追悼・木村花

 こもとめいこ♂

 今週5月25日(月)、コロナ禍に伴って発令されていた緊急事態宣言が首都圏でも解除された。社会は日常を取り戻そうと動き始めているが、もう以前と同じにはならない事もある。
 我々は、木村花の居ないプロレスを生きていかなければならなくなった。

 だから宣言が解除されて3日目の喧騒を取り戻しつつある中、気が重い文章を書く。
 

 そもそも追悼文を書く様な資格が自分にあるだろうかとも思う。

 ボリショイ社長のTweetは、我々の知らない幼い頃の木村花がどんな少女だったかを教えてくれる。

 また、母であり、遺族であり、被害者でもあると言ってもいい木村響子の、そっとしておいて欲しいという意志もある。木村響子は亡くなった経緯に関して、警察に対しつまびらかにして欲しくないと希望していたにも関わらずそれが報道された事にショックを受けていると語っている。
 無情の悲しみとともに、何故なんだという気持ちがない交ぜになった感情が押し寄せているのは恐らくプロレスに携わっている人が一様に感じている事だろう。

 2018年には、渡辺えりかさん、Rayさん、亜利弥’さんが病で早逝した。
 迫り来る死に脅えながら、病と懸命に闘って、それでも旅立っていった。
 木村響子がその死因を大々的に報じられたくないのは、影響を与え、連鎖するという事と同時に、えりかさん達に申し訳ないという気持ちもあるのではないかとも思う。

 しかし遺された側に出来る事、弔いは、木村花というレスラーをいつまでも語り次ぐ事だと思うし、筆者の様な、プロレス村の住人と見なされない底辺ライターでさえも書かずにいられない存在だったという事が後世に伝わる事だけで書く意味があるのではないか。そう自問自答しながらではあるが記す事にした。

 木村花を初めて見たのは2017年8月12日のWAVE 大田区大会だった。
 ベテランと新人選手が入り乱れる8人タッグで旧姓・広田さくらから開始6秒で見事勝利を飾っているが、試合での印象は余りない。

<第3試合 コミカルCARNIVAL WAVE 20分1本勝負>
志田光 桃野美桜 門倉凛 ○木村花
 0分6秒 ドロップキック⇒片エビ固め
フェアリー日本橋 ●旧姓・広田さくら 乱丸 ハイビスカスみぃ

 続いてWRESTLE-1での2018年9月2日横浜大会での朱崇花戦、10月24日の後楽園では朱崇花とタッグを組んで才木玲佳、コマンド・ボリショイ組と、翌月11月23日には同じく朱崇花とのコンビで倉垣翼&米山香織組と闘ったタッグ戦、写真は残っているが、やはり試合での印象は薄い。

<第6試合 シングルマッチ30分1本勝負>
〇木村花
 11分2秒 変形みちのくドライバー⇒片エビ固め
●朱崇花(WAVE)

<第3試合 タッグマッチ 30分1本勝負>
〇木村花 朱崇花(WAVE)
 13分4秒 変形みちのくドライバー⇒片エビ固め
コマンドボリショイ(PURE-J) ●才木玲佳(WALK)

<第5試合 タッグマッチ 30分1本勝負>
●木村花 朱崇花(WAVE)
 11分13秒 ダイビング千豚♪⇒片エビ固め
倉垣翼 〇米山香織  

 木村響子の娘として、小さな頃からプロレスを間近に見てきただけに新人らしからぬ動きだったが、その先輩達との対戦という遠慮があるいはあったのかもしれない。いずれにせよ、筆者の見た範囲では目を見張るような選手だとは思われなかった。当時のWRESTLE-1においては、プロレス学校同期の才木玲佳の後塵を拝していたという印象は拭えない。

 だからスターダムへ移籍し、半年後、11月28日の会見場で発するオーラに、最初は木村花だと気付かなかった。
「彼女は本当にあの木村花なのだろうか」
そう思った。

 ロッシー小川代表が批判を受けてまで獲得したジュリアを相手に一歩も引かない押し出しの強さには舌を巻かされた。

 スターダムのアイコンと呼ばれる、岩谷麻優よりもブシロード体制のスターダムを象徴する存在になっていったのは必然で、木谷オーナーへの張り手に続いてBS日テレの社長にスリーパーをお見舞いしてのけるまでになった。 



 しかしその11月28日の会見で、木村花の発した言葉に驚かされたのは鮮明に覚えている。それは中継が終わっての質疑応答で、『テラスハウス』出演の感想を訊かれての返答だった。

「試合の会場に、『テラスハウスを見てきました』っていう方が何人かいらしてくださって、スゴいなあと思います。
『プロレス興味なかったけど、行きたいです』っていう声を頂いたりとかしています。

 私は元々こういう見た目なので、あまり日本人男性ウケしないっていうのは、自分で重々承知していて…日本人男性ウケは別に元々考えていないので。
 髪の毛もピンクだし、服装も派手だし、メイクもとても派手で、私のメイクはドラァグクイーンとかを参考にしてやっているので、男性ウケを一切無視したビジュアルを、普段からしていて、それによって女性から『可愛い』っていう声を頂いたりとかメイクを真似してもらったりとか、『髪の毛もピンクだから見に来ました』っていう方もいたりとかして。
 男性目線であんまり物事を見てないので、女性目線で物事を考えているので、女性のファンの方を増やしやすいのかな?と思いますね。

 この職業をしてると、恋愛を大っぴらに出来ないのが日本ではまだまだあると思うんですけど、『テラスハウス』に出る事によって、男性ファンの前でも女性ファンの前でも、オープンに恋愛をしていけたらなと思っているので、
女性ファンの共感を得て、応援したいと思って頂けたら嬉しいです。

 (先に木谷オーナーが語っていた様に)インスタとか、女性の方がユーザーが多いので、頑張って行けたらいいなと思っています」

 女子プロレスラーでありながら公然と恋愛を語る、というのはアイドルレスラー的ビジネスの観点で言えばマイナスの筈だが、プロレスラーとはいえ、不必要に嘘をつきたくないという強い意志を感じて驚き、同時に、単に男性ではなく「『日本人』男性ウケしない」という言葉は意味深長に思えた。

モデルプレス インタビュー記事
https://mdpr.jp/interview/2039860

 日本人の差別意識は根深いものがあるが、見た目では解らない差別と違って、容姿でそれと解る「ガイジン」ぽい「ハーフ」に対するそれは幼少期から存在する。
 最近芸能界の「ハーフ」が幼少期の辛い体験を語る事で、認識され始めたが、あるいは木村花も自らの見た目に対し心ない言葉を投げかけられた事があったのではないだろうか。

 木村花はWRESTLE-1のプロレス総合学院1期生である。
 JWP(当時)、WAVEなど、慣れ親しんだ女子プロレス団体へ弟子入りするのではなく、あえてWRESTLE-1の学校を選んだのは何故だったのだろうか。
 厳しい環境へ身を置かせるという事もあったのかもしれないが、武藤敬司という、世界でトップを獲った存在が大きかったのではないか。男性ファンの多い日本の女子プロレスマーケットを見限って、既に心は世界を見据えていたではないだろうか。

 レスラー・木村花の転機はメキシコ遠征と朱崇花との僥倖だろう。
 メイクも朱崇花との抗争、タッグ結成の頃を境に前述のドラァグクイーン風になっていった。同じマイノリティとして、ポジティブに生きる朱崇花の影響は大きいとみる。


 そしてかつてのメキシコ遠征とは違い、スターダム入りした後にトップ選手として海外で喝采を浴び、遠くない未来、世界への飛翔は約束されたも同然だった。

 その木村花が何故早逝しなければならなかったのか。 
 
 先日、筆者の従甥は脳腫瘍で20代で早逝した。会津若松の片隅で、親類縁者でもなければ世界の誰にもその存在を知られる事なく世を去った。
 だから一層
「何故なのか」
そう思わざるをえない。

 木村花の急逝を受け、政府はSNSでの誹謗中傷規制へ前のめりだ。だがSNSで受けた誹謗中傷だけが木村花を追い詰めたのだとは思わない。

 1週間経って、ようやく様々な要因が語られ始めている。
 まず『テラスハウス』という番組的には、それまでコメンテーターだった徳井義実が脱税で出演出来なくなったという事があった。
 MCの山里亮太が過剰に出演者をけなし、それをフォローする徳井義実、というやりとりのバランスが崩れたと言われる。

 その山里亮太は自らのラジオ番組『不毛な議論』で言及、
「一生考え続けていく」
と、木村花の死と向き合う事を誓った。

 また、11月の会見でもあった様に、木村花に対しSNSでの情報伝播力へスターダム側の期待があった。コロナ禍での #おうちスターダム ではSNS推進部部長を担う事になり、仕事としていやでもSNSに向き合わざるを得ない状況だった。退路を断たれたにも関わらず、木村花のアカウントの管理を、本人に任せていたという要因も大きかっただろう。

 これに関して、スターダムを擁護するのであれば、木村花は3月末まで、芸能活動はWRESTLE-1時代から継続してウォークに所属していたという背景があった。プロレスと芸能を束ねたSNSのアカウントの管理に関し、エアポケットの様にスターダム、ブシロードファイト両社からの死角になっていた可能性はある。

 だが、今述べた事は所詮想像の域を出ない。木村花が書き残したというメモを見れば訴えかけたかった事は解るかも知れないが、そこに到った要因はあるいは本人にさえ説明がうまく出来なかった可能性もある。

 白虎隊の悲劇は余りに有名だが、実際はその多くが戦死を遂げていたという研究結果が2014年に井上昌威(いのうえよしたけ)氏により発表された。(歴史春秋社『会津人群像』no.27)
 井上氏は白虎隊市中二番隊が、悲劇の舞台となった飯盛山から帰城を目指して奮戦の後、深手を負った七名が撤退して自刃したが(内一名が生存)、他の隊員は城下の激戦に倒れた事を突き止め、後に明治政府によって忠君愛国の美談に仕立てられたと喝破している。
 主人が死んだ後も駅へ焼き鳥をもらいに行っていたハチが、忠犬に祭り上げられたのと同じ図式であったのだ。

 そして今また木村花の死に際して、それを自分達への批判を封じ込める規制に利用しようとしている輩がいる。
 その筆頭の三原じゅん子はかつて
「八紘一宇は日本が建国以来大切にしてきた価値観」
と国会で答弁した。
 大東亜共栄圏とアジア侵略を正当化する為のスローガンに使われた言葉を大切だとする思想は、つまりは日本スゴい幻想の原点であり、「ガイジン」という異なる存在に対する攻撃を産み出しているのではないのか。
 SNSの問題点は、匿名の不特定多数より、特定の有名人の方により顕著だ。
 最近ではフェイクニュースを咎められたトランプ大統領が逆ギレしていたが、我が国においても、例えば男権社会に物申した女性や、生活困窮者に対する攻撃の扇動を、メディアで発言力のある名士が公然と行う事こそが、匿名の不特定多数が攻撃して良いと決めた相手に際限なく誹謗中傷を行う事を助長しているのではないか。
 そしてそれは、SNSの無い時代には、電話や手紙が攻撃に使われていたように、現代特有の問題でもない。
 木村花は、自らの死によって社会が息苦しく改竄されることは望まないはずだ。

「逃げちゃダメだ」
 『新世紀エヴァンゲリオン』の余りに有名な台詞だ。そして主人公碇シンジは、敵である使途に立ち向かう。
 あれから四半世紀経った。
「逃げちゃダメ」な事もあるが、「逃げてもいい」場面もある。最終回、碇シンジは「逃げても良いのよ」と諭されていたのだ。
 しかしどっちが正しいかは人それぞれだ。シタリ顔で言う事は簡単だが、それをジャッジできるのは当人だけである。

「ハッキリ言うてな、いまは自殺する若い子が多いけども、そんなもん、死ぬ気になるんだったら殺してこいとオレは言いたいわけだよ! これは極論だけどもな。相手の家に灯油捲いて放火するぐらい出来るだろう、死ぬぐらいなら」(井上義啓 エンターブレイン刊『底なし沼』より)

 筆者は、木村花が辛さから逃れた、とは思いたくない。
 顔の見えない、人数さえもハッキリしない相手に対し、闘い抜いたのだと思いたい。
「やってやるよ」「プロレスラーを舐めるな」
 その壮絶な死によって、木村花に粘着していたアカウントは逃亡したのだ。それはレスラーの矜持を貫いた、前のめりの戦死だった。

 だが木村花の死ぬべき場所はそこでは無かった筈だとは思う。
 同じ闘って果てるなら、リングの上で、プロレスラーでも格闘家でも、目を見てお互いの全身全霊を賭けた激闘の末であって欲しかった。
 だから木村花には逃げて欲しかった。
 そう思っているのは筆者だけではない筈だ。しかし時は巻き戻せない。 
 
 我々に出来る事は、山里亮太と同様に、一生、木村花の事を考え続け、いずれ同じ場所へ辿り着く事だけだ。なるべくゆっくりと。
 
 木村花、安らかに。

「人は 人の死から多くのことを学ぶ。死は生の終着駅ではない。生の一部なのである」
井上義啓 『週刊ファイト』1990年6月17日 昨日・今日・明日…ファイト直言

※電子書籍版『週刊ファイト』6月4日号にて、ライター諸氏による追悼記事を秘蔵画像を合わせて掲載しているので合わせてご覧頂ければと思う。


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’20年06月04日号木村花追悼特集-悲嘆と教訓 AEW頂点Double-Nothing Hレイス再検証