[ファイトクラブ]天山広吉 引退発表!新日本一筋35年“猛牛”が両国でラストマッチへ 

[週刊ファイト05月21日]期間 [ファイトクラブ]公開中

▼天山広吉 引退発表!新日本一筋35年“猛牛”が両国でラストマッチへ
 photo by 西尾智幸 編集部編
・天山広吉 引退発表:「プロレスラーになれて良かった」
・引退発表にファン涙!“猛牛”への感謝と8.15両国への期待広がる
・天山広吉という“猛牛”の生き様:泥臭く、熱く、愛された第3世代の象徴
・天山広吉はなぜ愛されたのか:芸能界でも唯一無二だった新日本の名物男


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天山広吉 引退発表:「プロレスラーになれて良かった」

 新日本プロレス“第3世代”を代表する名レスラー、天山広吉が2026年8月15日『G1 CLIMAX 36』両国国技館大会を最後に現役引退することを発表した。5月11日、東京都内の新日本プロレス事務所で記者会見が行われ、棚橋弘至社長同席のもと、自らの言葉で決断を語った。

 会見場に現れた天山は、静かな口調で「プロレスラー生活35周年になりますが、今年8月15日、現役を引退することを決めました」と報告。長年抱えてきた腰椎・黄色靱帯骨化症によるダメージ、昨年受けた腰椎手術後も残る下半身のしびれやフラつきについて説明し、「リング上で最低限見せなければならないものを、お客様に提供できる自信がなくなった」と率直な胸中を明かした。

 それでも、この日の天山は最後まで“天山広吉”だった。湿っぽく終わるのではなく、どこか人間味あふれる笑いも交えながら、自らのレスラー人生を振り返った。

「1990年3月に入門して、2日目に夜逃げしたんですよ(笑)。それで5月11日に再入門したんです」

 橋本真也、獣神サンダー・ライガー、長州力らが全盛だった時代。「嫌なことばかりだった」と苦笑しつつも、「右も左もわからない新弟子が、ここまでやれたのは奇跡みたいなもの」と語る姿には、多くの記者が聞き入った。


 そして、何より印象的だったのは“新日本愛”だった。

「やっぱり新日本が一番。他団体を考えたこともない。新日本でやってこれて本当に幸せです」

 この言葉に、35年以上リングを見続けてきたファンは胸を熱くしたはずだ。

 天山は1991年デビュー以来、新日本プロレス一筋。IWGPヘビー級王座4度戴冠、G1 CLIMAX3度優勝、“猛牛”の異名と共に団体の激動期を支え続けた。蝶野正洋との“蝶天タッグ”、小島聡との“テンコジ”は時代を象徴する名コンビとして今なお語り継がれている。

 特にテンコジは、新日本暗黒期と呼ばれた時代にファンを支え続けた存在でもあった。泥臭く、熱く、真っ直ぐ。そんな天山のファイトスタイルは、派手な技巧とはまた違う“感情を動かすプロレス”そのものだった。

 会見で天山は、ラストマッチへの思いも明かしている。

「最後にエキシビションでも、5分でも10分でも試合できれば。しっかり身体を作って、リングにはパンツ一丁で出たい。熱い戦いを見せたい」

 そして対戦相手について聞かれると、少し笑みを浮かべながらこう口にした。

「天山広吉と言えばやっぱりあの男かな……“いっちゃうぞ”かな……」

 もちろん、盟友・小島聡を示唆する発言だ。しかも天山はタッグではなく、“1対1”を強く希望。テンコジとして長年並び立ってきた2人が、最後にシングルで向き合う可能性が一気に高まった。

 同席した棚橋弘至社長も、時折声を震わせながら天山への思いを語った。

「復帰を目指してリハビリを重ねてまいりましたが、現役続行は難しいと本人より申し出があり、会社として引退を受理いたしました」

 棚橋自身、幼少期から見てきた“憧れの世代”の引退発表だけに、感情を抑えきれない様子も見えた。

 ただ、新日本プロレスとの関係が終わるわけではない。引退後も新日本所属のまま活動を継続。芸能活動や後進育成など、“天山広吉”という存在感を生かした役割を担っていくという。

 SNSでは発表直後から「まだ信じられない」「テンコジ世代として泣いた」「猛牛の引退は時代の終わり」「天山がいたから新日本を見続けられた」と惜別の声が殺到。「蝶天」「テンコジ」「G1優勝」「蒙古タンメン」など、ファンそれぞれの“天山の記憶”が次々と投稿されている。

 その一方で、「最後は絶対に両国へ行きたい」「小島とのシングルを見届けたい」「最後まで天山らしく暴れてほしい」と、8月15日のラストマッチへ向けた期待も非常に大きい。

 派手さよりも、ひたすら熱さで観客の心を動かしてきた男。新日本プロレスが苦しい時代もリングに立ち続け、“猛牛”の名の通り前へ進み続けた天山広吉。その最後の雄叫びが、今夏の両国国技館に響き渡る。

引退発表にファン涙!“猛牛”への感謝と8.15両国への期待広がる

 天山広吉の現役引退発表は、プロレス界だけでなくSNS上にも大きな衝撃を与えた。発表直後からネットでは関連ワードが急上昇。「天山」「テンコジ」「猛牛」「蝶天」など、長年ファンに愛されてきたキーワードが次々と並び、改めてその存在の大きさを感じさせている。

 全体の空気としては、批判や否定ではなく、“惜別”“感謝”“寂しさ”が圧倒的多数を占めているのが印象的だ。

「ついにこの日が来てしまったか」「また一つ時代が終わる」「新日本一筋35年、本当にお疲れ様でした」――そんな声がタイムラインを埋め尽くした。

 特に多かったのが、“感謝”を伝える投稿だ。

「プロレスラーになれて良かった、という言葉に泣いた」「苦しい時代も新日本を支えてくれた」「猛牛の泥臭いファイトが大好きだった」「テンコジで新日本を見始めた世代だから本当に寂しい」など、天山のキャリアそのものに人生の思い出を重ねるファンが非常に多い。

 また、“テンコジ”“蝶天”といった名タッグ時代を振り返る投稿も相次いでいる。

「小島とのテンコジは青春」「蝶野との蝶天は怖くてカッコよかった」「G1での天山は本当に熱かった」「モンゴリアンチョップ真似してた」など、90年代後半〜2000年代新日本黄金期を支えた存在としての記憶が改めて掘り起こされている。

 一方で、「第3世代がまた一人去るのか……」という“時代の終わり”を感じる声も多かった。永田裕志、小島聡、中西学らと共に新日本を支えてきた世代だけに、「子供の頃に見ていた選手たちが引退していくのは本当に寂しい」「会場で天山コールできなくなるのか」と感傷的になるファンも少なくない。その中でも、最も大きな期待を集めているのが8月15日・両国国技館での引退試合だ。

 会見で天山本人が「“いっちゃうぞ”かな……」と、小島聡を匂わせる発言をしたことで、SNSでは一気に“テンコジ最後のシングル待望論”が加速した。「最後は絶対小島とシングルで」「テンコジ対決で締めてほしい」「タッグじゃなく1対1なのが天山らしい」「両国行くしかない」と、ファンの期待は非常に高い。

 また、「5分でも10分でもいいから最後にリングで暴れてほしい」「モヒカン&パンツ一丁の天山を最後に見届けたい」という声も多く、“最後まで天山らしく”を望む空気が強い。健康面を気遣う声も目立った。近年は痩せた姿や動きの苦しさを心配するファンも多かっただけに、「無理しないでほしい」「ここまで頑張ってくれただけで十分」「引退後は長生きしてほしい」と、引退決断を受け止める反応も非常に温かい。

 加えて、盟友・小島聡がSNSで発信した「辛すぎる」というコメントも大きく拡散され、「テンコジの絆に泣いた」「小島の気持ち考えたらキツい」と感情移入するファンも続出した。中には、WWE2Kシリーズなどゲーム内で天山を再現・保存しようとするファンも現れ、「天山をゲーム遺産として残したい」「永遠に使い続ける」といった投稿も話題になっている。

 ネガティブな反応はほぼ見当たらず、「もっと早く正式発表してほしかった」「体が限界なのは見ていて辛かった」という心配の声が少数ある程度。全体としては、“新日本一筋で駆け抜けた猛牛を、みんなで送り出そう”という非常に前向きな空気に包まれている。

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