神奈川逃走事件で彷彿、ドラマ『逃亡者』とモデルのプロレスラー

[週刊ファイト’19年07月04日号]収録

 今年6月、神奈川県で前代未聞の事件が発生した。実刑の確定した男が、刑務所に収容される前に逃走したのである。
 幸いにも事件から5日目の6月23日に、逃走した小林誠容疑者(43歳)は潜伏先の神奈川県横須賀市で逮捕されたが、実刑が確定した人物に逃走されるなんて、神奈川県警および所轄の厚木署、そして横浜地検にとって未曽有の大失態と言えよう。

 昨年8月には、大阪府警の所轄署である富田林署の留置場から樋田淳也被告人(当時30歳)が脱走するという事件が起きた。私事で恐縮だが、筆者は富田林署の管轄内に住んでおり、脱走犯が逮捕されるまでは生きた心地がしなかったものである。
 相次ぐ警察の失態に、怒りと不安に駆られる一般市民も多いだろう。

 こうした逃走劇で、思い出すのがアメリカのテレビ・ドラマ『逃亡者(原題:THE FUGITIVE)』だ。アメリカでは高視聴率をマークし、日本でも放送され、『逃亡者』が放送される時間帯には銭湯がガラガラになるというほどの大人気を博した。
 日本で放送されたのは1964~67年で、筆者が生まれる前のため当然のことながらオンタイムで見たことはないが、再放送で見ていた。毎回、繰り広げられるエピソードにハラハラドキドキしたものだ。1993年にはハリソン・フォード主演で映画化されている。
 ドラマや映画の『逃亡者』と、今回の日本で起きた逃走劇との違いは、『逃亡者』では主人公が冤罪だったのに対し、現実の逃走劇は被疑者の容疑が真っ黒だという点だ。
(トップ画像は昨年8月、富田林署脱走事件が起きて周辺住民に聞き込みをする警察官)


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人間は誰もが『逃亡者』。何かから逃げなければ生きていけない

 それでは『逃亡者』とは、どんな物語だったのか。ドラマ版と映画版では若干ストーリーが違うので、ドラマ版の方を紹介する。

 医者である主人公のリチャード・キンブル(演:デビッド・ジャンセン)はある日、夫婦喧嘩の末に自宅を飛び出して行った。外で頭を冷やしたキンブルが帰宅する際、『片腕の男(演:ビル・ライシェ)』が自宅から走り去るのを目撃。家に入ってみると、妻のヘレンが殺されていた。
 キンブルは警察に通報したがヤブヘビとなり、妻殺しの疑いで逮捕。裁判でもキンブルは無罪を主張し、『片腕の男』が犯人だと訴え続けたが『片腕の男』は発見されず、死刑を宣告された。

 ところが、キンブルが列車で刑務所の死刑執行室へ護送されるとき、その列車が脱線事故を起こした。大混乱に紛れてキンブルはそのまま逃走、孤独と絶望の逃亡生活が始まる。
 全米各地を転々としたキンブルは髪を染め、行く先々で名前を変え、医者だったキンブルにとって慣れない重労働で生き抜くための資金を稼ぎながら、逃亡を続ける。死刑囚のキンブルが逮捕されることは、即ち死を意味していた。
 キンブルは、ただ逃げているだけではなく、犯人であろう『片腕の男』を探し求める。『片腕の男』さえ発見すれば、無実が証明されるのだ。
 そのキンブルを追うのが、担当刑事だったジェラード警部(演:バリー・モース)である。ジェラード警部はキンブル逮捕に執念を燃やしていた。

▼ドラマ『逃亡者』の印象的なオープニング

 こう書くと、ジェラード警部とキンブルの追いかけっこ物語のように思えるが、そうではない。キンブルは逃亡先で様々な人と出会うが、その人々は全て逃亡者だった。このドラマでは、そういう描き方をしていたのである。
 逃亡者と言っても、キンブルのように警察や刑から逃げているわけではない。みんな何かから逃げている。また、逃げなければ生きていけない。人間なら誰でもそうだろう。
 真犯人であろう『片腕の男』もキンブルに追われている。キンブルを追うジェラード警部だって、『逃走した殺人犯のキンブル逮捕』という重大な任務に追われていたのだ。

 ジェラード警部は、キンブルのことを知り尽くしていた。キンブルの性格から行動パターン、愛用している歯磨き粉まで把握していたのである。言ってみれば、ルパン三世を追う銭形警部に似ているが、それをシリアスにしたようなものと考えればいい。
 そして、キンブルを熟知していたということは、『キンブルは本来、殺人を犯すことができる人間ではない』ということすらジェラード警部は知っていたのだ。キンブルが本当に妻を殺したのか疑わしいと思っていたし、仮に殺したとしても何かのはずみではないかと考えていた。そもそも、キンブルを殺人犯と断定したのはジェラード警部ではなく、裁判官や陪審員だったのである。

 ある土地で、キンブル発見の報を受け、ジェラード警部はその土地に向かう。そのときに偶然、殺人事件が起きる。誰もが「キンブルが犯人だ!」と決め付ける。
 しかし、ジェラード警部だけは「これはキンブルの仕業ではない」と断言する。「だって、キンブルは殺し屋なのでしょう?」と他の人は訝しがるが、「1人、殺しただけですよ。殺し屋じゃない」とジェラード警部は言った。
 お互いを知り尽くすキンブルとジェラード警部は、奇妙な信頼関係で結ばれていたのである。

▼最終回で遂にリチャード・キンブル(左)はジェラード警部に逮捕される。キンブルの運命は!?

YouTube キャプチャー画像より https://www.youtube.com/watch?v=bXMuQxMXAo4

傷心のままプロレスラーに転身した、リチャード・キンブルのモデル

 これ以上書くとネタバレになるのでここまでにしておくが、なぜ『週刊ファイト』で『逃亡者』のことを取り上げたのか。
 実は、この『逃亡者』は実話を基にしたドラマであり、主人公リチャード・キンブルのモデルはプロレスラーだったのだ。正確に言えば、プロレスラーにならざるを得なくなった、というところか。

 ドラマ『逃亡者』のモデルとなったのは、1954年にオハイオ州クリーブランドで起きた『サム・シェパード事件』である。
 医者であるサミュエル・シェパードの自宅で、彼の妻のマリリンが殺害された。シェパードは『モジャモジャ頭の男(ドラマでの『片腕の男』に相当)』に殴られて気絶していたと主張するが、シェパードが被疑者として逮捕される。

 裁判でもシェパードは無罪を訴えるが、裁判官はこれを棄却。シェパードには終身刑の判決が下った。息子が殺人犯にされたことにより、シェパードの母親は拳銃自殺、心労が祟った父親も病死してしまう。
 全米でも『サム・シェパード事件』は大きな話題となり、冤罪だ、いやシェパードが真犯人だと喧々諤々。事件の約10年後にドラマ『逃亡者』が始まった。

 終身刑となったシェパードは10年間服役したが、『逃亡者』が放映中だった1966年に再審が行われ、無罪判決が下ったのである。疑いが晴れて、自由の身となったシェパードは、ドラマだったらハッピーエンドになるはずだった。

 しかし、10年間も殺人犯の汚名を着せられたシェパードにとって、世間の目は冷たかった。裁判では無罪という判決が出ただけで、本当に無実だったのかどうかはわからない、と疑惑の念を持つ人が多かったのである。
 冤罪が証明されたはずのシェパードは、再び開業医となるが、『妻殺しかも知れない男』が医者となっている病院に患者は訪れない。せっかく開業したのに、病院には閑古鳥が鳴いていた。
 あまりにも厳しい現実に、酒とドラッグに溺れる毎日となった傷心のシェパード。ドラマと違い、シェパードは逃亡者にはならなかったが、現実から逃避していたのだ。
 悪いことは重なるもので、酒やドラッグの影響もあってシェパードは医療事故を起こしてしまい、遂には医師免許を剥奪される。

 金に困ったシェパードが選んだ道は、プロレスラーになることだった。ハッキリ言って、ヤケクソによる転職である。当時は既に45歳だったシェパード、しかも酒とドラッグにより体はボロボロだった。
 シェパードは、マネージャーだった20歳の女性と結婚するが、まもなく1970年4月に肝不全で死亡。享年46歳という若さだった。

▼“殺人医師”こと故スティーブ・ウィリアムスは『サム・シェパード事件』とは無関係

 その後、シェパード家の清掃業者だったリチャード・エバーリングが真犯人として浮上した。亡きシェパードの一人息子であるサム・リースは、エバーリングが真犯人だと主張し、エバーリング自身もそれを認める発言をしたというが、決定的な証拠は発見できず2000年の裁判ではサム・リースの訴えは却下されている。
 結局『サム・シェパード事件』の真相は謎のままだ。それに、シェパードを殴ったという『モジャモジャ頭の男』とは一体、何者だったのだろう。

 いずれにしても、運命に翻弄され続けたサム・シェパードこそが、プロレス史上で最も悲劇的なプロレスラーだったのかも知れない。そして冤罪がなくならない以上、いつ我々が『第二のサム・シェパード』にならないとも限らないのだ。


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