[週刊ファイト11月16日号]収録 [ファイトクラブ]公開中
▼”大巨人”アンドレ・ザ・ジャイアントの本名をめぐる侃々諤々
by 立嶋博
・かの「ジャン・フェレ」説は、なぜ生まれたのか?
・「フランス語を英語流に発音するのは間違い」と考える人は浅い!
・言葉のちょっとした行き違いが「ジャン・フェレ」説を生んだ?
・英雄「グラン・フェレ」の名を借りて~「大巨人」誕生前夜
・みんな苦手なフランス語!「マイク・デュボイス」って誰だ?
アンドレの本名については過去、いろんな説が取り沙汰されてきたが、ここ数年で議論のベクトルがまとまってきたらしい。
つまり「アンドレ・ルネ・ルシモフ André René Roussimoff」というのが、アンドレのパスポートに書かれていた名前、ということで落ち着いたようである。
海外のサイトを見ても、ほぼこの見解で一致している。
ということは、まことに意外だが、「アンドレ」というのは本名の一部ということになる。
そして1970年代初めの国プロ来日時のリングネーム「モンスター・ロシモフ」の「ロシモフ」も、やはり本名に由来していたことになる。
東欧系の姓である「Roussimoff」の綴りを英語流に発音すると、「ロシモフ」になるからだ。
かの「ジャン・フェレ」説は、なぜ生まれたのか?
「アンドレの本名は『ジャン・フェレ』」。
端緒は不明だが、日本のプロレスファンの多くは、いつの頃からかそう信じるようになっていた。
アンドレに近かった日本の元レスラーが「本名はジャン・フェレで間違いない。本人から聞いた」と証言している、という噂もあった。
噂が本当だとしたら、その人物はどうしてそのような誤解をしてしまったのだろうか。
アンドレがカナダやアメリカで「Jean Ferré」というリングネームを使っていた時期があることは事実である。
日本ではそれがフランス語読みの「ジャン」ではなく、「ジーン・フェレ」と英語風に紹介された。
恐らくは、それが混乱のきっかけだった。
「フランス語を英語流に発音するのは間違い」と考える人は浅い!
さて、話を進める前に暫時脱線。
アンドレって、昔の『プロレス入門』みたいな本だと「木こり出身、本名はジーン・フェレ」って書いてあったよね。
木こり出身、ってのもどうかと思うけど、問題は名前ね。
アレは「ジーン」じゃなくて「ジャン」だぜ。完全な間違い。
なんたってアンドレはフランス人だからな、フランス語で行かねえとさ。
そう言って得意げに鼻を膨らませる人に、筆者は一度ならず出くわしたことがある。
相手は年上だし、その程度のことにムキになって反論するのは時間とエネルギーの無駄だから品良く黙っていたが、頼むからこの手の馬鹿にはプロレスを語らないでほしいものである。
そもそも「Jean」を「ジーン」とするのは「間違い」ではない。
「ロシモフ」と同じく、英語圏での読み方というだけのことである。
たとえば、『大いなる西部』などで知られるイギリスの大女優ジーン・シモンズは、まさにこの綴りだ。
つまり、どっちでもいいのである。
ケベック生まれのフランス系であるクリス・ベノワ(Chris Benoit)だってニューヨークでは「クリス・ベンワー」と英語流の発音で呼ばれていたではないか。
あれもやはり、どちらかが正しくてどちらかが誤り、という思慮の浅い二元論で語るべきことではない(ご本人も「実は自分でもどっちが正解か分からないんだ。好きに呼んでくれよ」と笑っていたそうである。まことの好人物、好選手であった。合掌)。
アンドレにしろクリスにしろ、ある週はニューヨーク、次はモントリオール、さらには日本、メキシコ、欧州と、世界を股にかけて活躍した選手だ。ジェット・ラグと共に送った現役生活は、彼らがまさにトップ中のトップであったことの証左である。
彼らが触れてきた英語、仏語、日本語、西語、独語、その他諸々。
それぞれの文化と人類のダイバーシティを尊重する意味でも、また名レスラーたちのグレート・ジャーニーを偲び、彼らが各地に刻んだ足跡を顕彰する意味でも、そういう薄っぺらな物言いはすべきでないと筆者は思うのだ。
ああいう馬鹿はきっと、メキシコ人を前にしても「あれはアンドレ・ザ・ジャイアントだよ。アンドレ・エル・ヒガンテって言うと間違いだよ」などと賢しげに語るのだろう。引っ込め、痴れ者。
言葉のちょっとした行き違いが「ジャン・フェレ」説を生んだ?
本筋に戻る。
そう、問題はなぜ、アンドレと親しかった人までが「ジャン・フェレ」本名説を信じ込んだのか、ということであった。