[週刊ファイト03月19日]期間 [ファイトクラブ]公開中
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▼はなわ長男・塙元輝が全日本プロレス入団!若手大会新木場激闘!
全日本プロレス公式 編集部編
・全日本プロレス新木場大会!激闘の記録
・はなわ長男・塙元輝が全日本プロレス練習生として踏み出した覚悟の一歩
・ベース一本で時代をつかんだ男、はなわという唯一無二の芸人人生
・若手の現在地と未来が濃密に交錯した全日本プロレス新木場大会総括
・全日本「NEW AGE CHRONICLE-Z FINAL」にネット好反応
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全日本プロレス新木場大会!激闘の記録
■ NEW AGE CHRONICLE-Z FINAL
日時:3月8日(日)
会場:東京・新木場1stRING
<第5試合 NEW AGE CHRONICLE-Z 6人タッグマッチ 20分1本勝負>
●ライジングHAYATO 斉藤レイ 本田竜輝
19分30秒、ギムレット→片エビ固め
青柳亮生 斉藤ジュン ○安齊勇馬
<第4試合 スペシャルタッグマッチ 20分1本勝負>
○綾部蓮 タロース
9分55秒、アイアン・メイデン
望月ジュニア ●木村和真
<第3試合 スペシャルハンディキャップマッチ 20分1本勝負>
○オデッセイ
9分42秒、ジャーニーズ・エンド→片エビ固め
●小藤将太
立花誠吾
<第2試合 スペシャルシングルマッチ 20分1本勝負>
○大森北斗
8分12秒、傘攻撃の自爆→体固め
●新橋二郎
<第1試合 スペシャルタッグマッチ 20分1本勝負>
田村男児 ●木村伸彦
10分14秒、バズソーキック→片エビ固め
○井上凌 ガイア・ホックス
はなわ長男・塙元輝が全日本プロレス練習生として踏み出した覚悟の一歩

芸人はなわの長男である塙元輝が、全日本プロレスと練習生契約を結び、プロレスラーへの道を歩み始めたというニュースは、単なる話題性だけで語れる出来事ではない。むしろこの挑戦は、日本のプロレス界にとっても非常に意味のある出来事であり、同時に一人の青年が人生を懸けて夢に飛び込んだ壮大な決断であると言っていい。塙元輝は柔道歴15年という確かなバックボーンを持つ選手であり、大学時代には100kg超級で実績を残してきたアスリートである。単に有名人の子供というだけではなく、土台となる格闘技の経験を長年積み重ねてきた人物であり、その身体能力と格闘センスは、プロレスというリングの上でも確実に武器になるものだろう。
しかも今回の挑戦が特別なのは、彼がまだ何者でもない練習生としてスタートするという点である。年齢は25歳。すでに社会人経験があり、さらに家庭も持っている青年が、あえて安定を手放してプロレス界という厳しい世界に身を投じるのである。普通ならば安全な道を選びたくなる年齢であり状況だろう。しかし彼はあえてゼロからの道を選んだ。その覚悟を端的に表しているのが本人の言葉である。「はい、1からやっていきたいと思っています」。この一言には、プロレスラーとしてのキャリアを積み上げていく覚悟と、どんな下積みでも受け入れるという決意が詰まっている。プロレスの世界は決して甘くない。道場の掃除、炊事、洗濯、合同練習など、練習生はあらゆる雑務とトレーニングをこなさなければならない。全日本プロレスの合宿所では朝8時から掃除を行い、10時から若手選手が集まって合同練習を行い、その後は皆で昼食を取り、さらに洗濯物を畳むなどの生活面の仕事もこなしていくという。こうした厳しい下積みは、日本のプロレスが長年守ってきた文化でもあり、そこを通過してこそ本物のレスラーが生まれる。塙元輝もその道を真正面から受け入れ、練習生として一歩ずつ前に進もうとしているのである。
この挑戦を後押ししているのは家族の存在でもある。妻も柔道経験者のアスリートであり、彼の決断を支えているという。「妻も元々柔道をやっていて、アスリートなので、前向きに頑張ってと言っていただいてるんですけど、やっぱり怪我とかそういう部分は心配ではあるんですけど、それ以上に『スターになって、もっと大きくなるチャンスが今あるから頑張って』と言っていただいてます」。この言葉からも分かるように、家族は不安を抱えながらも彼の夢を尊重している。さらに父であるはなわも背中を押したという。芸人として長年第一線で活動してきた父親が、息子の人生の挑戦を認め応援する姿は、まさに家族の絆そのものだろう。世間的には「芸人の息子」という見方をされることもあるかもしれない。しかし、リングの上ではそんな肩書きは何の意味も持たない。プロレスは実力と覚悟がすべての世界であり、観客は本物だけを支持する。だからこそ塙元輝は練習生としてゼロからスタートし、自分の力でリングに立つ資格を勝ち取ろうとしているのである。
また、全日本プロレス側もこの若き挑戦者に大きな期待を寄せている。会見に同席した全日本プロレス選手会長・宮原健斗は、新世代の到来を語りながら次のようにコメントしている。「全日本プロレス選手会長宮原健斗です。この度、塙 元輝が練習生契約ということで、今、全日本プロレスは新時代が生まれまして、さらにその下の世代が出てくる時代に突入したのかなと感じています。その新たな時代を元輝には引っ張っていってほしいなと思っております。これから活躍できるように、そしてデビューを目指して頑張ってほしいなと思っております」。全日本プロレスは伝統ある団体であり、三冠ヘビー級王座や世界タッグ王座など数多くの歴史的タイトルを生み出してきた。そのリングに立つためには並大抵の努力では足りない。しかし、だからこそ挑戦する価値があるのだ。歴代のスターたちは皆、この厳しい道を乗り越えてきた。
さらに興味深いのは、塙元輝の柔道のバックグラウンドである。大学時代には柔道日本代表で東京五輪金メダリストのウルフ・アロンと練習をした経験もあるという。100kg超級で培ってきたパワーと投げの技術は、プロレスにおいても強力な武器になる可能性が高い。実際、日本のプロレス界には柔道出身の名レスラーが数多く存在してきた。柔道の受け身や投げ技はプロレスの基礎と相性が良く、そこにプロレス独自の打撃や関節技、そして観客を魅了する表現力が加われば、非常に魅力的なレスラーが誕生する可能性がある。塙元輝がその可能性を秘めていることは間違いない。
何より素晴らしいのは、彼が決して楽な道を選ばなかったという点だろう。25歳という年齢、家庭を持つ立場、社会人としての経験、それらすべてを背負ったうえで、あえてプロレスの練習生という最も厳しいスタート地点を選んだ。この勇気と覚悟は、プロレスファンだけでなく多くの人の心を打つはずである。夢を追うという言葉は簡単だが、実際に人生を賭けて飛び込む人は決して多くない。塙元輝はその数少ない一人である。
プロレス界では、練習生からデビューまでの道のりは決して短くない。何度も壁にぶつかり、身体的にも精神的にも追い込まれる瞬間が訪れるだろう。しかし、その苦しい時間こそがレスラーを強くする。リングの上で観客の歓声を浴びるスターは、必ずその裏側で地道な努力を積み重ねている。塙元輝もこれからその道を歩むことになる。いつの日か後楽園ホールや両国国技館のリングで観客を沸かせるレスラーへと成長するのか、それともさらに大きな舞台で活躍するのか。それはまだ誰にも分からない。しかし、今この瞬間に確かなことが一つある。それは、彼が本気でプロレスラーになろうとしているという事実である。
芸人の息子という話題性を超え、一人の挑戦者としてプロレス界に飛び込んだ塙元輝。その覚悟と勇気、そして努力を惜しまない姿勢は、間違いなく称賛されるべきものである。全日本プロレスの道場で汗を流しながら、彼はこれからレスラーとしての第一歩を踏み出す。ここから始まる物語は、まだ序章にすぎない。しかしこの一歩こそが、未来のスター誕生へとつながる大きな一歩なのである。塙元輝という名前が、いつか三冠ヘビー級王座や世界タッグ王座を巡る戦いの中心に立つ日が来るかもしれない。そう考えるだけで、プロレスファンとして胸が熱くなるのである。
ベース一本で時代をつかんだ男、はなわという唯一無二の芸人人生

芸人はなわの歩みを振り返ると、そのキャリアは単なる一発のヒットで語られるようなものではなく、地道な努力と確かな才能を積み重ねてきた芸人の理想的な成功例であると言える。埼玉県春日部市に生まれ、幼少期には千葉県我孫子市で過ごし、その後小学校6年生のときに佐賀県佐賀市へ移り住むという経歴を持つはなわは、のちにその土地での生活を自らの芸の大きな武器へと昇華させていくのである。高校卒業後に上京し、東京アナウンス学院で学びながら芸人としての基礎を磨き、1997年頃から本格的に芸能活動をスタートさせた彼は、ベースギターを手にした漫談という独特のスタイルで徐々に注目を集めていったのであり、この時点ですでに、ただの漫才師やコント芸人とは異なる個性を確立していたと言っていい。
その才能が全国規模で爆発するきっかけとなったのが、2003年に発表した楽曲「佐賀県」である。地元佐賀をテーマにしたこの曲は、地方あるあるをコミカルに歌い上げながらもどこか温かみのある内容で、多くの人の共感を呼び、約25万枚というヒットを記録し、オリコンランキング最高5位を獲得するという大成功を収めた。そして同年には第54回NHK紅白歌合戦への出場まで果たし、一介のネタ芸人だったはなわが国民的な知名度を持つ存在へと一気に飛躍したのである。芸人が歌ネタでCDを出すこと自体は珍しくないが、その曲がここまで社会現象レベルで広がり、紅白歌合戦という国民的舞台にまで届く例は決して多くない。つまりこの成功は偶然ではなく、はなわの観察力、作詞センス、そして人を笑顔にする表現力が見事にかみ合った結果なのである。
さらに見逃せないのは、はなわがその成功に満足することなく、次々と新しい活動を広げていった点である。2004年にはゴールデン・アロー賞芸能新人賞を受賞し、「エンタの神様」で披露していたネタをもとにした楽曲「伝説の男 〜ビバ・ガッツ〜」を発表するなど、お笑いと音楽を融合させた独自のスタイルをさらに発展させていったのであり、ライブ活動でも「HANAWA JACK」という単独ライブを開催して歌、ネタ、トークを織り交ぜたエンターテインメントを作り上げるなど、舞台芸人としての実力も着実に磨き続けていった。テレビだけでなくライブでも観客を楽しませることができる芸人は本物であり、そこに音楽的な魅力まで加わることで、はなわは唯一無二のポジションを築いていったのである。