[ファイトクラブ]プロレスを彩ってきた必殺技! それは日本文化にも影響を与えた

トップ画像:wikipediaより引用

[週刊ファイト6月27日号]収録 [ファイトクラブ]公開中

▼プロレスを彩ってきた必殺技! それは日本文化にも影響を与えた
 by 安威川敏樹
・NHK『日本人のおなまえっ!』で取り上げられた、プロレスの必殺技
・『必殺技』は日本の文化
・日本人が必殺技好きになったキッカケは、力道山の空手チョップ
・必殺技を臨機応変に使い分けたジャイアント馬場とアントニオ猪木
・1980年代最高の必殺技、スタン・ハンセンのウエスタン・ラリアット
・国が変われば技の威力も変わる!? ハルク・ホーガン
・問題となる“必殺技のインフレ”


 6月13日(木)、NHK総合テレビで『ネーミングバラエティー 日本人のおなまえっ!』が放送された。元々、同番組のコンセプトは日本人の苗字について言及することだったが、最近ではネタ切れのせいか苗字以外のことを取り上げるケースが多くなり、この日の特集は『必殺技』という『日本人のおなまえっ!』とはエンガチョのテーマだった。

『スペシウム光線(ウルトラマン)』や『かめはめ波(ドラゴンボール)』など、ヒーロー物には欠かせないのが必殺技。主人公が必殺技を繰り出すと、相手は必ず屈服する。『水戸黄門』の印籠も、ある意味では必殺技だろう。

 そして、必殺技と言って思い出す、もう一つのジャンルはプロレスだ。しかも同番組の司会者は、プロレス実況で一世を風靡した古舘伊知郎である。この日の古舘はまさしく、水を得た魚だ。
 アンケートにより、あらゆるジャンルに登場した必殺技のトップテンが発表され、その中に6位の『空手チョップ(力道山)』と、8位の『卍固め(アントニオ猪木)』という、2つのプロレス技がランク・インしていた。

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日本人が必殺技好きになったキッカケは、力道山の空手チョップ

 同番組での考察は『日本人は必殺技が好き』ということだった。海外では、必殺技という概念はないという。必殺技を出せば、相手を倒すことができるというのが、日本人好みのパターンだ。
 マジンガーZがブレストファイヤーを放てば、敵の機械獣は爆発する。ブレストファイヤーさえあれば、ロケットパンチや光子力ビームなどは必要ないんじゃないかと感じるが、マジンガーZは無駄と思えるほどの多種多様な武器を装備していた。

 なぜ日本人は必殺技を好むようになったのか? そのルーツは力道山にあると同番組では推察する。
 戦後まもない日本は、敗戦コンプレックスに覆われていた。多くの日本人が、アメリカには絶対に敵わない、と考えていたのである。その一方で、大国アメリカに日本人は憧れを抱いていた。
 しかし、力道山は大柄な外人レスラーを空手チョップで叩きのめして、敗戦コンプレックスを吹き飛ばしたのだ。何しろ当時は、力道山が朝鮮半島出身であることを伏せられていたので(プロフィールでは長崎県大村市出身となっていた)、日本人が『空手チョップ』という日本的な技でアメリカ人をなぎ倒す姿に、日本人は熱狂したのである。

 問題は、なぜ『空手チョップ』と名付けられたのか、ということだ。当時の日本人は、プロレスの技について何も知らない。力道山が日本で旗揚げする直前、実況アナウンサーが道場を訪れ、プロレス技の名前について一つ一つ、力道山に教えてもらった。
 力道山が得意としていた、相手を手刀で叩き込む技について、アナウンサーが「それは何という技ですか?」と尋ねたが、そのときはまだ名前はなかった。困った力道山は「リキ・スペシャルじゃピンと来ないし……」と考え、咄嗟に「空手チョップだ」と答えたという。
 このネーミングが良かった。『空手』という日本古来の武術に『チョップ』という英語を組み合わせるという、絶妙のマッチングだったのだ。つまり、日本人の魂を『空手』に込め、アメリカへの憧れを『チョップ』という英語で現したのである。
 また、試合序盤ではやられっぱなしだった力道山が、最後には空手チョップで大逆転勝利というパターンも、後の特撮ヒーロー物や漫画に多大な影響を与えた。

 ちなみに、このエピソードでVTR出演したのが、力道山の息子である百田光雄と、その息子の百田力だった。再現ドラマでは百田力が、祖父である力道山の若かりし頃を演じたのである。

▼NHKにVTR出演した、百田力と百田光雄の親子合体攻撃

必殺技を臨機応変に使い分けたジャイアント馬場とアントニオ猪木

 8位に選ばれた卍固めは、古舘伊知郎の範疇である。この技の名前は、ファン公募によって名付けられた。由来はもちろん、技が完成したときの両者の形が『卍』という漢字に似ているからだ。
 ここで古館は、先輩アナウンサーのエピソードを紹介。アントニオ猪木が卍固めを仕掛けたとき、先輩アナウンサーは「アントニオ・スペシャル! 卍固め! タコ固め! オクトパス・ホールド!」と、同じ技なのに違う名前を連呼していたそうだ。海外では卍固めのことを、タコが絡み付くような技なので『オクトパス・ホールド』と呼ぶ。

▼「アントニオ・スペシャル! 卍固め! タコ固め! オクトパス・ホールド!」

 猪木も晩年になれば、必殺技として卍固めよりも延髄斬りを多用するようになった。今回の『日本人のおなまえっ!』はプロレス技特集というわけではないので、空手チョップと卍固め以外にはあまり触れなかったが、延髄斬りも必殺技として忘れてはならないだろう。

 延髄斬りも初期の頃は『延髄蹴り』などと呼ばれていたが、やはり『延髄斬り』の方が相応しい。人間の重要な部分である後頭部の『延髄』を『斬る』という行為は、それだけで戦慄が走るネーミングだ。
 1979年のプロレス夢のオールスター戦で、猪木は延髄斬りを連発したが、実況した日本テレビの倉持隆夫アナはまだ技の名前を知らず『アリ・キック!』と連呼していた。
 猪木は卍固めや延髄斬り以外にも、ジャーマン・スープレックスという必殺技もあった。フォールを奪える必殺技を複数持ち、臨機応変に使い分けていたのだから、やはり猪木は天才レスラーだったのである。

 アントニオ猪木の名前を出せば、ジャイアント馬場の必殺技にも触れねばなるまい。馬場の代名詞といえば、なんと言っても16文キックだ。
 つまり、馬場の足の大きさが16文というわけだが、これをメートル法に直すと38.4cm。いくら馬場の足が大きいと言っても、これではいかにも大き過ぎる。
 馬場がアメリカ修行時代、履いていた靴に16と書かれていたので、それを見た新聞記者が『馬場の足は16文』と記事に書いたのがキッカケだ。そもそもアメリカの靴に、日本式の文数が書かれているわけがない。馬場は自著『王道十六文(日本図書センター)』で「(16とは)16インチのことだと思うが」と書いているが、16インチだと40.64cmになってしまう。おそらく、アメリカにおける靴のサイズである『16号』のことだろう。
 いずれにしても『馬場の足は16文』というのが基準となり、馬場よりも足が大きいアンドレ・ザ・ジャイアントのキックを『18文キック』、馬場よりも小さいジャンボ鶴田のキックを『15文キック』と呼ぶようになった。

 実際には、弱い相手ならともかく、強い相手では16文キックでピンフォールを奪うことはあまりなかった。16文キック以上に強力な技『32文ロケット砲』、要するにドロップ・キックを繰り出すと、大抵はピンフォールを奪ったものである。16文の足が2つあるから、合わせて32文というわけだ。
 ただ、何しろ馬場の巨体でドロップ・キックを放つのは相当体力を消耗するので、滅多に32文ロケット砲を出すことはなかった。それでも、若い頃はボボ・ブラジル相手に32文を連発したこともある。

 馬場が、ここ一番でしか出さない大技としては、ランニング・ネックブリーカー・ドロップがあった。馬場が日本人として初めてNWA世界ヘビー級王座を奪取したとき、ジャック・ブリスコ破ったのも、この技だったのである。

 馬場もやはり、必殺技を使い分けていた。やはりジャイアント馬場とアントニオ猪木のBI砲は、プロレスの見せ方を熟知していたのである。

▼アントニオ猪木とジャイアント馬場は、必殺技の使い方も天才的だった

1980年代最高の必殺技、スタン・ハンセンのウエスタン・ラリアット

 ランニング・ネックブリーカー・ドロップの名前が出たが、それとよく似た必殺技がスタン・ハンセンのウエスタン・ラリアットだ。太い腕を相手の首に叩き込むという、単純明快な技で一世を風靡した。
 ハンセンがこの技を開発したのはレスラーになる前の、アメリカン・フットボールでのこと。ディフェンスのミドル・ラインバッカーだったハンセンは、突進してくるオフェンスの選手の首に左腕でタックルを見舞った。これがウエスタン・ラリアットの原点だ。
 現在では、アメフトでもラグビーでも、首から上へのタックルは禁止されている。悪質な場合は退場させられるほどの危険な行為だ。それがプロレスの試合では、1試合で何発も繰り出されるのだから、やはりプロレスラーの体は頑丈である。

 しかし、アメリカでのハンセンは、ウエスタン・ラリアットを決め技としてはあまり使っていない。全く使わないわけではないが、日本ほど頻繁ではなかったのである。ハンセンがAWA世界ヘビー級王座をリック・マーテルから奪取した技は、ウエスタン・ラリアットではなくボストン・クラブ(逆エビ固め)だった。
『投げ縄』を意味する『ラリアット(lariat)』は元々技の名前ではなく、テキサス出身のハンセンをイメージしたものだった。若手時代のアメリカでの記事を見ると『STAN”THE LARIAT”HANSEN』と書かれている。つまり『ラリアット』とは、ハンセンのリング・ネームの一部というわけだ。
 技としてのラリアットは、アメリカでは『クローズライン(clothesline)』と呼ぶのが一般的である。ちなみにクローズラインとは『物干し綱』という意味だ。それならやっぱりラリアット(投げ縄)の方がしっくりくるか……。

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