『美城丈二の“80’S・プロレス黄金狂時代 ~時代の風が男達を濡らしていた頃”』
Act⑤【ローラン・ボックの“戦慄”】
『シュツゥットガルト(Suttgart)の惨劇』
この一語には、往年の猪木信者たちを色めきたたせるほどのかくも“衝撃性”を含んだ背景がある。後年、「地獄の墓掘り人」と称されるようになる、「欧州界の帝王」とも謳われたローラン・ボック(Roland Bock)と約2年半ほど前にvsアリを通過し名実共に「世界の猪木」と称されていたA・猪木との一戦は猪木の欧州遠征シリーズの決勝戦として組まれている。
1979・11・26
西ドイツ・シュツゥットガルト・キーレスバーグ
4分10ラウンド制
●A・猪木(10回判定)R・ボック
シリーズ・23日で6カ国を股にかける、国境越えの長距離移動、一日2戦を含めた全20戦の過密なスケジュール、受身の取りづらい硬いマット、不慣れなラウンド制、時の欧州界を代表するかのような格闘家たちとの死闘、のちに様々な憶測と風評を呼んだ、このシリーズにあって猪木とボックの問題の一戦は、シリーズ顔合わせ、3度目のことであった。
連戦の疲れからか、右肩と左すねを痛めていたとされる猪木には試合開始時から精彩が無い。そこへ容赦の無いボックのエルボー・パット、えげつない角度から落とさんとするスープレックスの“猛威”が襲いかかる。必死に掴みかからんとするボックを振り切り、ドロップキックで応酬する、猪木。それでも迫り来るボックに防戦一方となりずるずると後退していく。まさに必死の攻防。時に握り拳を作り、応戦する猪木だがほとんど何もさせてもらえぬといった按配でフル・ラウンドを費やしてしまう。
確かにこの一戦だけを評し、両者の闘いぶりを“試合経過”としてつぶさに見た通りに記せば、猪木の「完敗」ということになるのであろう。だが、この一戦をリアルにTV観戦したとされる、あの故・鶴田氏において「ああいう試合を放映していいのか、どうか!?・・・首をひねらざるをえなかった」と言わしめたほどプロレスというジャンルが唯一持つ、敢えて対戦者の技を受けて魅せるという精神、他ジャンルには無い奇特性からは逸脱した闘い模様であったことはやはり事実であろう。ボックの攻めのあくどさと猪木の技をほとんど受けつける気など毛頭無いといった調子のまさにボックの“卑屈さ”は後年、この『シュツゥットガルトの惨劇』と評されるに至る背景が公になる段において、果たしてあれを惨劇と呼んでよいものか?穿った見方かもしれないが思いはやはりそこに至るのである。
有識者、元週刊ファイト編集長であられた故・井上義啓氏は「あれはプロモーターも兼任していたボックのまさしく“黒い謀略”であって、世界という冠を持つに至った猪木に何がなんでも“勝ってやるのだ”という、あくどい遣り口であった」とはっきりと断罪なされておられるし、こうなるといまや“伝説”と化す一戦の雲行きもとんと怪しいものに思えてくる。
とはいえ、ボックの実力が定かでは無かった、という証明にも成りえない。新日本来日時の木村健吾、長州力らを葬った、まさに素早く、且つ、地を這うかのような低い体勢からの一気の引っこ抜き、急角度で落としてみせたスープレックスを目の当たりにしたとき、私は思わずTVのブラウン管の前で唸った、いや呻(うめ)いたものである。
(受けるという行為に背を向けた!?いや、本調子ではないのだからこういうスタイルにならざるをえないのか!?或いは・・・!?)
本国での猪木との対戦後、交通事故に遭い、ベストな状態には程遠いとされた新日本来日時の一齣。
1982年1月1日、スタン・ハンセン全日本転出を受け、初の“元日決戦”で再び雌雄を決しようと闘ったふたりではあったが、不可解なボックのレフェリー暴行に拠る反則負けに終わっている。
総合格闘技なるものが“バーリ・ツゥード”という段階を経て、徐々に整備化され、競技として広く世間に喧伝されていく以前の時代のお話し、物語り。当時としてはボックのまさに“苛烈”なる攻めは対戦者の良さを飲み込み、まさしく自身の強さのみが強調されうる代物に過ぎなかったのだとただ断言して良いのだろうか!?
のち、ボックの再度の日本来日は遂に実現には至らなかった。一説には猪木の欧州遠征時のギャラ(時のNWA、AWA、WWWF、三大王者並みの一年分に相当するギャラとされる)をなんだかんだといちゃもんをつけ出し渋ったボックに対する報復の為に来日させ、その際のギャラで欧州遠征時のギャラを相殺した、との裏話めいた側面も聞き及んではいるが真相は果たしてどうか!?
往時の日本プロレス界、もう一方の雄、“御大”故・馬場氏はボックに関し、遂に黙したきり、ついぞボック招聘には動かなかった。
『シュツゥットガルトの惨劇』
以後、ボック最強論を引っさげ、論陣を張る識者も多数おられたが、ボックは今日(こんにち)の総合格闘技隆盛の時代にあってどのような思いの元、見つめていると言うのか!?或いはその思いはなんら他なのか!?ふと私はそんな思いを抱かずにはいられなかった。
☆筆者なりにこの『シュツゥットガルトの惨劇』に関しては今日に至るまで様々な角度から言及致しております。
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