[週刊ファイト6月4日期間] [ファイトクラブ]公開中
▼巨人・阿部監督が長女への暴行で逮捕! プロレス界への影響は?
by 安威川敏樹
・阿部前監督の現役時代および指導者としての人物像に迫る
・スパルタ信者だった阿部前監督
・練習は厳しければ厳しいほど、非合理的なほど強くなるという悪習
・膝が悪くてもプロレスに支障はない!?
・暴力、非合理的な練習、理不尽なイジメ……、根本的にはみな同じ
プロ野球(NPB)、読売ジャイアンツ(巨人)の阿部慎之助監督が長女への暴行により逮捕された。阿部監督は間もなく釈放されたものの、監督辞任を余儀なくされたのである。
これは、プロレス界にとっても決して対岸の火事ではない。同じようなことがプロレス界でも起こり得ると思える。

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阿部前監督の現役時代および指導者としての人物像に迫る
事の発端は、阿部監督もとい阿部前監督が帰宅すると、長女と次女が姉妹ケンカをしていたことから始まったという。その時の阿部前監督は既に酒が入っていたようだ。ライバルの阪神タイガースに3連敗した直後とあって、むしゃくしゃしていたのかも知れない。
阿部前監督がケンカの仲裁に入ると、長女が言い返したので、阿部前監督はカッとなって長女の襟元を掴み、投げ飛ばしたらしい。その時は長女と次女の他に、阿部前監督の夫人もいたようだが、女3人ではとても阿部前監督の怪力を止めることなどできなかっただろう。
そこで長女が相談した相手は、なんとチャットGPTつまり生成AIだった。チャットGPTが出した答えは、児童相談所に通報しなさい、ということ。AIに勧められるがまま児相に連絡した長女だったが、本当に警察が家に来て父親が逮捕されたのでビックリし、その場で泣き崩れたらしい。
これで父親が監督辞任に追い込まれるという、一家にとって最も不幸な結末となってしまった。『球界の紳士たれ』の巨人からすると、阿部が辞任しなくても解任せざるを得なかっただろう。
今後の流れからすると、暴力があったとはいえ身内でのことで怪我人はなく、日常的に家庭内暴力があったわけではなさそうなので、書類送検のあと不起訴となるのではないか。
阿部前監督は当分の間、球界とは縁切りとなりそうだが、永久追放のような形にはならずに反省が認められれば数年後には復帰も可能だろう。
とはいえ、暴力には違いない。いくら家庭内のこととはいえ、許されることではないだろう。暴行罪は親告罪ではなく、また我が子であっても親とは違う人格なのだ。
ましてや、阿部前監督は世間的にも影響力が大きい人物である。暴力はいかなる場面であっても行使してはならない。
そもそも、巨人はなぜ阿部を監督に任命したのか。阿部と言えば、捕手だった現役時代から調子の出ない後輩の投手を小突いたりしていた人物である。大した叩き方ではないとはいえ、公衆の面前で他の選手に手を出していたのだ。
また、その投手が立ち直ると評論家やファンが、阿部の喝が功を奏したなどと持ち上げる。これはある意味、暴力肯定になりかねない。
現役引退後の阿部は、巨人の二軍監督に就任。ここでも阿部は、巨人二軍が大学相手に負けたため選手に罰走を命じるなど、前近代的なスパルタ訓練を課していた。
阿部が巨人の一軍監督に就任すると、二軍監督となった桑田真澄と対立。桑田は昭和の野球人ながら、非暴力主義かつ合理的な練習で二軍選手を指導していた。阿部は21世紀になってからプロ野球選手になったにも関わらず、昭和の如く非合理的な特訓を要求する。2人は水と油だった。
阿部が桑田を切ったわけではないが、巨人のフロントは阿部を支持して桑田を更迭。だが、どう考えてもこの判断は間違いだった。
今回の阿部監督辞任劇は偶然だったが、阿部に暴力的な面があったことは否定できない。もはや阿部のような指導者は、野球界のみならずスポーツ界において時代遅れなのだ。

練習は厳しければ厳しいほど、非合理的なほど強くなるという悪習
事あるごとに前近代的な指導が問題視される野球界だが、プロレス界とて他人事ではない。昔よりマシになったとはいえ、プロレス界は野球界を遥かに上回る理不尽なシゴキが横行していた。
OZAWAはプロレス界に蔓延るスクワット強要の練習や道場制度を批判していたが、こんなプロレスラーは珍しい。むしろ、非合理的な特訓こそ強いレスラーを生むと信じられていた。
かつてはヒンズー・スクワットを毎日3千回こなさないと一人前のレスラーになれないと言われたが、そんなことをすると膝が壊れるのは目に見えている。膝に爆弾を抱えていないベテラン・レスラーなどほとんどいないだろう。
スポーツの基本とされていたランニングですら、現在では膝を痛める温床と言われている。もちろん、、走るトレーニングは今でも重要だが、ランニングのし過ぎは害があるだけとダルビッシュ有が批判していた。ランニングもスクワットも、適量というものがあるのだ。