ペドロ・モラレスさん天国へ!サンマルチノと並ぶ民族の英雄にしてMSGの帝王

photo by George Napolitano/他

 ペドロ・モラレスさんが亡くなった。Wikiによると享年76歳、実際は78歳。晩年はパーキンソン病に苦しめられていたという。本誌とは、歴代の特派員、通信員がMSGの現場で取材しており、自前写真も膨大にある。1971年2月8日に、イワン・コロフを破ってWWWF世界王者になって、1973年12月1日にスタン・スタージャックに王座を明け渡しているが、なにしろ、MSGで行われた30回の防衛戦のウチ、21回を満杯札止めにした(別の資料では24回中17回がMSG定期戦)記録保持者なのである。これがどれだけ凄いかは、今の綺麗になったMSGしか知らない世代にはなかなか理解してもらえないが、旧MSGは売店などのある外枠の通路が狭く、すべてにおいてぎっしり詰め込んでいたからアリーナは2万人も収容していたのだ。そこをソールドアウトにしていたのだから、イタリアの英雄ブルーノ・サンマルチノと並んで、プエルトリコの英雄はいかに地元民に愛されていたことか。

 当時の現WWEというのは、各マイナリティー人種を代表する選手が活躍するから、地元のコミュニティーが大挙して応援に行くみたいな側面が強く、例えばアイヴァン・プトスキー(当時のカタカナ表記はイワン)は、ポーランド系の期待を集めるなどの民族の祭典という集客の構造があった。ロシア人ギミックとか、実際は自称が多かった業界であるが、ペドロ・モラレスさんはプエルトリコはクレブラ島の出身なので本物だ。但し、高校の途中でアメリカの卒業証書のほうが価値もあるとなり、おばさんのいるブルックリンに移住している。ほどなくして早熟のままプロレス入りを果たしているそうだから、wikiなどには「17歳でデビュー」と活字になっていることが多い。
 ニューヨークにおけるプエルトリカンとなれば、映画『ウエスト・サイド物語』(1961年、ポーランド系ジェット団とプエルトリコ系シャーク団の対立。古典『ロミオとジュリエット』の米国版)で描かれた情景と、70年代に入っても、80年代になっても、ほとんど何も変わってなかったのが生活実感でもある。”ラテンの魔豹”モラレスさんがいかにニューヨークで絶大な人気があったかは説明不要だろう。

1982年1月18日、MSGでグレッグ・バレンタインを血だるまにしてインターコンチネンタル王座防衛

131213wb025-8211XXPhilly.jpg
1982年11月フィラデルフィアのスペクトラムで撮影されたインターコンチ王者ペドロ・モラレスとタイガーマスクの貴重なショット

 WWWF王者、インターコンチネンタル、タッグ王者と、いわゆるタイトルを総なめにした最初の選手としても記録が残る。長年に渡って、何度もインターコンチネンタル王者という、いわゆるNo.2扱いの記憶でも現地では知られているのだ。今のように、そもそもRAWとSmackDownにブランドがわかれていて、ベルトの数が多すぎて専門家でも誰がチャンピオンなのか失念している時代ではない。それしかなかった時代の団体の顔なのである。

ブルーノ・サンマルチノとペドロ・モラレス

 1972年に行われた最初の『Showdown at Shea』と題された、ニューヨークメッツの本拠地野球場での超大観衆を集めた当時の団体における最大イベントでは、ブルーノ・サンマルチノとのメインイベントで、結果はアナウンスによると75分05秒、実際は65分05秒で市条例による夜時間切れの痛み分け。1980年の3度目の『Showdown at Shea』は、メインこそサンマルチノとラリー・ズビスコの師弟対決だったが、セミでボブ・バックランドと組んで、ワイルド・サモアンズを撃破、タッグ王者になっている。ビートルズが最後のコンサートをしたシェイ・スタジアムだが、今のとは作りも外観もまるで違い、現場を知る記者にしたら同じ野球場には見えない。

1980年8月9日シェイ・スタジアム決戦、ベビーフェイス一塁側ダッグアウトから登場直前のバックランドとモラレス

 もともとはハイフライヤーであり、ドロップキックの名手。日本では、ジャイアント馬場さんに着地のコツを教え、そこから「32文ロケット砲」が誕生したエピソードでも知られている。

週刊ファイト2月28日号には豊富な週刊ファイト写真と合わせて詳細追悼特集が収録されました。


※月額999円ファイトクラブで読む(クレジットカード、銀行振込対応)
▼堺屋太一 飯伏&新日大阪 猪木馬場 WWE年商1000億円 Pモラレス

[ファイトクラブ]堺屋太一 飯伏&新日大阪 猪木馬場 WWE年商1000億円 Pモラレス

※490円電子書籍e-bookで読む(PayPal決済easypay、銀行振込対応)
’19年02月21日号新日大阪 KnockOut WWEベラ 堺屋太一モラレス ペイジ映画 SEAdLINNNG