6・24NJKF後楽園 宮越宗一郎選手インタビュー 

「NJKF 2018 2nd」(6月24日、東京・後楽園ホール)において、弟の慶二郎(WBCムエタイ・インターナショナル・ライト級王者/拳粋会)、そしてMOMOTARO(WBCムエタイ・インターナショナル・フェザー級王者/OGUNI)との引退記念エキシビションマッチを行う宮越宗一郎(WBCムエタイ・インターナショナル・スーパーウェルター級王者/拳粋会)。かつての名選手であった父・宮越新一会長の影響で自身もキックの道へ進み、慶二郎との兄弟同時WBCムエタイ・インター王者も達成。12年半に及んだキャリアを振り返り、胸中を語る。

宮越宗一郎(Miyakoshi Souichiro)
1987年2月12日、埼玉県出身
2005年12月5日デビュー
初代WBCムエタイ日本統一ウェルター級王者
第2代WBCムエタイ日本統一スーパーウェルター級王者
WBCムエタイ・インターナショナル・スーパーウェルター級王者
51戦33勝(12KO)15敗3分
拳粋会所属

■宮越宗一郎
――今回は引退に際して今までの歩みを振り返って頂きたいと思います。元はお父さんの影響で空手を始めたことが宗一郎選手の原点になりますか?
宮越 そうですね、10歳の時です。それまでスポーツもほとんどやっていなくて、でも夏になったら虫を取りに行ったり、友達と林に行って遊んだりしていて外で遊ぶのが好きな子どもでした。ただ、小さい頃から父親に「大きくなったらキックボクシングのチャンピオンになるんだ」とは言われていて、まだ空手もやっていなかったんですけど、特に抵抗もなく、深く考えず“なるんだろうな”っていう感じで思っていました。それでちょうど自分が10歳の時に父親が道場を作って空手を始めて、その時も全然真面目にはやっていなかったんですけど、高校生になってキックボクシングもやり出して、そこから初めて本当にチャンピオンへ向かって努力していった感じです。
――自然な感じで現在に繋がる道を歩いてきましたが、イヤだなと思ったことはありませんでしたか?
宮越 イヤだなと思ったのはプロになってからです。もう結構デビュー戦あたりから、まず練習が相当ハードになりますし、案外勝てないもんだなとも思ったし、あと金銭面であったりいろいろそういうのが重なって、イヤだなぁと思いました。大変なことの方が全然多かったです。ただ周りの人たちが応援してくれているし、そう簡単には辞められないので、30歳まで頑張ろうと思いました。それはもう18歳のデビュー戦ぐらいから思っていました。
――そこから12年半、51戦に及ぶキャリアとなりましたが、戦い終えた今、どんなことが思い浮かびますか?
宮越 12年半、長かったなぁと思うんですけど、チャンピオンになってからは割と早かったのかなっていう感じです(2009年12月、デビュー4年目にWBCムエタイ日本統一王座を奪取し初戴冠)。そこからはファイトマネーが上がってちょっと楽になったり、あと海外の試合も多かったので楽しかったですし、ベルトを獲る前よりは楽しいことも増えました。
――タイや中国、海外での試合が多いキャリアでもありました。
宮越 最初のタイファイト(2010年8月)の時はまだ外国人選手との試合が怖かったんですけど、でもだんだん慣れてきて、クンルンファイト(2014年10月~)に出てるぐらいの時は楽しかったです。試合自体は外国人選手とやるってなると怖いんですけど、タダで観光もできますし(笑)、プレッシャーもそこまで感じないので。やっぱり日本だと応援してくれてる人とかみんな見に来るので、その分“勝たないといけない”っていう気持ちが強いんですけど、海外だとそういう気持ちはなくリラックスしてやれました。
――どの試合もそうだとは思いますが、思い出深い一戦というとどの試合になりますか。
宮越 いろいろあるんですけど、やっぱり(WBCムエタイ)インターナショナルのタイトルマッチですかね(2015年11月15日)。兄弟でダブルタイトルマッチだったので、あの時は絶対落とせなかったし、あの試合で勝てた時の喜びは大きかったです。嬉しいのとすごくホッとしたのとがありました。あとは初めてタイトルを獲った時とか(2009年12月)。
――では、51戦やった中で“これは強かった”という相手になると誰になりますか?
宮越 一番衝撃を受けたのはリアム・ハリソンです(2010年10月)。とにかく蹴りの威力がすごく強くて、ほんと腕が折れそうになったし、試合中すごく恐怖を感じました。ローキックも一発で効かされちゃったし、フックも一発でグラつくぐらい強くて、一発一発の攻撃は他の選手と比べ物にならないぐらい、もうダントツで強かったです。YouTubeとかで練習を見ても一発一発全力で打つスタイルで、ほんと壊しに来るようなスタイルなので効きました。
――そんな衝撃的な対戦を経て、影響を受けたり変わった部分はあったのでしょうか。
宮越 ありました。リアム・ハリソン戦からローキックの打ち方を真似したり、そうやって対戦相手から真似したりすることは結構ありました。自分の戦い方は自分のスタイルを貫き通すっていうものではなくて、常によい選手のスタイルを取り入れたり、その都度変えていく感じでした。それが近道だったかどうかは分からないですけど、でも自分にとってはプラスだったと思います。
――真似をしたり取り入れるのは実際に戦った相手からすることが多かったのでしょうか。
宮越 やったことのない相手でも、有名な選手は映像から取ることも多かったです。それで練習で試して、これは自分に合わない、無理だなと思ったら取り入れるのをやめたり。だからパンチ系だったらこの選手がいい、この選手はこの打ち方がいい、という感じで今後も教えられると思います。
――今後のお話が出ましたが、引退後はどうされるか教えてください。
宮越 慶二郎もまだプロでやるので、慶二郎を強くするためにも自分がどんどん相手になってあげたり、若い子を育てるためにもっと指導をしていきたいなと思います。
――ベルトも獲って、強い相手ともたくさんやって、もう思い残すことはない、戦い切った感じでしょうか。
宮越 そうですね。最後に日本人の70㎏で最強と思っていた緑川(創)選手とT-98選手とやって、できればそこで圧勝して“最強”っていう形にしたかったんですけど、いい感じで戦えたので満足はしています。
――プロで12年半やってきてキックボクシングとは宗一郎選手にとって何であったのか、またファンの方へメッセージがあればお願いします。
宮越 辛いこともすごくあって、それでも続けてこられたし、そのことで応援もあって仲間の大切さも知れました。優しくなれたり成長できたと思います。今後も後楽園ホールやNJKFの大会には顔を出すと思うので、忘れないでいて声を掛けてくれたら嬉しいです。

■宮越慶二郎
「今回兄とエキシビションということで、公式戦ではないけど後楽園のリングで闘うのは楽しみです! 兄に華を持たせるようなことはしません(笑)。本気でいきます! 1分半と短い時間ですが、他のタイトルマッチよりも盛り上げます!」

■MOMOTARO
「宗一郎さんは自分がプロのリングへ上がった時にはすでにトップファイターとして活躍されていた方なので、そんな凄い方と最後のエキシビションをやらせて頂くことをとても光栄に思います。一緒に練習して頂いたこともありますし、プライベートでも食事に行ってお話させて頂いたことが何度もあるので、引退をするのはとても寂しいです。
今後は指導者として新しいスタートを切ると思うのですが、これからのキックボクシング界発展のために是非この業界で活躍して頂きたいです。宗一郎さん、最後のエキシビション、よろしくお願い致します!」

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