[ファイトクラブ]日本のテレビと日本のプロレス(1)

[週刊ファイト11月2日号]収録 [ファイトクラブ]公開中

▼日本のテレビと日本のプロレス(1)
 by 立嶋博
・プロ野球界に衝撃!TBSがラジオ中継打ち切り?
・日本のプロレス中継意外史
・遂にテレビプロレス時代が到来!しかし・・・


 「強烈無比な新打法!! ホーガンのオノのように鋭くまげたヒジの部分が まるで爆弾さながらの破壊力で 猪木の顔面をおそった必殺打法の名は!?」
―「プロレススーパースター列伝」

 「うわわ~~っ!な……なんだこれは~っ!? ウエスタン・ラリアットのすさまじい衝撃音とともにて…天龍がっ!! 天龍の姿が消えてしまったあーっ!!」
                        ―「プロレス・スターウォーズ」

 少年漫画の対決シーンにおいて、「実況」は不可欠な存在だ。読者をアジテートしつつ、状況を男の子たち(総じて馬鹿である)にもわかりやすく説明するために、これほど簡便な手法はない。上に掲げた二例では、ご丁寧に次のコマへの「ヒキ」まで入れている。
 これはほとんどのスポーツ・格闘系少年漫画に共通の特徴で、「ドラゴンボール」のように戦いの舞台が異世界だったり荒野でのタイマン勝負だったりして原理的に実況がつけられない場合すらも、周りで見ている仲間が主人公やライバルの技の凄さを得々と説明したり、その威力に殊更に声を上げて驚いてみせることでその役割を果たす。
 かの傑作「タッチ」について「野球漫画らしく見えない」という声が少なからずあるが、これは他の漫画と異なり、試合の「実況」やそれに準ずる台詞があんまり画面に出てこないからではないかと思う。

 ことほど左様に、「実況」は便利で有益で効果的である。
 プロレスにとっても「テレビ放送」はsine qua non(必要欠くべからざるもの。篠沢秀夫先生に哀悼の意を表すべく、ちょいとフランス語を)だ。ジャンルに対する「実況」の影響力、という点においては、他競技を圧していると言っていい。
 抗争のアングルを連綿と説明し、眼前の状況を煽り、新しい技の名前を紹介し、滑舌の悪いマイクアピールがあれば明瞭な発音で言い直し、最後に告知と次の対戦へのヒキまで作る。これは実況アナウンサーがいないと絶対に成し得ない仕事だ。
 つまり、プロレスとテレビ放送は本来は一体、ワンパッケージのものなのである。

 しかしその関係は、今では明らかに変質した。
 これから二回にわたって、テレビ中継と日本のプロレスの関わりについて考えていくことにする。

プロ野球界に衝撃!TBSがラジオ中継打ち切り?
東京・赤坂 TBS放送センター

 先ごろ、TBSラジオが長年続けてきた「エキサイトベースボール」を今季限りで打ち切るらしいとの観測報道が流れている。公式には一応、「まだ確定した話ではない」ということになっているが、入江TBSラジオ社長は定例会見で「年内には自社制作続行か、他社制作を受ける形に移行するかの結論を出す」旨を述べている。つまり、余程のことがない限り打ち切りは既定路線だよ、ということである。古い野球ファンには辛いだろうが、諸般の事情に鑑みれば、まあ、やむを得ない決定ではある。

 TBSラジオはJRNという全国放送網を有している。たとえば東京ドームの巨人戦の場合は、TBSが直に制作し、JRNを通じて全国にネットしている。系列の地方局が地元球団主催、ビジターが巨人、という試合の中継を行う場合は、逆にTBSラジオがネット受けして関東地区に放送している。
 自社制作でなくても、こうしたネット受けでの放送は可能なので、来年春以降のTBSラジオ番組表からプロ野球中継が完全に消えるということではない。
要は巨人、ヤクルト、DeNAといった関東の球団の主催試合をTBSラジオ自らが制作して全国向け、または関東ローカルで放送することはなくなるだけである。また、さすがに日本シリーズやWBCといった特別な試合の場合は臨時に放送枠を設けるはずである。
 いずれにしてもこれでTBS所属のスポーツアナウンサー陣、野球解説者陣は大いに仕事を失うことになるだろう。

 TBSがプロ野球試合の定期放送を開始したのは1958年5月。週一回、日曜夜の1時間番組としてのスタートだった。
以来60年間、放送形態を変え、番組名を変え、スポンサーを入れ替えながらも、TBS(及び分社化後のTBSラジオ)は巨人戦を中心としたセ・リーグ偏重の放送体制を維持してきた。
 巨人人気が安定していた間は、このようないびつな編成であっても地方局はネット受けしてくれたし、関東広域圏でのスポンサー確保に困ることもなかった。

 しかし多様化の時代にあってプロ野球は誰もが愛好する国民的スポーツの座から滑り落ち、頼みの巨人もまた、成績不振や人気選手の不在、若いファンの減少によって人気が低落している。
 プロ野球全体としても、生の観客動員数こそ伸びているが、テレビ番組としては他のスポーツ同様にBS、CSのスポーツ系チャンネル、及びネット中継で見るコンテンツにランクが落とされている。東京民放キー局のプロ野球中継は、特別編成時を除いて地上波テレビからは消えている。
 その意味では、地上波ラジオがプロ野球中継の打ち切りを画策することには何の不思議もない。今後のことは分からないが、野球はひとまずは特別な存在、つまり「キラーコンテンツ」ではない、と見なされているわけだ。

 よく一般に誤解があるところだが、こうしたラジオ番組は「聴取率が低い」から打ち切られるのではない。詳細は省くが、ラジオの聴取率調査というものは実にいい加減な方法で行われており、その数字はあくまで参考資料的な意味合いしか持ち得ない。
 というより、もしもそれのみを指標にして番組編成を行うとしたら、ラジオはその日から番組企画が作れなくなる。抜きんでて高い聴取率が見込めるラジオ番組など、この世には存在しないからである(たとえばTBSラジオは個人聴取率ランキングを独走する超優良局だが、それでも週平均聴取率は1%あるかないかに過ぎない)。
 実は、実績ある民放ラジオ番組が打ち切られるのは、ひとえに「スポンサーが降板する」または「新たなスポンサーの募集に行き詰まる」からなのである。

 提供スポンサーなしで、他局への番販やラジオCD等のグッズ販売を資金源に制作する番組を放送業界では通称「サス(サス・プロ、サス番組とも)」と言い、ローカル番組では珍しくないが、必要経費が高いプロ野球中継は、決して「サス」にはなり得ない。
 何の理由にせよスポンサーが撤退して採算割れになってしまうと、その瞬間に打ち切られるのである。リスナーの支持があろうが聴取率が高かろうが、それ以後はもう一秒たりとも放送できない。逆に言えば、どんなにリスナーが少なかろうが、スポンサーさえ確保していれば、あるいは局側に簡単にやめられない事情があれば、番組はいつまでも続けられるのである。

 だからプロ野球中継だって、来季の提供スポンサーの見通しがついていさえすれば、巨人が弱かろうがアナウンサーが無能だろうが、無下に打ち切られることはなかったのだ。
 TBSラジオの野球中継を見放したのは第一に代理店であって、聴取者ではないのである。
 経費の問題、コンプライアンス上の問題、世の中の流行すたり、ともかくも代理店が番組を売りにくくなる要因が何かしら生まれれば、打ち切りへの流れは静かに自然に、テレビ局内に巣食うことになるのである。伝統あるプロ野球中継の打ち切りの話は、昨日今日に突然降って湧いたものではないのだ。
 そのことを押さえた上で、今度はプロレスについて論考を進めてみよう。

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