エリオ・グレイシー死去

2009年1月29日(現地時間)、ブラジル リオデジャネイロにて、グレイシー柔術の創始者、エリオ・グレイシーが95歳で亡くなった。
ブラジルの名家、ガスタオン・グレイシー家の五男として生まれ、日本人柔道家、前田光世からグレイシー一族に伝えられた柔術をベースにグレイシー柔術を築き上げた創始者。
また、現在に繋がる総合格闘技、バーリ・トゥード、MMAの先駆者でもあり、1930年代からバーリ・トゥードを行っており、プロボクサーのアントニオ・ポルトガルと初VTで勝利したのを皮切りに、日本の柔道家、木村政彦、加藤幸夫のほか、デビット・ゴリアス、レスラーのフレッド・エバートなど多くの格闘技選手と戦っている。1955年に元弟子であったヴァウデマー・サンタナと3時間以上戦い現役選手として引退。その後、指導者として精力的に活動していた。
日本では三男のヒクソン・グレイシー、六男のホイス・グレイシーの父親として有名で、ブラジリアン柔術十段(赤帯)、グランド・マスターとして現在も柔術の象徴的存在として敬われていた。
また2008年2月に、ヒクソン・グレイシーを会長とする全日本柔術連盟(JJFJ)の相談役に就任している。