猛威を振るうコロナに対し、プロレス界はいかに『受け身』を取るか?

 現在、世界中で新型コロナウイルスが猛威を振るっている。日本でも内閣総理大臣が全国の学校に休校を要請するなど、非常事態だ。スポーツ界もコロナの影響をモロに受けて、試合中止や延期、無観客試合などで対応している。
 もちろん、プロレス界も例外ではない。他のスポーツと同様の処置を取らざるを得ないのが現状だ。

 そんな中、リアルジャパンプロレス会長の新間寿氏は「コロナなんて吹っ飛ばす!(3月19日の)興行は、どんなことがあっても行う。今はどのスポーツでも自粛ムードだが、そんな元気のない日本でどうするんだ!!」と息巻いていた。
 いかにも新間氏らしい理屈で、老いてますます盛ん。昔と全く変わらない威勢の良さに、嬉しくなった人も多いだろう。実際、昨今の過熱するコロナ報道に、筆者もウンザリしている。
 ただ、ウイルスというのは元気や根性では死滅してくれないというのも事実。もちろん、体に抵抗力があれば新間氏の言う通り『コロナを吹っ飛ばす』ことも可能、というより元気な人ならコロナに感染してもほとんど回復するのだが、抵抗力のないお年寄りや病人だと、そうはいかないのである。やはりここは、状況を慎重に見極め、適切に対処するしかない。

▼「新型コロナウイルスなんて吹っ飛ばす!」意気盛んなリアルジャパンプロレス新間寿会長

▼「自粛ムードを吹っ飛ばす」ストロングスタイルプロレス3・19後楽園 杉浦貴参戦決定! 嘲笑にS・タイガー怒りの報復宣言!!

「自粛ムードを吹っ飛ばす」ストロングスタイルプロレス3・19後楽園 杉浦貴参戦決定! 嘲笑にS・タイガー怒りの報復宣言!!


※月額999円ファイトクラブで読む(クレジットカード、銀行振込対応)
▼記者座談会:新日プロ 新型コロナとは別の“ウイルス”にも戦々恐々

[ファイトクラブ]記者座談会:新日プロ 新型コロナとは別の“ウイルス”にも戦々恐々

予定通り大田区大会を行う、WRESTLE-1の苦悩

 軒並みコロナへの対応策が迫られているプロレス界だが、2月28日に東京・後楽園ホールで行われた武藤敬司プロデュースのPRO-WRESTLING MASTERSは、予定通り観客を入れて行われた。
 さすがにアントニオ猪木をはじめ、大勢のレジェンド級レスラーが集えば、新間氏が言うように『コロナを吹っ飛ばす』ことができるように思えるが、事はそう簡単ではない。むしろ、今回の開催は負の面が出たとも言える。

 4年に1度しかない翌日の2月29日、武藤敬司が会長を務めるWRESTLE-1が、4月1日を最後に無期限活動休止にする、と発表した。つまりマスターズは最後の晩餐だったと言えなくもない。
 ラスト興行となる4月1日にはコロナの脅威も収まっているかも知れないが、問題は3月15日の東京・大田区総合体育館大会だ。Jリーグなどはこの日までの公式戦を延期にしており、要するに現時点でのコロナ対策の期限ギリギリである。

 しかしこの日は、武藤にとってW-1最後の試合となるのだ。この日を逃すと、武藤はもうアメリカへ旅立ってしまう。中止や延期(と言っても、4月1日が最後の興行となるのだから、延期は事実上の中止だが)にすると、武藤が創設したW-1のマットには永遠に上がれなくなるのである。
 だからと言って無観客試合にすると、武藤の雄姿をファンは見られなくなるし、武藤にとってもファンへの挨拶もできない。

 そして、無期限活動休止ということは、それだけ資金繰りが悪化していたということだ。W-1が4月1日までの興行を中止したり、無観客試合にしたりすると、経済的に大きな打撃となる。実際、3月20日の静岡・清水マリンビル大会と、27日の高知・サンピアセリーズ大会は中止となった。
 もちろんこれは、W-1だけの問題ではない。特にプロレス界は新日本プロレスを除いて、経営基盤が脆弱な団体がほとんどなのだから、今回のコロナ騒ぎは死活問題だろう。

 そんな中、プロ野球(NPB)とJリーグは、3月3日に『新型コロナウイルス対策連絡会議』を発足させた。専門家チームを置き、野球とサッカーという違うスポーツがタッグを組んで、コロナに立ち向かおうというわけだ。

 しかし、プロレス界の対応は各団体でバラバラである。プロレスの場合はお互いの団体がライバル会社同士という事情があるとはいえ、この非常事態に対して一枚岩になれないものだろうか。
 統括団体を設立できなかったプロレス界の弊害が出たのかも知れない。

▼無期限活動休止が決定したWRESTLE-1は、武藤敬司にとって最後の試合となる大会を決行予定

※上記の情報は3月3日現在のものであり、変更される可能性があるので、詳しくは団体の公式サイトをご覧ください

プロレスで無観客試合は是か非か?

 プロレスの場合、興行中止や延期はともかく、無観客試合というのはどうなのだろうか、という問題もある。たしかにプロ野球のオープン戦、そして大相撲の春場所も無観客試合となったが、同じプロスポーツと言ってもプロレスとはやはり違う。
 普通のスポーツなら、勝敗や記録が重要な意味を持っているが、プロレスはスペクテーター・スポーツだ。客を喜ばせてナンボの商売である。
 観客のいない舞台で漫才をやっても、それは単なるネタ合わせでしかない。ファンのいない東京ドームでのコンサートは、壮大なゲネプロである。客のいないリングで闘うプロレスなんて、道場マッチに過ぎないのかも知れない。

 かつて、村松友視氏は自著『私、プロレスの味方です』(角川文庫)の中で、
『その日の「観客」の質によって、格闘の様相は生き物として千変万化する、それほどに「観客」とは強い存在なのである』
『「過激なプロレス」と「過激な観客」の緊張した関係は、時間無制限のデスマッチという様相を呈している。「過激に闘う者」と「過激に見る者」は互角である、と私が主張するゆえんだ』
と書いていた。つまり村松氏によると、観客のいないプロレスは成り立たない、というわけだ。

 もちろん、プロレスにも無観客試合はあった。有名なのは1987年10月4日に行われたアントニオ猪木vs.マサ斎藤の『巌流島の闘い』である。
 ただし、この試合は巌流島という歴史的場所で試合をするということで話題になったし、テレビでもゴールデン・タイムの特番扱いで放送した。つまり、試合を見る人は大勢いたわけだ。それに、やむを得ず無観客になった今回とは状況が違う。

▼プロレスが無観客試合だったら、こんなシーンは生まれない

 今回、興行の中止も延期もできなくて、さらにウイルス拡大が懸念される場合は、無観客試合も仕方ないだろう。それでも、ファンに試合を見せることは必要だと思われる。
 テレビ中継やネット中継がある団体ならいい。それらが全くない、生でしか試合を見せられない団体だとどうする?

 幸い、今の時代にはYouTubeというコンテンツがある。試合をYouTubeなどの動画サイトで配信するというのも手だろう。また、YouTube配信ならではの仕掛けも可能かも知れない。
 無観客試合を逆手にとって、団体をアピールしていくのも一法である。ただ単にコロナの脅威に屈することなく、いかにもプロレスらしい『受け身』を取ることが重要だ。

阪神・淡路大震災の被災者を勇気付けた、伝説の三冠戦

 無観客試合はウイルス拡散を防ぐという特殊なケースだが、多くの死者が出るような事態に陥ったとき、必ず議論になるのがスポーツを含むイベントをどうするのか、という問題である。
 非常事態なのだからイベントなど行っている場合ではない、という意見と、非常事態だからこそ人々を元気付けるためにイベントが必要だ、という意見とで真っ二つに分かれる。今回もやはり、イベントは中止か延期にすべきだ、という意見が多く出た。

 記憶に新しいのが昨年、日本で行われたラグビー・ワールドカップだ。台風19号『ハギビス』が日本列島を襲い、多数の死者と多大な被害を及ぼしたため3試合が中止になった。
 当然、試合中止になったおかげで予選プール敗退が決定した国からは大ブーイング。しかし、ニュージーランド代表(オールブラックス)のサム・ホワイトロックは、
「私は故郷で、地震や乱射事件により試合中止を経験した。時にはプレーしないことが正しいときだってある。ラグビーは些細な事」
と言い放った。
 日本代表のトンプソン ルークも「台風に比べると、ラグビーは小さなことネ」と語っている。つまり2人とも「ラグビーは小さい。もっと大事なことがある」と言った。偉大なラガーメンによるこの言葉は、とてつもなく重い。

 その反面、スポーツ・イベントが被災者を勇気付けるのも事実だ。前述のラグビーW杯も、3試合が中止になったとはいえ大会全体としては非常に盛り上がり、被災者の心に希望の灯をともした。もちろん、プロレスがその役目を担ったことがある。

 1995年1月19日、全日本プロレスの大阪府立体育会館大会で、三冠ヘビー級選手権の川田利明vs.小橋健太(現:建太)が行われた。問題は、その2日前である。
 1995年1月17日、関西地方を襲った阪神・淡路大震災が発生した。震源地に近い神戸市ほどではないとはいえ、全日大会が行われる大阪市だって被害がなかったわけではない。幸い、府立体育館の損傷は少なく大会は充分に開催可能だったが、問題は市民感情だ。
「多くの人々が震災で苦しんでいるのに、プロレスどころじゃないだろ!」と思われても仕方がない。当然のことながら、全日本プロレス内でも開催には慎重論があり、チャンピオンの川田利明も「正直に言えば、あまりやりたくない」と語っていた。

 しかし、結局は開催に踏み切ることになる。こんな時だからこそ、被災地を元気付けよう、と。
 当時の全日本プロレスは『四天王プロレス』として大人気を誇り、日本全国どこへ行っても満員の盛況だった。この日も、震災により来られなかったファンがいたにもかかわらず、満席に近い状況だったのである。
 試合は大熱戦となり、60分フルタイムの引き分け。まさしく四天王プロレスの真骨頂で、多くの人々に勇気と感動を与え、試合終了後には『全日本コール』が巻き起こり、この日の川田vs.小橋は伝説の三冠戦となった。結果的には、開催して良かったのだ。

 このときほど、プロレスの底力を示したことはないだろう。ただし、ラグビーと同じく『プロレスは些細な事』という大原則を忘れてはなるまい。今回のコロナ騒ぎは『たかがプロレス、されどプロレス』という言葉を再認識する機会になった。そして、鮮やかな『受け身』を取れば、世間から一目置かれ、他のスポーツやエンターテインメントも参考にするかも知れない。

▼阪神・淡路大震災の直後、大熱戦を演じた小橋建太と川田利明


※500円電子書籍e-bookで読む(カード決済ダウンロード即刻、銀行振込対応)
’18年01月25日号オカダ三森長州力伊橋剛太SEAdLINNNGフェイク小橋川田KnockOut

’20年03月05日号RIZIN浜松 諸岡爆弾投下 Jewels Sタイガー ラウェイ大阪 チャクリキ