ストロングスタイルプロレスが4・22後楽園大会『〜初代タイガーマスク40周年記念第1弾〜』へ向け、女子スペシャルタッグマッチ出場4選手による会見をおこなった。
(左から、伊藤薫、ジャガー横田、ストロングスタイルプロレス平井代表、雪妃真矢、安納サオリ)
冒頭、平井代表が、前回に引き続き『(株)Nadya』社が会場の除菌を手がける事と、初代タイガーマスクが蔵前国技館でデビューしてから40周年の記念すべき年に合わせて、新井宏氏の『“黄金の虎”と“爆弾小僧”と“暗闇の虎”』が上梓された事を発表。
※新井宏氏の公式インタビューを本稿後半に掲載
そして呼び込まれた4選手が試合に向けて意気込みを語った。
「今回3回目の参戦となります、絶対不屈彼女・安納サオリです。
今回は、雪(雪妃真矢)さんとタッグを組ませていただきます。
私達は、いつも3人や4人で組む事が多いんですけれども…2人で組むのは、去年の2月以来となります。
私は、雪さんの事がスゴい! 大好きで、雪さんも私の事を大好きだと思うんですけれども…何故か、試合になると、息が合わない(苦笑)
そこがちょっと、難点かな?と、思うんですけれども、2人、息を合わせていきたいと思います。
そして、偉大なる、対戦相手の御2人!
(同じ)リングにジャガー横田選手、伊藤薫選手がいらっしゃるという事は、とてもスゴい事で…立っていらっしゃるだけで、総て持っていかれてしまうのではないかな?という不安が、今はあるのですが。
そんな不安を吹き飛ばすくらい、雪さんとのタッグを、会場にいらっしゃるお客様の記憶に遺していきたい、と思います。よろしくお願いします」
「女子プロレス団体『アイスリボン』所属の雪妃真矢と申します。
前回の3月3日大会に続いて、今回も参戦させて頂ける、という事で、ありがとうございます。
今回、対するのが…ジャガー横田選手、そして、伊藤薫選手。
私、対戦させて頂くのが、両選手共初めての事で、はい(ジャガー横田とは、前回タッグを結成)。
キャリアとしても経験値としても学ばせて頂く事ばかりの立場なんですけれども。闘うからには私、安納サオリと組んで、勝利を目指していきたいですし。
本当に、同じリングに立って…一挙手一投足でお客様を沸かす事の出来る、御2方と一緒のリングに立つというのは本当に、危機感を感じるんですけれども。
息の合わないなりにも、サオリと組む事が多いので、今大会では、是非とも勝ちを…(隣の安納サオリに)狙っていこうね!?(安納「はい! 」)勝って、私達の印象を遺したいと思います。よろしくお願いします」
「私事になりますが、日曜日(4・18)の『ワールド女子プロレス・ディアナ』のカルッツ大会で丁度、フリーとなるので…この22日(の試合)というのは、私にとってフリー第1戦となります。
その中で『ストロングスタイルプロレス』っていうのが自分の中で一番、(ファイトスタイルが)近いものを感じるんじゃないかな?…っていう事で、スゴく楽しみにしています。
自分なりのストロングスタイルというものを、どこのリングに上っても見せていきたいと思いますので、よろしくお願いいたします」
#ディアナ 旗揚げ10周年記念大会!
お手元にチケットをお持ちのお客様は、事前に半券裏にお名前&ご住所をお書きになってからご来場ください。混雑緩和にご協力宜しくお願いいたします!
伊藤薫選手 所属ラスト試合。
レジェンドタッグ!!
【協賛】さいたま新都心ジャガークリニック様!! pic.twitter.com/voD5D5O7UE— ワールド女子プロレス・ディアナ (@W_W_W_D) April 17, 2021
「ジャガー横田です、今回もよろしくお願いいたします。
そうですね…伊藤薫選手がですね『ディアナ』を退団しまして、フリーとしての第1戦という事で…スゴくこう…想いも新たに、闘う試合になると思うんですが。
その相手に選んだのが、雪妃と安納。
伊藤薫はですね、私の教え子でしたが…彼女も教え子を持つぐらい、もう成長しておりますので…安心して見られる教え子の1人、ですが…なにせ身体が大きいので。彼女と闘って壊れてしまうレスラーも少なくはないんですね。
なので、まずは勝つ、負けるだけじゃなくて。
(安納と雪妃が)この伊藤薫の攻撃に耐えられる身体を持っているか?と、いう楽しみも、私はあると思うので…そういう意味を込めてこのカードを組んだつもりです。
何故かというと、私自身も、安納と雪妃と、『ストロングスタイルプロレス』で一緒にカラんで、スゴく良い選手だし、これからの選手だという事はよく解っています。
今、人気が最高。
でも、プロレスっていうのは、やはりキャリアを積むに従って、レスリングってどんどん成長していくものなので。
今は勢いだけでいってる部分もあると思いますので、やはり誰にも負けない身体を持つって事が1番の、レスラーとしては最高なものだと思いますので。
先ずは伊藤薫の攻撃に負けない身体を持っているか?っていうところ(が2人のテーマ)だと私は思ってます。
まあ、私はまだ普通の身体なので、そんなに怖くはないのでね…気持ちも余裕を持って、私とは闘ってくれれば良いんだけれども。
とにかく、その(負けない身体か否かの)試し(の舞台)でもある、という事は頭に置きながら闘ってもらいたいと思っております。
伊藤薫とはね、フリーとしての第1戦で組むっていう事は師匠としても本当に嬉しい限りで。
今後のフリーとしての闘いにエールを贈る、という気持ちを込めて一緒に組むつもりではありますので、私たちペアの試合も楽しみに見ていただければと思います。
もちろんですけど、『ストロングスタイルプロレス』の1日の興行の中で、最高の試合をする様に。また、頑張らなければいけないと私自身思っております。よろしくお願いいたします」
続いて、質疑応答に移る。
Q.ジャガー選手、以前のインタビューで
「全日本女子プロレスのコーチ時代には、あまり伸びない様な選手に、目をかけていた」
といった様な事を仰られていましたが、全女時代に教え子だった伊藤薫選手の印象は?
ジャガー横田
「彼女は、柔道あがり(経験者)という事もあって、何でも、そつなくこなしていました。
なので性格として、表し方(闘いを通しての表現)が地味であった…という部分で、プロレスでは損をしていたというだけであって。
憶えも早かったですし、教えるのも大変だった、という印象はないですね。
ある程度自分ができているから、デビューも早かったし、新人王とかも獲ったんじゃなかったっけ?(伊藤「取りました」)ね。新人王も獲ってますので、やっぱり実力的には申し分ない新人だったと思いますし。
表し方が地味だった事だけです、(選手としての評価で)損してるのは。それ以外は(他の選手より劣っていた部分は)ないと思います。はい」
Q.先日SEAdLINNNGのトークショーでブル中野さんと高橋奈七永選手が全女時代の想いでとして、「先輩をは目も合わせられない、直接話しかけるなんてとんでもない」という厳しい上下関係を語られていました。お二人はコーチと弟子という関係でしたが、伊藤選手から見て、コーチ時代のジャガー選手と現在では、印象や関係性はどうなっていますか?
伊藤薫
「自分が入門した当初は、ジャガーさんはホント、選手ではなくコーチという形でいらっしゃったので。
初めはジャガーさんが選手で現役に戻られた時はピンと来なかったんですけれど。
今でも勿論、ホントに『プロレス界の母』であると思っています、はい。
だけど、やっぱり自分も選手としてデビューして、ジャガーさんも選手として戻られたので、対角(コーナー)にいるときはジャガーさんを超えるつもりで、闘っております。いつも全力でいかせていただいております」
ジャガー横田
「そうですね…教え子も、全部が後輩ですので。まあ、教え子というのは、教え子なので。教え子も我が子の様な気持ちで育ててきましたので。
今は一応、リングに上がるときは1選手として見るようにしていますので。
もちろん、勝負の事ですから、(後輩と言えど先輩に)負けてはいけない。リング上でしか、先輩に勝てないから…そういう意味では、逆に後輩にも負けちゃいけないわけですよ、こっち側としても。
なので、そういう様な気持ちがぶつかり合う(のがプロレスだ)って風には、私も後輩達に教えてきているので。そういう気持ちで今でも挑んでいます。
まあ、私は、年齢的に考えても私との勝負っていう部分もありますけど。
自分に勝てなければ相手にも絶対勝てないので、そういう気持ちで挑んでいるので、私の後輩たちもそういう気持ちでやってくれていると思います」
Q.伊藤選手、初参戦の『ストロングスタイルプロレス』の印象は?
伊藤薫
「正直、あまり見た事はないんですけれども。
『ストロングスタイルプロレス』に参戦! …っていう(オファーを頂いた時に)この名前(ストロングスタイル)で、
『あ、これは私にぴったりだな』
と思って受けさせていただきました。
なので、ホントに対戦する選手も…安納選手とは前回、ちょっと違う場所で1回当らせて頂いただけで、雪妃選手とも対戦した事はないので、自分のスタイルの事がわからないと思うんですけど。
フリー第1戦でこの様な形で『ストロング』なプロレスっていう、自分にぴったりな団体さんに上がらせていただく事を非常に感謝しているので、その名前の通り、『ストロングスタイル』を前面に出して闘っていきたいと思います」
Q.ジャガー選手は連続参戦となりますが、『ストロングスタイルプロレス』参戦を機に、ご自身になにか変化とか影響はありますか?
ジャガー横田
「そうですね、私自身のスタイルは常に…
『どこのリングに立ってもジャガー横田』
と、いう試合をしようと、日頃心がけておりますので。
『ストロングスタイル』(を冠した名称)の団体だから、というものはないんですが。
やはり、初参戦したときに、Sareee&世志琥と闘った試合が、とてもファンにウケた、というか。『ストロングスタイル』でっていう…女子の試合をスゴく、(イメージを)浮揚した様な試合だったものですから。(会場は)男子プロレスのファンの方が多いとは思うんですが、そこで女子のプロレスをアピール出来た…っていう部分で、良い舞台を頂いて、『ストロングスタイルプロレス』さんには本当に感謝しております。
なので、初めて参戦した時
『良かった』
と言われたら、それ以下の試合は(その団体では)もうできない! と私の中では思っておりますので…2戦目もそういう気持ちでおりましたし、今回の3戦目となりますが、同じ気持ちで闘いたいと思います。
場所を提供していただいた『ストロングスタイルプロレス』さんに御礼を申し上げたいと思います」
Q.安納選手、雪妃選手、先程「伊藤選手に壊されない様に」という発言がありましたが、『ストロングスタイルプロレス』では以前、世志琥選手が参戦した際に、全女のマスクマンペアに歯を折られてしまったという事がありました。今回同じく全女のペアと闘うという意味で、何か対策はお考えでしょうか?
安納サオリ
「伊藤選手とは去年の10月に初めて対戦させていただきまして、その時はあまり肌を合わせる事ができなかったので、今回はたくさん肌を合わせたいな、という想いでいます。
ただその…怪我というものを、自分は、有り難い事にした事が今まで無いので…
変わらず同じ気持ちを持って、柔軟性を以て、挑んでいきたいと思います。あまり気にしません」
雪妃真矢
「逆に私は、デビュー1年目に、骨折を連続で何度もして、欠場期間が長かった時期がありまして…その時期はやっぱり、自分が試合に臨んで怪我をする事への不安を持ったりした時もあったんですけれども。
今はもう、試合中に奥歯が砕けたりとか、そういう事もありますけれども、そういう事を怖い事とも思わないですし、
『怪我したらどうしよう』
なんて不安を持ってリングに上がるなんて事は今は絶対にないので、そういった意味では、不安はないですね。大丈夫です(微笑)」
こうして、和やかな雰囲気ながらも緊張感のある会見は終了となった。
試合は4月22日に行われる。
<女子スペシャルタッグマッチ 30分1本勝負>
ジャガー横田(ワールド女子プロレス ディアナ) 伊藤薫(フリー)
vs.
雪妃真矢(アイスリボン) 安納サオリ(フリー)
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※ジャガー横田:2020年12月17日大会、2021年3月3日大会に続き3度目の参戦。
※伊藤薫:初参戦。
※安納サオリ:2020年3月19日大会、2021年3月3日大会に続き3度目の参戦。
※雪妃真矢:2021年3月3日大会に続き2度目の参戦。
■ “初代タイガーマスク”佐山サトル『ストロングスタイルプロレス Vol.10 〜初代タイガーマスク40周年記念第1弾〜』
日時:4月22日(木) 開場17:00 開始18:00
会場:東京水道橋・後楽園ホール
※試合開始時間は18:00〜に変更となっている。
※メイン以外のカード順は後日発表
<メインイベント レジェンド選手権試合 60分1本勝負>
[王者]
スーパー・タイガー(ストロングスタイルプロレス)
vs.
河野真幸
[挑戦者]
第15代王者スーパー・タイガー初防衛戦
<UWAアジアパシフィックヘビー級選手権試合 60分1本勝負>
[王者]
間下隼人(ストロングスタイルプロレス)
vs.
将軍岡本(ブードゥー・マーダーズ)
[挑戦者]
<シングルマッチ 30分1本勝負>
村上和成(フリー)
vs.
阿部史典(プロレスリングBASARA)
※村上和成:2013年3月22日後楽園ホール大会(レジェンド選手権vs[第7代王者]スーパー・タイガー)より約8年振り・2度目の参戦。
※阿部史典:2020年11月9日神田明神ホール大会の初参戦以来、2020年12月17日大会、2021年3月3日大会に続き4大会連続(4度目の)参戦。
<タッグマッチ 30分1本勝負>
スーパー・ライダー(ストロングスタイルプロレス) 日高郁人(ショーンキャプチャー)
vs.
伊藤崇文(パンクラスism) 頓所隼(フリー)
※伊藤崇文:2020年11月9日神田明神ホール大会に続き2度目の参戦。
※頓所隼:初参戦。
初代タイガーマスク 佐山サトル & ストロングスタイルプロレス 一般社団法人 初代タイガーマスク後援会 公式サイト
http://www.firsttiger.jp/
■会場所在地:東京都文京区後楽1-3-61 後楽園ホールビル 5F
■主 催:初代タイガーマスクストロングスタイルプロレス
■共 催:一般社団法人初代タイガーマスク後援会
■お問合せ:ユーレカ事務局03(3833)3662
■観戦情報
e+(イープラス):https://eplus.jp/tiger/(パソコン&スマートフォン)
オフィシャルショップ
https://rjpw-shop.ocnk.net/
【ご留意点】
※VVIP席、VIP席の購入者特典は当日会場にてお渡しいたします。
※会場内ではマスクご着用をお願い申上げます。
※会場内へのアルコール飲料と食べ物の持込みは禁止といたします。水分補給を目的としたソフトドリンクの持込みは可。
※ご入場時検温、スタッフによるお客様の手指消毒を実施をさせていただきます。会場側規定により37.5度以上の方、ご体調不良の方のご入場はお控えいただいております。
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※その他、新型コロナウイルス感染予防対策へのご協力をお願い申上げます。
◎初代タイガーマスクを巡る時空を超えたドラマチックなライバルストーリー! タイガーマスク&ダイナマイト・キッド&ブラック・タイガーを描く永久保存版『“黄金の虎”と“爆弾小僧”と“暗闇の虎”』が遂に発売! 著者・新井宏氏インタビュー!
初代タイガーマスクの衝撃デビューから40年。今年は、タイガーマスク40周年の記念イヤーだ。4月14日(水)、辰巳出版より発売された『“黄金の虎”と“爆弾小僧”と“暗闇の虎”』は、タイガーマスクと二人の外国人ライバル、ダイナマイト・キッドとブラック・タイガーのライバル関係を紐解くファン必読の一冊である。
タイガーマスクはいかにして生まれキッドとブラックはどのようにしてライバルとなったのかはもちろん、キッドとブラックの知られざる関係にも言及。関係者の証言や著者の体験をまじえ、3人の歴史がまとめられている。
そこで、初代タイガーマスクが主宰する『ストロングスタイルプロレス』代表・平井丈雅が、ふだんと立場を変えて著者の新井宏に逆インタビュー。40周年記念大会第1弾、4・22後楽園ホール大会を前に、話を聞いた。
(※文中表記:「タイガーマスク」=「初代タイガーマスク(佐山サトル)」)
――新井さん、いつも取材いただきありがとうございます。
「こちらこそ、いつもお世話になっております」
――このたび、タイガーマスクの本を書かれたということで、まず、タイガーマスク、ダイナマイト・キッド、ブラック・タイガー(“ローラーボール”マーク・ロコ)の3人をテーマにした本の出版のきっかけはなんでしょうか。
「プロレス雑誌Gスピリッツ(辰巳出版)で取材記事を書いているんですけども、そこの企画でタイガーマスクものを考えていたんです。
1981年4月23日、衝撃のデビューから今年で40年。記念すべき節目の年ということで、あらためてタイガーマスクのすごさを形に残したい。そこでなにか書籍の企画はないかと編集長の佐々木賢之さんから話をもらっていたんですね。
お互いに考えていたところ、それとは別で、ダイナマイト・キッドとブラック・タイガーでなにかできないかと個人的に考えました。お二人が亡くなられてしまったので追悼の意味も込めて、Gスピの方でなにかしたいなと。そうなるとやはり、この二人には佐山サトルさん、初代タイガーマスク選手の存在が欠かせない。
そこでタイガーマスクにキッド、ロコを含めて雑誌の方でやってみようと思ったんです。タイガーマスクが大ブームだった81年4月から83年8月にかけての時代を振り返りつつ、3人の偉大な功績、背景、ドラマを紹介しようと考えました。
そのうちに佐々木さんから“3人で1冊の本にしませんか?”との話をいただいて、すごくビックリしたんですよ。自分からはこの3人でという話はまだしていなかったんです。考えてみたら、この3人の話をまとめるには雑誌のなかの企画だけでは足りないので、せっかくなら詳しくやってみようと思い、1冊の本にすることに決まりました」
――それは、いつ頃の話ですか。
「昨年の秋ですね」
――企画が決まってから発売まではそれほど時間はなかったんですね。
「そうですね。決まってからは、過去におこなった取材の資料を引っ張り出したり、国内外の関係者に取材をして、進めていきました」
――本を見て、3人の歴史をまとめたという新井さんの知識と情報量がすごいなと思いました。
「ありがとうございます。キッド、ロコとは個人的にも付き合いがありました。90年代前半にイギリスで知り合ったんですね。
そもそも来日前にどんな関係性があったかというのは、日本ではほとんど知られていない。そこで個人的経験も踏まえ、実はこういう関係があってタイガーマスクのライバルになったという、彼らの歴史を紐解いてみたいと思いました。
ボクは90年代前半にイギリスに住んでいたのですが、その10年くらい前、つまり80年代はじめですね、佐山さんがサミー・リーとして大活躍していた。
それを現地の人から直接聞きました。それこそおばちゃんのファンから関係者まで、
“サミー・リーを知ってるか?”
“サミー・リーってすごかったんだよ! ”
という話を何度も聞かされていたんですね。その事実を知ったのは、タイガーマスクが(新日本を)引退してからなんです」
――新井さんは、タイガーマスクが新日本でデビューして活躍、キッドやブラックがライバルとなり新日本のリングを席捲していた時代をリアルタイムでご覧になっていたのでしょうか。
「見てました。当時は、いちファンですね。そもそもプロレスを好きになったのは小学生のときで、アントニオ猪木vs.タイガー・ジェット・シンに衝撃を受けました。
また、猪木vs.モハメド・アリの異種格闘技戦を学校を抜け出してテレビで見たりとか、猪木vs.ストロング小林、猪木vs.ビル・ロビンソン、猪木vs.大木金太郎など、猪木さんの試合に魅了されました」
――最初は猪木会長の新日本プロレスだったと。
「ハイ。新日本をきっかけに、全日本、国際も見るようになりましたね。女子プロも含めて。
一時離れていた時期があったのですが、戻ってきたのがタイガーマスクの時代だったんですよ。金曜8時のテレビ中継がタイガーマスクではじまり、藤波辰巳vs.長州力の名勝負数え歌、そして猪木さんと国際軍団の抗争。その3本立ての勢い、迫力に圧倒されまくりました」
――81年から83年あたりですね。
「まさにそうです。その時代に再びプロレスに熱狂しました。
その絶頂期にタイガーマスクのすごさに触れまして、しだいに小林邦昭さんを含め対戦相手への興味も膨らんでいったんですね。
タイガーはもちろん、相手となるキッド、ブラック、小林ら、ライバルの存在もすごいなと。
当時、ボクみたいなファンにとっては外国人レスラーってイギリス人もアメリカ人も一緒なんですよね。外国人すべてがアメリカ人に見えていたくらいですから。さすがにミル・マスカラスがメキシコ人というのはわかりましたけど、素顔の選手はどこから来てもアメリカ人だと思っていたくらいの子どもでした。
でもその後、自分がイギリスに行ってからイギリスのプロレスもおもしろいなとハマっていき、そこから幸運にもキッド、ロコのお二方と知り合ったんですね」
――新井さんのヨーロッパ、イギリスのプロレスについての造詣の深さはよく知られているところなんですが、そもそもイギリスのプロレスをどのようにして見るようになったのですか。
「当時、イギリスのプロレスはまったく知りませんでした。
プロレス雑誌でときどきヨーロッパ修行に出た選手の現地特写があったりしましたよね。なので、ドイツやイギリスにもプロレスがあるんだな程度の知識だったのですが、90年代のはじめ、留学のためイギリスに行ったんですね。
当時は、日本を離れている間はプロレスを見ることはないだろうと思っていました。大好きなプロレスから離れる覚悟でいたんですね。しかし、あるときリバプールでザ・ビートルズゆかりの地巡りをしたんですけども、ライブをやっていたキャバーン・クラブというライブハウスの前にプロレスのポスターが貼ってあったんです」
――ビートルズで有名なライブハウスの前に?
「ハイ。そこで、イギリスでもホントにプロレスやってるんだと思いまして、これをきっかけに現地のプロレスを見るようになりました。
テレビではすでにやっていなかったので、ビデオを買ったり、いろいろ情報を探して会場にも行くようになったんです。日本人だから当時は珍しいんですね。しだいにプロモーターやレスラー、スタッフに顔をおぼえられるようになって話もしてもらえるようになったんです。そこからイギリスのプロレスにかかわっていくようになりました」
―― 一般のファンから入っていった感じなんですね。
「最初はそうです。いつも来る熱心な外国人ファンという感じですね。
そのなかで、
“サミー・リーはすごかったんだよ”
という話をいろいろな人から聞かされたんです。最初はサミー・リーすらわからなかったんですけど、いままで見てきたタイガーマスクの原点はここにあったと知ることになるんです」
――イギリスは、ロンドンですか?
「ロンドン近郊ですね。そこでウェイン・ブリッジさんとも知り合って、これはプロレスの取材が仕事になってからのことですが、ブリッジさん経営のパブを訪ねて、
“ここでサトル(サミー・リー)が寝泊まりしていたんだよ”
と家の中を見せてもらったりしました」
――日本に帰ってきたのはいつ頃ですか。
「94年ですね。2年くらい滞在していました」
――プロレスについて書くようになったきっかけはなんですか。
「帰国後しばらくしてから、『週刊プロレス』編集長のターザン山本さんと会う機会がありまして、海外で見てきたプロレスの話をしたんです。そこで
“イギリスのプロレスについて書いてみないか?”
と言われまして、やってみたんですね。それがありがたいことに認められたといいますか、そこから海外を含めプロレス全般を取材するようになっていきました」
――イギリスマット界にかかわる重要人物と知り合っていった新井さんですが、イギリスのプロレスの魅力とはなんでしょうか。
「自分がイギリスにいた時代というのは、イギリスマット界が廃れていた時期なんですね。それでも過去の歴史はすごいものがあって、テレビ中継が終了する80年代半ばまでは国民的人気を誇ったジャンルなんです。
レスラーや関係者と話しているうちにそういうことがだんだんわかってきて、過去にも興味が沸いてきました。
しかも日本のプロレスとも無関係ではない。それどころか、イギリスに日本のプロレスのルーツもあるんですよね。それこそビリー・ライレー・ジムがカール・ゴッチさんのトレーニングしていたところであり、ビル・ロビンソンさんをはじめ多くの名選手が輩出されたことも知りました」
――スネーク・ピット、蛇の穴と呼ばれるビリー・ライレー・ジムですね。
「そうです。おもしろいことに、イギリスのプロレス界が辿ってきた歴史を日本が追いかけてるようなところがあるんですよ。
たとえばテレビ中継が終わって人気が一時下降したり、団体が増えて多団体時代になったりとか。イギリスの辿ってきた歴史を知らないうちに日本も辿っているところがある。
もちろんすべてが同じではないですが、日本で起こったことがすでにイギリスで起きていたり、大まかな流れが似ていたり。
それを知るとよりいっそう興味が増してくるんですね。そのなかでダイナマイト・キッドとマーク・ロコのライバル関係を知るわけです。そこにマーティ・ジョーンズというレスラーも加わる。この三つ巴が、80年代前半のタイガーマスクを中心とした日本でのライバル関係と被るんですよ」
――イギリスマット界の流れがそのまま新日本プロレスの黄金時代につながっていたと。
「ハイ。当然、誰も意識はしていないですし、当時は海外からそのような情報も入ってこない。
しかし、イギリスではタイガーマスクのデビュー前に、すでにキッド、ロコ、ジョーンズの3人がヘビー級至上主義のプロレスを変えていたんですね。もっとスピーディーで激しいスタイルに変わっていったんです。
キッドとロコの関係性も不思議で、国際プロレスへ初来日、1シリーズのみで新日本に転出し、ともにタイガーマスクのライバルとなる。さらにはタイガーと再会し亡くなるまで、すべてがキッド、ロコの順番なんですね。年下のキッドが先で、先輩のロコが続くといった形なんです」
――それは不思議ですね。
「イギリス時代を含め、そういう背景はほとんど知られていないと思うので、あらためて紹介できたらと思いました」
――初代タイガーマスク、佐山サトル総監のいろんなお話は書籍や雑誌でご存じの方も多いと思いますが、ライバルであったキッド様、ロコ様、お二方の日本マットで活躍する以前の関係性、背景、歴史、またその後の現地での生活など、私も含めて知る機会はないですね。
「だと思います。なので、ここでまとめてみたいなと思いました」
――そういう意味でも貴重な一冊ですね。
「ありがとうございます。一度は離ればなれになりましたけれども、時を経て2人とも佐山さんと再会した。それを自分がお手伝いできたことも、この機会にまとめてみたいなと。その順番もキッド、ロコの順で、しかも奇跡的偶然というか」
――感動的な再会の裏に新井さんのアイデア、行動があったという事実を知らない方も多いと思います。
「佐山さんに喜んでいただけたのなら、うれしいですね。現地での経験が活かせれば、役に立てればと思いました。それにしても一人だけではなく、二人とも佐山さんに会ってもらえるとは予想だにしていませんでしたが」
――詳しいいきさつは本を読んでいただいて。
「そうですね。キッド、ロコのお二人は残念ながら亡くなられてしまったのですが、家族のご厚意により、そのときの模様とか、その後の家族についても触れています」
――新井さんといえば、日本マット界に加えて海外マットの取材に定評あるというイメージが大きいのですが。
「やはりこの仕事を始めた原点がイギリス、ヨーロッパにありますし、日本のファンが知らない部分が多いんですね。
なので、古い資料を探しながら現地のレスラーの方に直接会いに行って直接話を聞いて取材する。当時のファンにも知らないことが、いまになって出てくることも多いと思います。
いまは新型コロナウイルス禍で難しいですが、これまではそういった取材もライフワーク的にやってきました」
――海外取材をされているなかで、いま注目のエリアは?
「新型コロナウイルス禍で興行がなかなかおこなえない状況なのですが、21世紀に入ってからイギリスマット界って劇的に復活したんですよ。
近年はWWEもNXT UKで進出するくらいですから。
いまは終わってしまったけれども、一時期は黄金時代と同じ番組名(「ワールド・オブ・スポート」)でテレビ地上波での放送もしていたし。ここ数年、男女とも来日するヨーロッパレスラーのレベルの高さからもわかっていただけると思うんですね。
コロナ禍が収束したらどうなるのか、また楽しみですね。伝統的なスタイルは死に絶えたとよく言われていましたけれども、クラシックなスタイルに現代風のプロレスをアレンジして、現地で見るとものすごく進化したプロレスをしています」
――そうなると、ボクとしてはよりいっそうキッドさんの甥っ子、トーマス&マーク・ビリントンの2人に興味が沸きますね。
「そうですね。キッドのレガシーを継ぐ兄弟。いずれ彼らの時代が来るかもしれません」
――それにしても兄のトーマスが、キッドさんソックリですね。
「そうなんですよ。トーマスはキッドさんの本名そのままを継ぐだけでなく、風貌や仕草までソックリですからね」
――驚きました!
「甥っ子も現地で取材をし、本のなかで紹介しています」
――どれだけ似ているか、本で見ていただきたいですね。それに、ボクとしてはいつかこの兄弟にはストロングスタイルプロレスのリングに上がってもらいたいと思っているんです。
「そうですよね。ぜひとも佐山さんとリング上で対面していただきたいです。それがボクの夢でもありますね!」
――2018年12月のストロングスタイルプロレスの興行前日(12月5日)にキッドさんがお亡くなりになり追悼10カウントゴングを鳴らし、その3ヵ月後の大会で追悼興行を開催したのですが、そのときにも甥っ子の映像を会場で出したんですけども、それからプロレスラーとしての経験も重ねているんでしょうね。
「身体がどんどん大きくなっていますよ」
――ぜひとも日本に呼べるようにしたいと思います。
「期待しています! 」
――では、最後にこの本のみどころをお願いします。
「リアルタイムで見ていたファンの方には懐かしいと同時に、新しい事実も出てくると思います。
また、タイガーマスクを巡るさまざまな謎があります。たとえば佐山さんはタイガーマスクデビュー前の3月に凱旋予定だった?とか。タイガーマスクは4月ではなく6月デビューするはずだった?とか。
いろんな謎とともに、当時のデビュー戦にまつわるさまざま人たちの物語がクロスしていく。まるで群像劇のようになっているところがあらためてすごいなと感じましたね。
タイガーマスクは世界的にもプロレスの流れを変えました。
また、プロレスマスコミさえも変えた。月刊から週刊誌の時代になり、これまでにない試合リポートという形式も生まれた。
さらにはカメラマンの撮影法まで変えたんです。
この本ではレスラー、関係者、マスコミまで、さまざまな角度からタイガーマスクが与えた影響を検証しています。
そこには懐かしさもあり、隠されていた新事実発覚もあり。また、全体的に時系列を追って書いていますので、新しいファンの方にもわかりやすくなっていればと思います。
タイガーマスクを知らなかった方にも、あの時代のすごさ、興奮を感じていただきたいですね」
――タイガーマスク、ダイナマイト・キッド、ブラック・タイガーのファン、プロレスファンのみならず、こういうすごい時代の闘い模様、人間模様を多くの方に知っていただきたいなと、この本から感じました。
「3人の歴史がすごいドラマチックなんですよね。ぜひ多くの方に知っていただきたいと思います。そして、あらためてキッドさん、ロコさんの冥福を祈り、デビュー40周年における初代タイガーマスク、佐山さんの復活を願っています」
(聞き手:平井丈雅)
「出会い」「引退」「再会」「別れ」…1980年代前半の新日本時代から、その前後の3人のキャリアをまとめた『“黄金の虎”と“爆弾小僧”と“暗闇の虎”』。永久保存版の一冊だ!