永島氏の遺影を掲げながらも無念のドロー判定となっている。今年は勝利し、永島氏の眠る大法禅寺へ報告に行くと決意を固めていた。
▼猪木対アリ戦49年ぶりの再現は引き分け決着 6・26世界格闘技の日
’25年07月03日期間ウナギ・サヤカ岩田美香 火祭り ノア月曜 イリエマン 全日本キック
