令和プロレスはどうなる!? 勝手に大胆予想

 今年(2019年)5月1日、日本の元号は平成から令和に切り替わった。昭和の時代、日本に本格的に輸入されたプロレスは、平成になって苦難の道を歩んだとは言え、なんとか人気を回復して令和の時代を迎えたのである。

 それでは、令和のプロレスは、どんな道を歩むのだろう。昭和が終わって平成になった頃、平成の終わりにプロレス界がこういう状態になっていることを、誰も予想できなかったのではないか。他のスポーツに比べ、移り変わりが激しいのがプロレス界である。

 そこで、令和のプロレスがどういう形になるのか、大胆予想してみよう。もちろん、筆者は占い師や予言者ではないし、筆者の言ったことが当たる可能性は低い。だから、令和30年頃(2050年前後)に「令和元年(2019年)に安威川敏樹が言ってたことは全然当たってないじゃないか!」などと怒らないでいただきたい。何しろ、占い師や予言者が言うことだってデタラメなのだから。
 当たったときだけ「安威川敏樹が言ったことは正しかった」と30年後に褒めてください。


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▼[ファイトクラブ]平成プロレスとは何だったのか!? 昭和最後に昭和プロレスは消滅し、平成元年に平成プロレスが始まった!

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▼平成三代のMVPは誰!? 独断と偏見で選出

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力道山が興した日本プロレスが復活!? 自前の常打ち会場の保有も

 令和のプロレスでは、昭和や平成で行ってきたプロレスラーおよびプロレス出身者による団体経営は、もはや不可能になるだろう。特にメジャー団体ではそうだ。
 昭和の時代、力道山が日本プロレスを興し、それ以降はジャイアント馬場の全日本プロレス、アントニオ猪木の新日本プロレスなど、レスラー系の人物がプロレス団体を経営してきたのだ。しかも、現役レスラーが社長を務めることが多かったのである。

 そんな流れが変わったのが、平成時代の新日本プロレスであろう。2004年(平成16年)に非レスラー系の草間政一氏が社長になり、2005年(平成17年)には新日本プロレスはユークスの子会社となった。しかし、ユークスの新日本プロレスは上手くいかず、「やはりレスラー系の人が経営しないとプロレス団体は持たない」と思われたのである。
 ところが、2012年(平成24年)になると、ブシロードに身売りされた新日本プロレスはV字回復、今日の隆盛に繋がった。

 現在、メジャー団体とされているのは新日本プロレス、全日本プロレス、プロレスリング・ノアだが、令和になるとレスラー系の経営者ではプロレス団体を運営していけないのではないか。つまり、プロレス経営にも一般企業のようなビジネス感覚が必要になるということだ。そのためには、プロレス団体は経営のプロがオーナーもしくは社長になる必要がある。
 今では、経営のプロが運営する新日本プロレスの独り勝ちと言われているが、それもいつまで続くのかわからない。全日本プロレスやノア、あるいはインディー団体が強力なスポンサーを付けて、新日本プロレスを凌駕しないとも限らないのだ。

 そこで行われるのが、マット界の統一である。と言っても、たとえば新日本プロレスが全日本プロレスを吸収合併したり、あるいはその逆でも、関係者やファンは黙っていないだろう。新日本プロレスや全日本プロレスという名前は、歴史が重すぎるのだ。そう簡単に消すことができる団体名ではない。

 ところが、新日本プロレスや全日本プロレス、プロレスリング・ノアを上回るプロレス団体の名称が、たった一つだけある。それが日本プロレスだ。
 力道山が設立し、ジャイアント馬場やアントニオ猪木を育てた日本プロレスは、まさしく日本のプロレスのパイオニアである。
 たとえば、マット界を統一しようとするスポンサーが『日本プロレス』を名乗って、その傘下に『新日本プロレス部』『全日本プロレス部』『ノア部』などを設立すれば、案外すんなりと合併できるかも知れない。
 つまり、昭和40年代に消滅した日本プロレスが、令和の時代に亡霊の如く復活するわけだ。

 さらに、プロレス界にとって懸案事項となるのが、自前による常打ち会場の保有である。現在、プロレスでの常打ち会場と言えば東京・後楽園ホールだ。ノアが常打ち会場としていた東京・ディファ有明は、2018年(平成30年)に閉鎖されてしまった。

 後楽園ホールやディファ有明は、プロレス団体が保有しているわけではない。団体がレンタル料を払って使用しているのである。もちろん、レンタル会場なので、プロレス団体の都合でスケジュールを動かすわけにはいかない。

 そこで、考えられるのが新しい日本プロレスによる、自前の常打ちプロレス会場の保有である。プロ野球の球団だって、本拠地球場がレンタルだと使用料が高く、売店の売り上げも球団の儲けとしては微々たるもののため、球場を買い取る球団が続出した。北海道日本ハム・ファイターズなどは、レンタル料が高くて儲けが少ない札幌ドームを離れて、2023年に札幌郊外の北広島市に自前の新ドーム球場を建設する予定である。

 そして注目されるのは、力道山が生前に造ったリキ・スポーツパレス(以下、リキ・パレス)だ。力道山はプロレスの常打ち会場として、リキ・パレスを建設したのである。
 もちろん、自前の会場のためレンタル料は必要ない。しかも力道山は、リキ・パレスを単なるプロレス会場だけではなく、ボウリング場やサウナ、レストランなど、プロレス以外でも楽しめる施設にしたのだ。これは現在のプロ野球での本拠地球場にある『野球以外でも楽しめるボール・パーク』という思想を先取りしていたのである。つまり、力道山には先見の明があったのだ。
 だが、残念ながら力道山の死後、リキ・パレスは借金のカタとして身売りされてしまった。でも、令和の時代にはリキ・パレスのようなプロレスの自前会場が復活するかも知れない。

▼力道山の日本プロレスとリキ・パレスが、令和の時代に亡霊のように甦る?

インディー団体はメジャー団体のマイナー・リーグ化するのか

メジャー団体が一本化されるとすると、気になるのがインディー団体の行く末だ。メジャー団体が淘汰されるのだから、インディー団体がそのままというわけにはいくまい。
 だが、平成のプロレスはインディー団体の時代でもあった。平成の時代は多くのプロレス団体を生み、ほとんどが無秩序状態だったのである。
 とはいえ、資金力のないインディー団体に多くのファンが付いた。色々なスタイルのプロレスを、ファンが楽しむようになったのが平成という時代だったのである。
 しかし、令和でもこの状態が長く続くとは思えない。前項でも言ったように、大きなスポンサーがメジャー団体に付けば、インディー団体はひとたまりもないからだ。

 と言っても、インディー団体は令和の時代でも生き残るだろう。それは、現在のような無秩序状態ではなく、メジャー団体と資本関係を結ぶということだ。似ているのは、アメリカ野球のメジャー・リーグとマイナー・リーグという関係である。
 ただ、そのままそっくりメジャー・リーグとマイナー・リーグのような関係になるわけではない。つまり、インディー団体はメジャー団体の、レスラー供給源となるということだ。

 昭和および平成のプロレス界は、メジャー団体に道場があって、そこで鍛えられた者だけがその団体のトップ・レスラーになるという仕組みだった。だが令和の時代には、その道場制度が崩れる可能性がある。今までのプロレス界では当たり前だった理不尽なシゴキやイジメが、令和の時代では通用しなくなるかも知れないのだ。
 そこで考えられるのが、インディー団体でデビューして、実力を認められたレスラーがメジャー団体に移籍するという構図である。メジャー団体はインディー団体に育成料を支払い、インディー団体は良い選手を育てるためにその育成料を活かすという仕組みだ。

 こうして、メジャー団体とインディー団体は、ウィンウィンの関係を築いて、お互いに儲けようとするわけである。インディー団体にとっても、スター・レスラーが巣立っていけば「あの団体は○○選手を育てた団体だ」と評判を呼び、入門者が殺到してますます経営が潤うかも知れない。

▼令和プロレスでは、インディー団体から明日のスーパースターが生まれるか!?

プロレス放送はネット中継、プロレス・マスコミは電子書籍が中心に

 昭和プロレスを支えていたのはテレビ中継だった。新日本プロレスと全日本プロレスをゴールデン・タイムで放送し、高視聴率を稼いだためにテレビ局にとってプロレスは優良コンテンツとなり、プロレス団体も高い放映権料を得て、さらにテレビでの人気によってプロレス・ファンを増やしていった。
 ところが、平成の時代になってそのビジネス・モデルが崩れたのである。事実上の昭和最後の年となった1988年(昭和63年)には新日本プロレス・全日本プロレス共テレビ中継がゴールデン・タイムから撤退したのだ。

 そして、平成10年代に入った頃には格闘技ブームもあって、プロレス界は厳冬の時代に入った。平成20年代になり、プロレス人気はV字回復したというものの、実際には『プロレス』という言葉すら知らない子供も大勢いるという。力道山やジャイアント馬場、アントニオ猪木らがエースを張っていた時代には考えられないことだ。
 プロレス全盛期にはアンチ・プロレスが大勢いた。しかし平成の時代になってからは、アンチ・プロレスなんて見当たらない。
 これは、プロレスが市民権を得たわけではなく、単に世間一般の人がプロレスのことを知らないだけなのだ。アンチがいないということは、人気が低下したことの現れである。

 ただ、令和の時代になれば、こういう傾向はプロレスに限らず、各界で顕著に現れるだろう。プロ野球やJリーグすら、国際試合以外は地上波テレビから消えるも考えられる。今だって、もはや野球やサッカーもCSなどの有料放送が中心となった。
 現在のプロレス界も地上波テレビでは、テレビ朝日で新日本プロレス中継を深夜に細々と続けているだけ。昭和プロレスのような、ゴールデン・タイム復帰など夢物語だ。

 そして、令和の時代はこの傾向がもっと加速するだろう。地上波はもちろん、CSによる有料放送ですら、プロレスを中継しなくなるかも知れない。テレビ画面から、プロレスが消えるのだ。
 令和プロレスでは、インターネットによる中継が主流になるのではないか。ファンはお金を払って好きな時間に好きな場所で、ネットでのプロレス中継を楽しむのである。

 さらに、平成の時代はプロレス・マスコミにとっても天国と地獄の両方を味わった。平成一桁代は、まさしく『活字プロレス』全盛時代。週刊プロレス(ベースボール・マガジン社)と週刊ゴング(日本スポーツ出版社)がしのぎを削り、プロレス雑誌が売れまくっていたのである。
 しかし、平成10年代になるとプロレス氷河期のため、プロレス誌(紙)は全く売れなくなった。週刊ゴングは事実上の廃刊、そして日本スポーツ出版社も倒産した。さらに、プロレス専門のタブロイド紙だった週刊ファイト(新大阪新聞社)も休刊に追い込まれたのである。幸い、週刊ファイトは電子書籍として復活した。

 ただ、プロレス雑誌が平成の中頃に衰退したのは、何もプロレスの人気低下だけが原因ではあるまい。この時期はインターネットが発達したために、紙媒体そのものが衰退したのだ。実際、本屋が街中から消えていったのも、この頃である。

 現在では、ベースボール・マガジン社が発行している週刊誌は、週刊ベースボールと週刊プロレスだけだ。同社発行の週刊サッカーマガジンですら、今は週刊から撤退して、月刊サッカーマガジンとなっている。サッカーダイジェスト(日本スポーツ企画出版社)も、現在は週刊ではなくなり、月2回の発行となった。
 今や野球と並ぶ国民的スポーツであるサッカーでも、週刊誌から撤退せざるを得ない状況なのに、週刊プロレスが未だに週刊で発行しているのは驚異的である。これは、プロレスを文字として楽しむ、即ち『活字プロレス』が日本に根付いた現れだろう。

 しかし、この状況が令和になっても続くとは思えない。紙媒体の衰退と共に、週刊プロレスもやがては月刊化、あるいは電子書籍化する可能性がある。
 その点、週刊ファイトは平成の時代から電子書籍化していた。つまり、週刊ファイトは時代を先取りしていたということか(結局、それが言いたかったんだろ)。

▼令和時代を先取りした(?)週刊ファイト
’19年04月11日号天王山WM週間ROH新日MSG イケメンW1事故 ONE両国 ラウェイ 長州力


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’19年05月09日号令和元年WWE ドラディション アクトレスガールズ KnockOut 浅草橋