日本プロボクシング界のルールである37歳定年制を理由に日本では活動出来ず海外でプロ活動を行って来た恵良敏彦(49歳)が日本でライセンスを申請。JBC審査を経て近年ではオリンピック金メダリストだった村田諒太に次ぐ二例目のA級ライセンステストをクリアした事で事実上日本最高齢のボクサーとなり、所属する事になった大阪東成区の陽光アダチジムで記者会見を行った。
恵良は1994年プロデビューするが、重度の坐骨神経痛とヘルニアで引退。2013年、日本ライセンスの定年である38歳になりライセンス失効するが、身体が回復してきて復帰、2016年41歳でタイ国にてプロライセンスを取得し、海外を主戦にタイ国フライ~スーパーバンタム級まで4階級制覇し、インドネシア、WBAアジア、ABFアジアの複数王座を獲得。今年JBC(Japan Boxing Commission)へ復帰を申請。病院での各種検査を含む審査をクリアし、A級ボクサーライセンス発給に至った。
タイで4階級制覇、インドネシア王座やアジア王座なども獲得しているが、対戦相手の実力も未知数な選手が多く不確定な部分が多い。しかし継続して積み重ねた実績は本物。それは日本のリング復帰でA級選手と試合をして証明される。
11月12日大阪市の陽光アダチボクシングジムで行われた会見の冒頭挨拶では「恥ずかしながら只今日本に帰って参りました」との台詞から始まり。
最初の記者から「今の率直な気持ちをお聞かせくださいの問いに」に恵良は「日本で最後にリングに上がったのが20歳。日本に帰ってくる迄の30年、何より一番辛かったのは重度のヘルニアでボクシングのリングに上がれなかった約20年が辛かった。自身の目標(復帰への)に共感していただき、長い期間リハビリに携わって頂いた医師たちに感謝したい。」
年齢に対しての質問では「ボクシングの華と言えばKO。積み重ねて来たKO勝ちのほとんどを連打では無く一撃KOして来た。それが一番の売り。(自分の売りは)年齢では無く、今の歳は付加価値でしかない。海外のファンは自身のKOを見に来ている」とも説明。また「海外のリングに上がる中でタイでタイ人選手、インドネシアでインドネシア選手と完全アウェイで戦い、孤独との戦いの中で日本人として日本のリングに帰りたいとの思いは強まりました」。
最後に「本来はフライ級が主戦場もKO勝ちを重ねて行く度に海外では同じ階級で対戦相手が見つかりにくくなり5階級に渡り試合をし、その中で(計量での)体重オーバーは当たり前で、身長が最大25センチ以上の数階級上の選手とも戦って来た。厳格なルールありきの日本ではあり得ない戦いの連続を勝ち抜き今がある。海外では判定は不利、KOでしか勝てないと思い考えでトレーニングして来た。
自分にしか出来ないパフォーマンスを日本のボクシングファンの皆様にお見せしたい」と締めくくった。
地元北九州に住民票を移し北九州市民として戦うと言う恵良敏彦選手の日本デビューは2025年来春予定。
恵良 敏彦/えら としひこ
生年月日:1975年1月21日(49歳)
出身地:日本福岡県北九州市
所属:陽光アダチボクシングジム
プロボクシング戦績:34戦31勝(25KO)2敗1引分
MMA:2戦2勝(2KO)
獲得タイトル
タイ国フライ級王座
タイ国スーパーフライ級王座
タイ国バンタム級王座
タイ国スーパーバンタム級王座
インドネシアフライ級王座
インドネシアスーパーフライ級王座
WBAアジアフライ級王座
ABFアジアライトフライ級王座
ABFアジアフライ級王座
ABFアジアスーパーフライ級王座
ABFアジアバンタム級王座
ABFアジアスーパーバンタム級王座
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