ある極悪レスラーの懺悔 親父の死、大相撲入門、プロレスとの出会い

"極悪プロレスラー"ミスター・ポーゴ、本邦初の自叙伝、配信作。その第2章として『親父の死、大相撲入門、そしてプロレスとの出会い』篇をお送りする。
 著者、畏敬の実父の選挙期間中の急逝、その実父が生前、描いていた著者、大学卒業後の西部グループ入社を蹴ってまでの大相撲二所ノ関部屋への入門の動機と経緯、そこから何故、プロレスラーとしての"運命"の入門を果たしたのか?、今回もこれまで語られることのなかった、或いは風聞として間違って喧伝されてきた著者にまつわるエピソードを著者渾身の肉筆によって、余すことなく告白していく。

治療法としては膝に出来た軟骨を取り去る手術が必要。
それ以外の方法は…無し!
主治医が続けて俺様に冷酷に言う。

 「この手術をした場合、最低3年は相撲は無理だよ!」

 3年も休業すれば俺様は、23才。
 今の歳(当時20歳)でも大相撲の力士としては遅すぎるのに…。
というか、みんなから置いてけぼりを食らってしまうという、
何とも言えない焦りが俺様の脳裏を横切る。
一番、恐れていた結果が出てしまったのだった。

学生時代に柔道で膝を痛めたり、
また無理な正座のシゴキ等から、
俺様の膝の傷を補助すべく軟骨が出来あがったのだ。

 しこ名・関川
 大相撲・廃業
       (本編より抜粋)

 天龍源一郎、坂口征二、芳の里、吉村道明、グラン浜田・・・名だたる人々との織り成す人間模様。大相撲力士、プロレスラー、としてではなく、一己の人間・関川哲夫としての苦悩は続く。

俺様が後楽園ホールにて
新弟子として入門が決定になったその時期は
日本プロレスに波乱の波が押し寄せていた。

俺様が大好きなアントニオ猪木は日本プロレスを除名され、
すでに脱退していた。

 あのジャイアント馬場も
日本プロレス興行株式会社を自ら辞めて
新団体を発足させようとしていた。

日本プロレスにとって、
残された看板レスラーといえば坂口征二に上田馬之助、
そして売り出し中の高千穂明久ぐらいだった。
       (本編より抜粋)

 激動の日本プロレス界にあって、文字通り、裸一貫で世間と勝負しようとした一己のひととしての叫び。ミルホン・ネットが自信を持ってお送りする、"極悪日本人プロレスラー"ミスター・ポーゴ、自叙伝・第二弾配信作。どうぞ、引き続きお愉しみください。


母と一緒の貴重な20歳当時。大相撲時代!

【驚愕の接点の数々】
財界:堤義明
政界:椎名悦三郎 荒船清十郎 内閣総理大臣・田中角栄
角界:大鵬親方 嶋田こと天龍源一郎 琴風、大徹、小沼
プロレス:芳の里 コミッショナー門茂男 吉村道明

【目次】
親父が選挙中に殉死
大鵬部屋入門と憧れの天龍先輩
皆から置いてけぼりを食らうのか
警備員としての、プロレス中継との出会い
椎名悦三郎コミッショナー、田中角栄からの激励
契約金は5万円? 芳の里代表に挨拶
激動期にあった末期の日本プロレス
グラン浜田との再会とプロレス勧誘

ある極悪レスラーの懺悔 親父の死、大相撲入門、プロレスとの出会い

商品コード misterpogo002

価格 315 円

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