[ファイトクラブ]祈願世界平和!「国名つきのプロレス技」について深読みする

[週刊ファイト1月18日号]収録 [ファイトクラブ]公開中

▼祈願世界平和!「国名つきのプロレス技」について深読みする
 by 立嶋博
・謎が謎を呼ぶ? 幻の技「満州固め」を深掘りしてみる
・「マジャル」の基礎知識 ~世界を渡る「異端」の東欧人~
・ルー・キムのグレート・ジャーニー ~ハンガリー・アメリカ・満州~
・アメリカ人にとって「アジアは一つ」? キムは自らギミックを壊した
・長年の大疑問! “日本式” 「回転足折り固め」の怪


 プロレスにはその名に国名や地名がついた技が多くある。レスラーの出自はギミックの一環としても重要だから、オリジナル技に出身国や出身地をイメージさせる名を付けるのは当然で、命名手法としては何の不思議もない。

 そうした技の例としてすぐに思いつくのは「カナディアン・バックブリーカー」「アルゼンチン・バックブリーカー」「ジャーマン・スープレックス」であろう。
 これらはそれぞれカナダ人ギミックのユーコン・エリック、アルゼンチン人のアントニオ(アントニーノ)・ロッカ、ドイツ人ギミックのカール・ゴッチが創始したとされる技だから、命名に口を挟む余地はない。至って自然なネーミングセンス、手なりの一手といったところである。
 一方「インディアン・デスロック」というのはインド式という訳ではなく、ネイティブ・アメリカンであるチーフ・ドン・イーグルが創始者であったためにそう呼ばれたものである。

 なお「メキシカン・ストレッチ」というのはミル・マスカラスをはじめとするメキシコ人たちの多彩なサブミッションをまとめて英語風に呼んだもので、日本オリジナルの十把一絡げである。
 その後、「カベルナリア」「カンパーナ」「エル・ヌド」といった個別の技名が知られるようになり、総称としても「ジャベ」がすっかり定着した感があるので、「メキシカン・ストレッチ」が死語になる日も遠くはあるまい。アレはアレで、簡単で良かったんだけどな……ま、仕方ない。

 さて、これらは素性が明らかなものである。
 ところが、中にはなんだか事情が分からない「国名技」もある。
 以降はそういうものについて述べていく。

 謎が謎を呼ぶ? 幻の技「満州固め」を深掘りしてみる

「マンチュリアン・クラッチ」という、現在では全く見られなくなってしまった拷問技をご存じだろうか。最近のファンはもちろん、昭和プロレスのファンでも詳しく説明できる人は少ないかもしれない。

 これはフルネルソン的な姿勢から、自分の頭を相手の背骨から首筋辺りにぐりっと押し付け、呼吸に苦しむ相手を徐々にマットに沈めていく、というヒール風味の技である。
 仕掛けられた側の顔がよく見え、苦しさが十分に観客に伝わる技だと思うのだが、地味過ぎたのか、仕掛けてからの展開が難しかったのか、現在、これを得意技にしている者は見当たらない(天龍源一郎などの「WARスペシャル」はこれに類似した技だが、型が異なる)。

 この技を創始したのはルー・キムという人物である。来日は1960年の日プロ「第2回ワールド大リーグ戦」への一回のみ。この男はマジャル系(詳しくは後述)ではあるが、テキサス生まれのアメリカ人である。
 ニックネームは「蒙古の怪人」「チンギス・ハーンの末裔」。つまり後のキラー・カーンやボロ・モンゴル(マスクド・スーパースター)と同じ、モンゴル人ギミックだった。それなのに「満州出身」を自称し、あまつさえ得意技に「マンチュリアン(満州人)」を冠していたのである。

 このややこしいキャラ設定を理解するには、世界史の流れを俯瞰してみる必要がある。


▲ A.ロッカに「満州固め」を仕掛けるルー・キム 

 「マジャル」の基礎知識 ~世界を渡る「異端」の東欧人~

 キムの本名は「ルーベン・ライト(Reuben Wright)」。かの「アリゾナの殺人鬼」ジム・ライトは異母弟に当たる。まず、彼らをヒールたらしめていた民族的背景について述べてみる。

 マジャル人はハンガリーの人口の95%を占める人種で、その起源はロシアを東西に分かつウラル山脈の南部、中央アジアとも欧州の東の果てとも言える地域で暮らしていた遊牧民であるという。ハンガリーが欧州唯一のアジア系国家と呼ばれていた所以である。
 彼らは独自の言語「マジャル語」を話す。マジャル語は孤立的言語で、日本語や朝鮮語と同じく膠着語の特徴を持ち、周辺のスラブ系・ラテン系言語とは相関が薄く、他の欧州人からは何やら「異端」の文化圏のように思われてしまうきらいがある。

 また、マジャル人は、かつてはフン族と同一視されていた。ゴート族を武力で追って東西ローマ帝国を圧迫させたことで知られる、キリスト教世界にとって不倶戴天の敵、蛮族の代名詞の係累と勘違いされていたのである。
 この俗説は東ローマの僧たちの口伝に由来するもので事実とは異なるが、白人社会では長年にわたってそのように信じられていた。つまりマジャルの血統の標榜は、生まれながらのヒールとしてライト兄弟を印象づけるに不可欠なピースであったと考えられる。


▲ フン族の侵入(Johann Nepomuk Geiger画)

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