[週刊ファイト6月18日期間] [ファイトクラブ]公開中
▼アントニオ猪木vs.モハメド・アリから50年、異種格闘技戦とケンカ幻想
by 安威川敏樹
・プロレスに造詣が深かったプロ・ボクサー、ガッツ石松さんが逝去
・正反対の格闘技、プロレスラーとボクサーが闘うことの必要性
・ハルク・ホーガンvs.シルベスター・スタローンの『異種格闘技戦』
・プロレスこそ最強の格闘技だ! A猪木のロマンとコンプレックス
・A猪木と力道山にはあり、G馬場にはないもの
・ケンカ強さが格闘技を制す! プロレスvs.極真空手の過激な闘争
・「ボクシングでは負けたがケンカに勝った」で激怒
元プロ・ボクサーでタレントのガッツ石松さんが6月2日、肺炎のため76歳で亡くなっていたことが判った。常にお茶の間を楽しませてくれたガッツさん、謹んでご冥福をお祈りいたします。
ガッツさんはプロレスにも理解があり、アントニオ猪木vs.レオン・スピンクスの異種格闘技戦でレフェリーを務めた。そして50年前の『あの試合』を、新間寿氏の隣りで観戦していたという。
『あの試合』とは1976年6月26日、東京・日本武道館で行われた伝説のファイトのことだ。アントニオ猪木vs.モハメド・アリの異種格闘技戦である。この頃の猪木はプロレスのNWF世界ヘビー級王者、アリはプロ・ボクシングのWBA・WBC統一世界ヘビー級王者だった。
結果は15ラウンド(当時のプロ・ボクシングの世界戦は15ラウンド制だった)で判定の末に引き分け。当時は世紀の大凡戦と酷評されたが、近年になってあれは真剣勝負ゆえの名勝負だったと評価は一変されている。本当に真剣勝負だったのか否かは、下記の書物をご覧いただきたい。

▼プロレス芸術とは 揺れる真実徹底検証! 猪木vsアリ戦の”裏”2009&2016-40周年
▼しし丸YouTubeタダシ☆タナカの真『アントニオ猪木vs.モハメド・アリ』
正反対の格闘技、プロレスラーとボクサーが闘うことの必要性
そもそも、両者はなぜ闘わなければならなかったのか? もっと言えば、プロレスラーとボクサーが闘う必要なんてあるのか? ということである。
プロレスとボクシングほど、対照的な格闘技もあるまい。プロレスは拳でのパンチは(建前上)反則となっており、一方のボクシングは拳でのパンチしか攻撃が認められていないのだ。
そんな両格闘技を同じ土俵(相撲という意味ではなく比喩的な表現)で闘うこと自体に無理がある。たとえば、手を使えないサッカーと、手しか使えないバスケットボールではどちらが強いか、と言っているようなものだ。サッカーvs.バスケットなどという『異種球技戦』を実現させようとするバカなんていないだろう。あ、バラエティー番組の企画ではありそうだが。
それに、猪木は素手で闘い、アリは両手にグラブをはめるという時点で、既に公平性が失われている。つまり、試合として破綻しているのだ。ガッツ石松さんも「ボクシングとプロレスは水と油」と語っていた。
サッカーとバスケは球技だからともかく、格闘技で言えば柔道着のみの柔道家と、竹刀を持って防具を着けた剣道家が試合なんてできるか? それで、どちらが強いかなんて誰も言うまい。
え? 上田馬之助が竹刀で素手のアントニオ猪木を襲った?? あれはプロレス上の演出なので許してやってください。
話を元に戻すと、アリが両手の自由が利かないグラブをはめているだけで、大きなハンディである。とはいえ、アリが素手だったら公平かと言えば、そうとも言えない。
おそらく、素手だったらアリは猪木を殴れなかっただろう。なぜなら、ボクサーは素手で人を殴るなんて経験はしていないからだ。
ボクシング・グラブは安全性のため、パンチの破壊力を弱める効果がある。逆に言えば、ボクサーが素手で殴れば、その威力はハンパない。
そのため、ボクサーのパンチは凶器とみなされるのだ。ボクサーが素人を殴ったりすると、凶器で殴ったのと同じ刑罰が下される。
シルベスター・スタローン監督&主演の映画『ロッキー3』に、ハルク・ホーガンが出演していたのを憶えている人も多いだろう。スタローン扮するボクシング世界ヘビー級王者のロッキー・バルボアが、ホーガン演じるプロレス世界王者のサンダー・リップスと闘う。
序盤はホーガン(この方がリップスよりイメージが湧きやすいのでそう書く)がパワーでロッキーを圧倒するが、身の危険を感じたロッキーが途中からグラブを外し、互角となった。両手が自由になったロッキーはホーガンをスリーパー・ホールドで絞めあげ、両手はバンデージのみで威力の増したパンチを叩き込み、さらにはホーガンの巨体をボディースラムで投げ飛ばす。
▼映画『ロッキー3』でハルク・ホーガンにネック・ハンギングされるシルベスター・スタローン

だが実際には、両手にバンデージを巻いているとはいえ、素手で相手を全力で殴るなんて、ボクサーは怖くてできないだろう。何が怖いのかと言って、相手を大怪我させることよりも、自分の拳が破壊されるのが怖いのだ。
ボクサーのパンチ力は、空手家やキックボクサーとはワケが違う。攻撃ではパンチを打つ練習しかしていないのだから当たり前だ。普段はグラブで拳を守られているからこそ全力で打てるのであって、素手だと骨折するリスクが高い。
したがって、アリが素手だったとしても、猪木と同じ条件とは言えないだろう。自分の得意とするパンチを全力で打てないのだから、自らの攻撃を封じられているのと同じである。
しかし、グラブをはめたとしても、当然のことながら前述のように素手の猪木と同条件ではない。要するに、プロレスvs.ボクシングの真剣勝負なんてナンセンスなのだ。

プロレスこそ最強の格闘技だ! A猪木のロマンとコンプレックス
そもそも、アントニオ猪木はなぜモハメド・アリと闘ったのか? その点については上記の『プロレス芸術とは 揺れる真実徹底検証! 猪木vsアリ戦の”裏”2009&2016-40周年』をお読みいただくとして、問題は『アントニオ猪木はなぜ異種格闘技戦を連発したのか?』である。
多くの人は「アリ戦で被った莫大な借金返済のためだろう」と答えるだろうが、それを言っちゃあミもフタもない。「プロレスこそ最強の格闘技だということを示すための、猪木のロマンだ!」と言うのがプロレス・ファンとしては正しい答えだ。