[週刊ファイト5月28日期間] [ファイトクラブ]公開中
▼幻の『プロレススーパースター列伝・ジャンボ鶴田編』を検証する
by 安威川敏樹
・急遽打ち切りとなった『列伝』の次の予定はジャンボ鶴田編だった
・残る疑問、『列伝』次期主役はなぜジャンボ鶴田だったのか?
・ウソが大半だった『列伝』、真実の部分はジャンボ鶴田経由だった!?
・『プロレススーパースター列伝』ジャンボ鶴田編はこうなっていた!?
5月13日はジャンボ鶴田の命日だった。奇しくも、原田久仁信(はらだ・くにちか)先生の命日も同じ5月、5月7日だったのである。
原田久仁信先生と言っても、ピンとこない人が多いかも知れない。原田先生は、あの名作漫画『プロレススーパースター列伝』の作画を担当していた漫画家だった。同作品の原作者は、言わずと知れた梶原一騎先生である。
▼生前の原田久仁信先生

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急遽打ち切りとなった『列伝』の次の予定はジャンボ鶴田編だった
ジャンボ鶴田と原田久仁信先生にどのような関係があるのか? それを説明する前に『プロレススーパースター列伝』とはどんな漫画だったのか、おさらいしてみよう。
本誌では何度も書いているように、筆者は『列伝』の大ファンだった。実在するプロレスラーの半生を描いた作品だったのである。以下が『列伝』の主役を張ったレスラーだ(連載順)。
①ザ・ファンクス(ドリー・ファンクJr.&テリー・ファンク)
②スタン・ハンセン
③アブドーラ・ザ・ブッチャー
④アンドレ・ザ・ジャイアント
⑤ミル・マスカラス
⑥タイガー・ジェット・シン
⑦ジャイアント馬場&アントニオ猪木
⑧カール・ゴッチ
⑨リック・フレアー
⑩タイガーマスク(初代)
⑪ハルク・ホーガン
⑫ブルーザー・ブロディ
⑬ザ・グレート・カブキ
そして、⑬ザ・グレート・カブキの次に主役となる予定だったのがジャンボ鶴田である。原田先生によると、既に第1話の原稿は梶原一騎先生から届いていたそうだ。
だが『列伝』の連載は突如として打ち切り。その後、二度と復活することはなかったのである。

連載打ち切りになった理由は、梶原先生の逮捕だ。梶原先生は講談社の編集者に対し、暴行をはたらいたというのである。
そして、梶原先生の不祥事はそれだけではなかった。プロレス・ファンには有名な『アントニオ猪木監禁事件』である。
原作者がいなくなれば、連載を続けることはできない。結局、『列伝』のジャンボ鶴田編は幻となった。
しかし、それではあまりにももったいない。そこで、『列伝』のジャンボ編はどんな展開になっていたのか予想してみよう。
▼『プロレススーパースター列伝』の原作者だった梶原一騎先生

残る疑問、『列伝』次期主役はなぜジャンボ鶴田だったのか?
原田先生によると、梶原先生から届いた原稿では、第1話はルー・テーズから伝授されたバックドロップを武器に全日本プロレスのエースとして君臨する、当時のジャンボの活躍が書かれていたという。つまり、第2話以降からジャンボの生い立ちなどを描いていく予定だったのだろう。
これが『列伝』のパターンで、まずは現在の主役レスラーの姿を描いて、そこからどんな形でプロレスラーへの道に進んだのか、その物語を展開していくのだ。
それでは、梶原先生はなぜジャンボを選んだのだろう? ジャンボ編が連載される予定だったのは、1983年6月頃から。当時のプロレス界は、大激変を迎えていた。
新日本プロレスでは、世界統一を目指す第1回IWGPが開催されたものの、優勝が期待されたアントニオ猪木はハルク・ホーガンに失神KO負け。その後、新日にクーデターが勃発した。
一方の全日は、社長だったジャイアント馬場が1981年12月に会長職に退いた影響で、ジャンボをエースに仕立てようという機運が高まる。それまでの全日最強タッグは馬場&鶴田の師弟コンビだったが、当時は『第三の男』と呼ばれていた天龍源一郎をジャンボと組ませ、鶴田&天龍の鶴龍コンビを売り出そうとしていた。
その意味では『列伝』の次期主役をジャンボにしたのも納得できるが、疑問も残る。
『列伝』で主役になった日本人レスラーは、ジャイアント馬場、アントニオ猪木、タイガーマスク(初代)、ザ・グレート・カブキの4人。このうち、馬場と猪木は2人セットだし、タイガーマスクは最後まで正体が明かされなかったので日本人とは言えない。カブキは米良(高千穂)明久と正体は明かされていたものの、やはり化身としてのレスラーだった。
つまり、ジャンボが主役を張っていれば『列伝』初の日本人単独レスラーだったのである。ただ、当時のジャンボはそれほど人気が高くはなく、一流外国人レスラーとの試合では引き分けが多かったため『善戦マン』などと揶揄され、試合中に叫ぶ「うぉおお!」は物笑いの種だった。
1983年のジャンボはプロレス大賞のMVPを受賞したものの、日本の至宝と言われたインターナショナル・ヘビー級王座をブルーザー・ブロディから奪ったのは同年8月31日で、連載が決まった時点ではまだインター王者ではない。
この頃、人気絶頂だったのは新日の長州力だった。前年、藤波辰巳(現:辰爾)との抗争が勃発し、「俺はお前の噛ませ犬じゃない!」発言がファンから大喝采を受けていたのである。
それに『列伝』の主役はブロディ→カブキと全日系が続いていたし、次は新日系になっていても不思議ではない。
となると、次の主役は長州の方が相応しかったのではないか。あるいは、人気面ではジャンボを上回っていた藤波でも良かったかも知れない。
撮影:原悦生
ウソが大半だった『列伝』、真実の部分はジャンボ鶴田経由だった!?
梶原先生はなぜジャンボ鶴田を次期主役に選んだのか? その理由として、梶原先生と新日との関係悪化が考えられる。
前述した通り、この頃には『アントニオ猪木監禁事件』が勃発していた。初代タイガーマスクや、全日から新日に移籍したアブドーラ・ザ・ブッチャーとの金銭トラブルが発端とも言われる。
ただ『列伝』では、明らかに新日寄り、猪木寄りの物語構成だった。たとえば馬場&猪木編では、馬場は悪者としては扱われていなかったものの、馬場の取り巻きを卑怯な派閥として描かれている。
最後の連載となったカブキ編でも、日本プロレス時代のカブキ(高千穂)は猪木を兄のように慕っていた。だが、実際のカブキは猪木とは親しくはなく、むしろ猪木を永久追放した日プロの社長である芳の里に心酔していたのだ。しかし『列伝』では、芳の里を会社のカネを横領する悪辣社長と断罪し、カブキはそんな芳の里を軽蔑するように描かれている。