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現地時間28日夜、カリフォルニア州サンノゼから「WWEネットワーク」を通じて日本を除く世界配信にて『WWE殿堂入り式典』が執り行われた。4時間と、長すぎた反省はあるが、近年のなかではインパクトの高い濃い内容だと評価されている。
ラリー・ズビスコ
「もうペンシルバニア州外の旅行は無理!」と、ファンイベントへの出席も健康上の理由から断っていたブルーノ・サンマルチノが、今回は西海岸まで飛んできた。よって白スーツの御本人、どうしても16歳の時にサンマルチノの自宅を急襲したくだりから、ごく初期の話に終始したのは仕方ない。但し、もう一人感謝しなければならない人物として「ビンス・マクマホン・シニア」の名を出したのは納得だ。
再び「レスリング・ファン」に戻ったと語るズビスコが、世界中の「WWEユニバース」に感謝する締めは今回のハイライトとなった。
アランドラ・ブレイズ
最初出てきた時、誰だかわからないくらいに顔が替わっていたのがなんとも・・・。色んな意味でもはやメデューサではなかったのか。日本での3年間もちらっと触れて「ブル中野、長与千種、アジャ・コング、フミ斉藤、小川さん」の名前は出していたが・・・。
ほとんどお約束でゴミ箱が登場、20年前に”捨てられた”伝説のピンクのベルトが「WWEに帰ってきた」というスピーチで締めたが、「私が今でもチャンピオンのまま」というのは確かにそうなるのであろうか。
正直最大の驚きは、皆に紹介された軍人(陸軍軍曹)の夫かも。「あばずれ女」を演じてきたというのに、何度か離婚歴を重ねていた段階では「さもありなん」だったのが、今の伴侶が軍人というのは「へぇ~」となるのは仕方ない。
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藤波辰爾
リック・フレアーの紹介も簡潔なら、本人が薄青緑縁のメガネをかけて読んだ英語のスピーチも簡潔だったが、勝手にLEONAが代わりに話すのかとも思っていた予想と違い、「61歳、まだレスラーです。ファイトしてます」と本人がつたない英語で話したのは立派。
最後は「アドベンチャー」という言葉を二度、強調してサポートしてくれた妻と家族に感謝していた。
ランディ”マッチョマン”サベージ
「『レッスルマニア3』のショーをかっさらったのはランディだった」とハルク・ホーガンが紹介。故人に代わってスピーチはラニー・ポッフォ(弟)が代弁。子供がいないままだったランディにとって『Special Olympics(知的障害者五輪)』への貢献は知る人ぞ知る。「彼らがランディの子供たちだった」とした上で、「リング上だけでなく、すべての負け犬たちにとってのチャンピオンだった」としたのは感動的だ。
アーノルド・シュワルツェネッガー
お仲間のトリプルHが紹介。オーストリア出身の元カリフォルニア州知事にとって、「子供の頃、親に連れて行ってみたオットー・ワンツ(ヴァンツと発音していた)の影響」を語っていたのが印象的だ。「プロレス、ボディービルの共通項」は当然といえば自然の話でもある。締めは”I’ll be back”、WWEにはこれからも出てくるのだ。
ケビン・ナッシュ
最後に登場したのは、最後に殿堂入りが発表された元WWE王者ディーゼル。但し、スコット・ホールがレイザー・ラモンでの殿堂入りだったのに対し、本名かつ、現在映画界でも活躍する「ケビン・ナッシュ」での表彰を主張したごり押しが通っての晴れ舞台だ。
紹介はもちろん、HBKショーン・マイケルズ。彼がWCWでヴィニー・ベガスのキャラをやっていたのをWWEにスカウトした恩人かつ、派閥を率いてWWEを株式公開企業にまでのし上げたのだから当然だろう。
ナッシュのスピーチには、例のボブ・バックランドをMSG「8秒殺!」にして王座を与えられた件も話されていたが、我が国との大きな違いはケーフェイなしという事実。ビンス・マクマホンの自宅に呼ばれて「お前にベルトを与える」と告げられたくだりや、バックランドが台本に合意してくれた感謝も、タブーなしで語っていた。
もちろんショーのエンディングの絵は、スコット・ホール、ショーン・ウォルトマンも加わってのnWo大団円であった。
サンノゼの殿堂式典の会場だけでこの規模なのだ!(c)2015 WWE, Inc. All rights reserved.
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